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「記録」と「記憶」をめぐる 2つの展覧会|野村在 「忘れたことすら、覚えていない」「君の存在は消えない、だから大丈夫」

写真という個人の「記録」を、それを受け継ぐ人の「記憶」や、全く関係のない他人の体験としての「記憶」へと変換していくことを体験できる2つの展覧会でした。

第17回 shiseido art egg 野村在 「君の存在は消えない、だから大丈夫」(資生堂ギャラリー)展示風景

▍アーティスト・野村在

野村在さんは、1979年生まれのアーティスト。神戸とニューヨークを拠点に活動しています。

1995年、兵庫在住時に阪神淡路大震災と家族の死を経験。それを契機に、肉体を含む物質の消滅を探索することを制作の動機とし、多様なメディアを用いて存在の本質を暴露することを試みます。

▍視覚の記録を五感の記憶に変換する 「Can’t Remember I Forgot You - 忘れたことすら、覚えていない」展

わたしが野村在さんの作品を初めて拝見したのは、2024年1月にトーキョーアーツアンドスペース本郷で開催された「野村在「忘れたことすら、覚えていない」」展。

展示室1室を使ったインスタレーション作品で、実験室を思わせる白い展示室の壁面に写真が並び、部屋の中心には銀色の装置が置かれていました。

野村 在 「Can’t Remember I Forgot You - 忘れたことすら、覚えていない」(トーキョーアーツアンドスペース本郷)展示風景

壁面に並べられた写真は、アルツハイマーや記憶障害など、「記憶」にまつわる障害を持つ方々のアルバムのなかの写真を可食インクで飴にプリントしたもの。

野村 在 「Can’t Remember I Forgot You - 忘れたことすら、覚えていない」(トーキョーアーツアンドスペース本郷)展示風景

鑑賞者がその1枚を選ぶと、白衣を着たパフォーマーがそれを砕き、綿菓子にしてくれます。綿菓子は持ち帰ることができ、食べることもできます。

野村 在 「Can’t Remember I Forgot You - 忘れたことすら、覚えていない」(トーキョーアーツアンドスペース本郷)展示風景

飴にプリントされたイメージは、通常の写真よりもぼんやりとして、薄れていく記憶をイメージさせます。それがふわふわとした綿菓子に変化する様子は、頭にもやがかかっていくような様子にも重なって感じられました。

野村 在 「Can’t Remember I Forgot You - 忘れたことすら、覚えていない」(トーキョーアーツアンドスペース本郷)展示風景

機械に繋がれたディスプレイに映し出されるのは、その写真を提供した方々と対話する映像。

野村 在 「Can’t Remember I Forgot You - 忘れたことすら、覚えていない」(トーキョーアーツアンドスペース本郷)展示風景

部屋の中はわたあめの甘い香り… ある意味、幼い頃の幸せな記憶を想起させる香りで満たされつつ、消えゆく記憶のことを思うと苦しくなるような展覧会でした。

▍ひとりの「存在」の表現「君の存在は消えない、だから大丈夫」展

上記の展示からもっと野村さんの作品を拝見してみたいと思い、展覧会の初日に伺ったのが、資生堂ギャラリーで開催された「第17回 shiseido art egg 野村在 「君の存在は消えない、だから大丈夫」」展です。

第17回 shiseido art egg 野村在 「君の存在は消えない、だから大丈夫」(資生堂ギャラリー)展示風景

こちらは、複数の作品で構成された展覧会。亡くなった方の肖像を水にプリントするプリンタ、触らないけれど光を倒すと影が落ちて可視化される点字の手紙、写真を燃やした炎を長時間露光撮影したプリントなど。

第17回 shiseido art egg 野村在 「君の存在は消えない、だから大丈夫」(資生堂ギャラリー)展示風景

特に目を引くのは、作品タイトルでもあり、展覧会のタイトルでもある「君の存在は消えない、だから大丈夫」という作品。天井に吊られた打刻装置が、心拍のリズムで1人のDNA情報を90年以上かけて打刻し続ける装置です。

第17回 shiseido art egg 野村在 「君の存在は消えない、だから大丈夫」(資生堂ギャラリー)展示風景

打刻されたテープが床に積み上がり、壁面には、現在、全体の何%が打刻されたかが表示されます。指示書には「アーティストが没しても、機会は稼働し続けること」などの指示が記載されています。

第17回 shiseido art egg 野村在 「君の存在は消えない、だから大丈夫」(資生堂ギャラリー)展示風景

「君の存在は消えない、だから大丈夫」という言葉は、この作品のタイトルでもあり、展示された全ての作品につながるような言葉でした。

▍「記録」から「記憶」への変換

両方の展示で繋がっているのは、個人の「記憶」が、鑑賞者の「記憶」へと変換されていく工程。

例えば、「Can’t Remember I Forgot You - 忘れたことすら、覚えていない」で、飴にプリントされたぼんやりとしたイメージは、知らないひとの「記録」でありながらも、おぼろげな自分の「記憶」と結びつくように感じられます。

野村 在 「Can’t Remember I Forgot You - 忘れたことすら、覚えていない」(トーキョーアーツアンドスペース本郷)展示風景

また、写真が綿菓子へと変換されたり、写真を燃やす様子を別の写真に変換するのは、他人の「記録」が、作者や鑑賞者の体験へと変化していく作品。
作品中の、ポートレートを砕いたり燃やしたりする行為は、一見、暴力的にも感じられます。

第17回 shiseido art egg 野村在 「君の存在は消えない、だから大丈夫」(資生堂ギャラリー)展示風景

「君の存在は消えない、だから大丈夫」展のハンドアウトには、作者が大切な写真を燃やしたエピソードが記されていました。その過程で気づくのが、記憶を「物質」から解放することで、むしろその存在を自分の中に焼き付けられること。こうした考え方を知ると、見え方がまた変わってきます。

第17回 shiseido art egg 野村在 「君の存在は消えない、だから大丈夫」(資生堂ギャラリー)展示風景

「君の存在は消えない、だから大丈夫」展の最後には、寒椿のインスタント写真が紫外線のライトに照らされていました。

第17回 shiseido art egg 野村在 「君の存在は消えない、だから大丈夫」(資生堂ギャラリー)展示風景

その作品の解説はなく、真意は分からないので想像になりますが… 紫外線のダメージから守ってくれる椿油。 (椿は本展主催の資生堂のシンボルでもある花。) それをモチーフにした写真も、紫外線に照らされて、いつかは像が消えてしまう…

いつかは消えてしまう「記録」と、それを観た複数の人に残る「記憶」。
写真という個人の「記録」を、それを受け継ぐ人の「記憶」へ、全く関係のない他人の体験としての「記憶」へと変換していくことを体験できる2つの展覧会でした。

【展覧会概要】 野村 在 「Can’t Remember I Forgot You - 忘れたことすら、覚えていない」

会場:トーキョーアーツアンドスペース本郷
会期:2024年1月13日(土) - 2月11日(日)(終了済)
時間:11:00-19:00
料金:無料
展覧会URL:https://www.tokyoartsandspace.jp/archive/exhibition/2024/20240113-7255.html

【展覧会概要】 第17回 shiseido art egg 野村在 「君の存在は消えない、だから大丈夫」

会場:資生堂ギャラリー
会期:2024 年 3 月 12 日(火) ~ 4 月 14 日(日)
時間:平日 11:00 ~ 19:00  日・祝 11:00 ~ 18:00
料金:無料
展覧会URL:https://gallery.shiseido.com/jp/exhibition/6663/


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