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聴けない病気

唐突だけど、人が食べ物を咀嚼して飲み込むまでには複雑な過程がある。

その上、嚥下した後にそれを消化吸収して要らないものを排出するところまで語るとすると世が開けるし、そんなことをする必要もない。

何故ならば、何度かその人の食事介助をしてみると理屈ではなく分かることだから。
専門職の人や何かの本を書こうとする人は、そのあたりのことが分からない人が多い。
「これが食べれる人なんだから、あれも食べれるはず。」と理屈でしか考えられないからだ。

管理栄養士さんが豪華なおやつを沢山フロアに置いて行く。しかし、ケーキにあんみつ、剥いたフルーツ類。でも、それを食べれる人は50人中10人にも満たない。
食事もおやつも食札というラベルが必要なのだが、何故だかおやつに関しては大盤振る舞いなこの施設。それと言うのも栄養士が食事介助をしない人だからだ。
危険極まりないのでここを改善しなければならない。「喜んでくれているからいいじゃない。」という無自覚な殺人鬼が居るからだ。

ミールラウンドと言って、一人一人の食事中に「いかがですか?」と訊いて回ることはしているのだが、「美味しくない。」とか「味がない。」と言っている人に対しては「ああ、そうですか。」と答えて特に改善する様子もなし。いったい何のために回っているのか。

ある人が「ふりかけを食べたい。」と言うと「絶対ダメ。」と一蹴していた。塩分制限があるからとのことだったが、大盤振る舞いしているケーキ一個とふりかけの塩分は同じく0.2グラム。
特に甘いものを欲しがっていない人にケーキを山ほど持って来るが、ふりかけには牙を剥くというこの不思議。

アンケートにも「ふりかけが食べたい」と書かれていたが、それを読んで「この人の本当の欲求とは何かしら?」と言うので、ずっこけた。嘘だろ。
「プロとしてもっと深い栄養計画が必要です。」とのこと。

もう自分を前に出すのは控えて欲しいなあと思う人が専門職には沢山いる。
「プロとしての使命をこのアンケートの行間を読んで感じています。」と言うのだが、行間の前に文字を読め。

ふりかけが食べたいって言っているんだよ。

というようなことを、こんな乱暴な言葉ではなく表現して分かって貰わなくてはならないのだが、手前のものを受け止めず人と親しくなろう、自分を分かって貰うために長いこと話そう、特別な存在になろうと言う人が多すぎる。変な世の中になった。

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