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ハッシュタグを使えなくても言わないといけないことはある

ハッシュタグを使っていいのか。

今日自分のインスタに投稿したストーリーの下に書いた#metoo。私はそれを入力することができなかった。当事者かどうか判断ができなかったから。

映画に携わる仕事をさせてもらって10年。
この数週間の出来事が気になって仕方がない。

いろいろ言いたいこと、経験してきたことがある。だけどそれはこのハッシュタグを付けるほどのことなのだろうか。長年の経験から必要以上に波風を立てないという思考回路が埋め込まれてしまったからか。ハッシュタグを私はそっと隠して想いを手書きの文章でしたためてアップした。



最初はそれで終わらせるつもりだった。

だけどやっぱり言わなければいけないのかもしれない。自分が経験してきたことも、見てきたことも。直接的な暴力ではなくともそこにあったのはハラスメントに他ならないから。

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これは映画業界で通訳や翻訳としてある企業に所属していた頃のお話。私は入社直後から海外出張に同行する機会が多かった。自分の通訳能力を買ってくれていると信じた私はこの抜擢が嬉しかった。これを経験したらきっともっと通訳者として大きくなれる、心底そう思ってチームのために頑張ろうと思っていた。

出張の最後の夜、香港の蘭桂坊で打ち上げと称して深夜1時まで出張チームでどんちゃん騒ぎをしていた。洒落たプールバーで見たことのない高級シャンパンをドカ飲みし、みんな相当酔っていたのを覚えている。(ちなみに私の意識がしっかりしていたのは下っ端の仕事として通訳以外に会計、タクシー呼び込みがあり、ほぼお酒に手を出さなかったから)

そしてみんなでいざホテルへ帰ろうとしたとき、ある人物が大声で私を呼び止めた。

大通りにタクシーが一台停まっていて中には同じく新人の男の子(新人君)とその上司の男性がすでにスタンバイしていた。車の横には彼らを押し込めた張本人、そして今回の出張メンバーで一番偉いプロデューサー。あまりにも早く物事が進んで何が何だかわからないうちに私も車内に押し込められた。告げられたのは「今からマカオに行く」ということだけだった。


深夜にマカオに行く。


その瞬間冗談かよ、と思った。

深夜のマカオ。つまり風俗店に行くのだ。
風俗に行きたいけど言葉が通じないから私を通訳として連れていく。

くだらない。情けない。最低。

巻き込まれたくないと思い、振り返ってみた。女性の同僚たちが止めてくれると思っていたのだ。だけど彼女らはやし立てるだけ。声や表情からわかる。これはお酒のせいではない。彼女たちもこのタクシーがマカオ行きの港に向かうのを知っている。知っていて止めなかったのだ。巻き込まれるのはごめんだと言わんばかりに。

瞬く間にタクシーのドアは閉まり、「本当に行くんですか?」「明日私朝イチで打合せがあるんですけど…(←これは本当)」「やめません?」と色々訴えてみたものの、10分もしないうちに上環の24時間運航フェリーターミナルについていた。

最後の望みでもう一度「やめたほうがいいですよ」とチケットカウンターで言ってみたが、すでに酔っぱらって”その気”でいる彼らには意味がなかった。

さて、どうしよう。このまま私だけ帰ってもいいのかもしれない。だけど彼らを言葉の通じないフェリーターミナルに置いていくわけにはいかない。彼らの安全面的にもそうだが、まだ駆け出しだった自分は言いつけを守らなかったことでプロデューサーからクビを言い渡されるのを恐れていたのだ。どうしようか頭を抱えていたところ、決定打となる一言が上司の男性から怒号が飛んできた。

「しらけること言うなよ」


ああ、無理だ。怖い。もう言うことを聞こう。我慢しよう。我慢したらいいだけだ。


この時の最低の諦めの気持ちを私はまだ覚えている。マカオについて店に送り届けて、3時間待って香港に帰るだけ。新人君は上司の言いなりだからあてにならない。「大丈夫」を呪文のように自分に唱えながら香港の波に揺られていた。

マカオについたのは午前2時すぎだった。そこからタクシーに乗るときに手渡された紙を頼りに風俗店にたどり着いた。どうやらいきつけのお店で予約済みだったらしい。ギラついたネオンのお店で出迎えてくれた顔も体型もそこそこの女の子たち。店に入った瞬間の妙な視線はもう二度と経験することはないと思う。そりゃそうだ。風俗店に女の子がサラリーマン2人を連れてくるんだ。かなり滑稽だったと思う。

ここからどうするのか聞く前に、上司から帰りはフェリーターミナルで待ち合わせとだけ言われ、私は店からほっぽり出されてしまった。

深夜のマカオの風俗街。普通に怖い。タクシーを捕まえようとしてもこんな通りに来るわけがない。時間帯を考えると絶望的だった。「どうしよう、どうしよう」と高速で頭を回転させながら安全な場所に行かないと、と思いフェリーターミナルに向かった。徒歩で。40分。ひたすら歩いた。

歩きながらとてつもない虚しさと怒りが込み上げてきた。走馬灯の等に流れる同僚の顔。機嫌上々でプロデューサーに風俗到着の連絡をしていた上司。彼らについてくふがいない新人君。タクシーに乗る前に助けてくれなかった同僚たち。正直、今でも彼らのあの表情が忘れられない。

くだらない。ばかげている。
自分の快楽への道案内を20代半ばの女の子にさせている男ども。
くたばってしまえ。

涙と怒りといろんな感情でぐちゃぐちゃになってたどり着いたターミナルは24時間営業とは思えない薄暗さだった。ホームレスの人、おそらくカジノで大損したであろう人、、、とにかく怖くてしかたがなかった。待ち合わせまであと数時間。いたたまれなくなって、逃げるように隣接する薄暗い賭け事の施設に入った。そこで飲んだ青島ビールはこの世で一番不味かった。

朝日が昇る前くらいに二人と合流して香港に戻った。
フェイスブックの投稿を遡ると面白おかしく早朝便のフェリーのチケットを当時アップしていた。そうでもしていなきゃやっていられなかったのだと思う。

帰宅してシャワーを浴びて朝8時には打合せに出席していた。もちろん一睡もしていない。朝会ったメンバーは誰一人無事だったか、どうだったか、なんて聞いてくれなかった。ねぎらいの言葉なんてもちろん皆無だ。

そこで味わった一番の恐怖は車に押し込まれたことよりも、マカオの夜道よりも、なかったことにされたことだった。


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帰国後しばらくはこの話をかいつまんで面白おかしく友達にしていた。ちょっとでもネタにすることで自分が受けたセクハラ・パワハラを忘れようとしていたのだと思う。

だけどこの文章を書きながら、あの恐怖をぬぐえない自分がいることに気づいた。

今になって思う。
これは経験してはいけないことだった。
私のようなたかが裏方の子がこんな扱いを日常的に受けているのだ。そんなことがまかりとおっていいわけがない。ましてや表に出る演者となると受けるハラスメントはこんなものではすまないと思う。

逃げ恥で「やりがい搾取」と言っていたけれど今この業界で行われているのは一人ひとりの「夢の搾取」であり身体やメンタルと同じくらいかけがえのない夢への暴力でもあると思う。


そして私はそれでもまだ映画の仕事をしている。
今とても尊敬できる先輩たちと日々作品を伝えることに誇りをもって仕事ができてる。

そのことに今心から感謝している。


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