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視線の主

ふらりと立ち寄ったバーでの出来事。

マスターとお話していて他にはお客様が居ない。まだ早い時間だったからだ。

早い時間とは言え、バーなので多少薄暗い。

小一時間ほどで3杯くらい飲んだのだけど、その間、非常に気になることがあった。誰もお客様が居ないのに、マスター以外の視線を感じるのだ。

心霊まがいの気配や視線ならば、美容室やカフェや他のバー、色んなところで感じたことがある。だから、その類ならばすぐに分かるのだけど、今まで感じたことがない気配と視線。第一、それらしき存在も見えない。

強いて言えば、子供が見詰めて来ているような。じゃあ、子供の霊なのか?

しかし、何だか違う。

その答えは、一時間弱でやっと分かった。カウンターで飲んでいたのだけど、右下のちょっと離れたところに小さな水槽が置いてあって、そこからトカゲのような生物が私をじっと見ていた。

あれ?!何、これ?と思わず声に出た。

それまで野球やバスケ、栄養学や筋トレ、映画の話など、全然違う話をしていたのに、突然爬虫類に食いついた私。

生まれてこの方、爬虫類は飼ったことがない。多分嫌いだ。

しかし、たまにヤモリ君やそのヤモリ君の子供に遭遇すると「案外可愛いな。」とは思っていた。

『あ、この子はヒョウモントカゲモドキです。』とマスターが言った。
モドキということはトカゲではないのか。

観た感じは爬虫類というよりは両生類の雰囲気。が、訊いてみるとやはり爬虫類らしい。

その子がずっとこちらを観ているので、がっつり目が合う。

ひょいとマスターがご自身の手に載せると、私の顔を顎で指し、その後マスターの方を観て「誰?誰?」と訊いているのだ。
まるでアニメのように可愛い。
しかも、マスターがこちらに差し向けるので手を出すと、いとも容易く私の掌に乗って来た。そして、じっと目を見つめて来る。結構な大きさなのよね。太っている。卵でも持っているかのようだ。
なかなかの迫力と可愛さが共存していた。

マスターが『掌に載せてビビらない人、珍しいですね。』と言う。いやいや、あなたが載せたんですよね。

しばし、見つめ合った。なかなか目を逸らさない。

大丈夫かい?他人の掌でストレスにならないかい?と、水槽の網の上に戻してあげると、振り返ってまた見詰めている。

爬虫類を可愛いと思ったのは初めてだ。掌に載せたのも。

かと言って、飼えるか?というと、それは無理だ。ムシムシ君を餌にすることが耐えられない。もとい、ムシムシ君たちが怖い。それにトカゲモドキくんを狭いところに閉じ込めてしまうことも申し訳ない。かと言って放し飼いにすると踏んでしまいそうだ。

今後また飲みに来た時にでもお話させて貰うことにしよう。

話してないだろ?という話なのだが、その目が何かを雄弁に語っているのだ。ちょっと笑ったような顔もしてくれる。分かる人には分かると思う。またいつか会いたい。

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