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過去を拒む人たちと、未来の約束をする

夜の仕事の女性たちと、多くの時間を過ごす仕事をしてきた。日が暮れる頃から早朝まで、女性性を濃縮したような人たちと。
正直なところ、夜の女性たちは決して論理的な思考の持ち主ではない。不特定多数の男の前で服を脱ぐ仕事に論理など要らない。頭のネジが数本外れていて、計画性が全くなく、おまけに想像力も乏しい。深いことを考えずその場の気分で行動する人たちがやる金もうけが風俗嬢なのだ。

しかし勘違いされないように言うが、彼女たちの多くは優しい。そして明るく、多様性を受け入れている。他人をリスペクトしないクソ客には容赦なく罵声を浴びせるが、人生の敗者を差別することなく彼女たちなりの方法で寄り添おうとする。
預金口座に数千万円があるような彼女たちにとっては、物陰に生きる人たちへの共感があるのかもしれない。

ボスの俺もまた人生の負け犬としてその場にいたが、誰一人として俺の出自や生い立ちを問い質そうとはしなかった。俺の食事が偏っているとか買い物のセンスがないとか女選びが悪趣味だとか、そんな余計な興味を持つくせに過去のことには決して触れそうとしない。
他人から質問されたら必ず嘘をついて誤魔化す過去の話を、彼女たちにはしなくて済む。
それが彼女たちに特有の優しさの表現なのだろう。

俺もまた、彼女たちに対して過去の話を質問することはない。
かと言って人間関係の距離が遠いわけでもない。表面的な余計なおせっかいは沢山するし、彼氏のことや今の生活の様子のことはしつこいほど質問している。

そう、お互いに「現在の話」ばかりしているのだ。

しかし現在の話ばかり繰り返した先には何があるかというと、「疎遠」がある。もう二度と会うことも話すこともなくなり人間関係が消滅してしまう。風俗嬢という仕事柄、ボスとの関係性はそれがいいのかもしれないけれど。

一方で女性たちの中には、夜の仕事を辞めた後も現在までずっと友人として付き合っている人たちも多い。仕事を手伝ってくれている人もいるし、時々お茶をする人もいる。些細なことでも相談してくる人や、子供の成長を写真で知らせてくれる人もいる。

その友人たちと、疎遠になった人たちと何が違ったかというと、夜の世界で現役だったころにお互いの過去を紐解いたことがあるという点だ。

タブーとしていた過去の物語をお互いにさらけ出す機会があったということ。ある時は暇な平日の夜に事務所の片隅で、ある時は俺が住んでいた古いアパートの食卓で、ある時は深夜の電話で。

それは俺の意図的なものだった。
彼女たちは、過去を封印することで未来も孤独に閉ざされるという寂寞にどこか気づいていた。言葉には出来ないけれど、今だけを生きる苦しさが重く心に圧し掛かっていたと思う。そして白けた感じも。

過去を封印しても未来は必ず来る。

風俗嬢を辞めた後でまともな人間関係を築けない、人に頼りにされない、人から大切にされないという人が多すぎる。
それは今だけを生きているからだ。

だからボスとしてはタイミングを見ながら、過去を紐解くようなきっかけを作るように努力してきた。
過去のことにお互い触れないという優しさをお互い持ちながらも、「未来」とか「約束」「予定」という概念を持ってもらいたい。

ほら、次の約束が必要な恋人関係ってあるでしょう。次会うのは再来週だねとか、次はいつ〇〇に行こうねという未来の予定を交わせる人間関係が持つ、安心感ってあるから。
それが関係性の安定に繋がるということを彼女たちは知っていても、実行できない。

未来の約束をする感覚や習慣が全くない彼女たちには、実はむしろ過去の物語を紐解く必要があるのではないかとずっと思っている。

過去のことと、今(現在)のことを、行ったり来たりしながら何度も言葉にして話すことでしか、未来のことを考えたりは出来ない。過去の物語から現在、そして未来へとつながっていく時間感覚を手に入れてもらいたい。

これは別に風俗嬢だけではなく、普段の人間関係でもそうだろう。現在のことしか興味関心を持たない人間関係を長く続けていると、毎日の空虚さにゲンナリしてくる。同じように気まぐれの思い付きでデートをするような恋人同士はあっけなく冷めていく。毎日の連絡をルーティンに出来ない人たちはやはり関係性が弱い。
だから他人からアテにされなくなるのだ。行きつく先は孤独。気まぐれで幼稚な大人と思われたら、老いるほどにチャンスは回って来なくなる。

過去の物語を紐解くためには、質問や尋問だけでは難しかったりする。
さあ、話してくださいなんて言ったところで激しい嫌悪感を覚えるだけだろう。
そう簡単に自分のことをまくしたてるのは、自己中の自己憐憫おじさんおばさんだけだ。本当に過去を晒す必要がある人ほど、言葉が重い。

俺が強く印象に残っている言葉がある。

むかし弟子のひとり(22才の女性)とコンビニに行ったとき、「私が払うよ」と言ってくれた。横で会計の様子を見ていると、バッグから取り出したのはレザーの男物の小銭入れだった。小柄で可愛らしい女性には似つかわしくない、渋い小銭入れ。
俺はきっと、男性にプレゼントしようと買ったけど訳があって自分で使っているんだなと思い込んでいた。

しかし一年度、俺の誕生日に彼女がプレゼントをくれた。小銭入れだった。俺が喜んでいると、彼女はこう言った。
「私もね、男物の小銭れを使っているんだ。」
「知ってるよ。興味を持っていた。」
「風俗嬢時代にね、カッコいい先輩がいて。子供もいたし頑張って働いていたよ。その人がいつもなぜか男物の小銭入れを使っていたんだ。なぜ男物だったのかは分からない。きっといきさつがあるんだろうね。それがかっこいいなあって思って、PORTERでこれを買ったの。」
そして自分のバッグから男物の小銭入れを出して見せてくれた。

その時に、俺は遠い町で風俗嬢をしていた弟子の姿と、その先輩の姿、その先輩の過去の物語にまで思いを馳せた。強く引き寄せられた。

そんな些細なきっかけで、少しずつ過去の物語を紐解いていく。
いきなり感情を曝け出すことはない。
過去に「見たこと」「覚えたこと」「知ったこと」の話から、ゆっくりと過去の海へと一緒に潜っていく。

「21才のとき会社員をして一人暮らしをしていたの。給料が安すぎて月末になるとお金が無さ過ぎて笑った。スーパーで230円のお弁当を買っていたんだ。」と、スーパーに一緒に買い出しに行くと教えてくれた女性。

「実家の母は下着が派手でね。私が高校生の時に離婚したんだけど、美人だったから若い男をコロコロ変えて遊んでいた。ある日体調が悪くて学校を早退したら、母親が自宅の玄関で男と立ち〇ックしていたよ。」
と笑って教えてくれた昔のスタッフ。

「私は20歳まで韓国籍だったの。本名は違う。でも韓国語は話せない。母親が私の結婚の障害になるんじゃないかと言って、帰化の手続きをした。私はどちらでも良かったのに。」と言う現在のスタッフ(神戸生まれ)

そうささやかな物語を聞いては俺も共感をし、また違う物語を聞いてはまた笑いながら、驚きながら、感心しながら、共感を繰り返す。
俺もまた自分のことを質問しやすくなるようにふるまう。相手は次第に嬉々として質問をしてくれる。俺も少しずつ過去の話をして過去の感情を共有したりする。

過去の物語があって今に繋がっているんだと、感覚として自分の中に取り入れた時、未来のことに漠然とした自信が持てるようになるのだろう。
そんな時間軸を共有した相手とは、今まで感じたことがなかった親近感と信頼を持てるようになった。

何十年過ぎてもずっと友人のままでいられる人たちとは、あの頃の「未来」に今いるのだとよく話題にする。とても楽しそうに。

今でも、「今」しか生きていない人たちはどうしているだろう。30代40代となるにつれて、きっと生きづらさが際立っていると思う。

過去、今(現在)、そして未来と、過去からの時間の流れを意識して大切な人と過ごしてみてください。
急には変わらないけれど、でも確実に関係性が変化していくよ。

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