見出し画像

伊藤万次ノ輔断罪日記

アイリーン・ウォーノスとチェスをする夢から醒めるとゴリアテの腹に放り込まれたみたいに辺りは真っ暗で、眠りすぎたあとの倦怠感で脳みそが出来たてのイチゴジャムみたいにとろとろと熱かった。
起き上がる気力もなくスマートフォンでTwitterを開くと、TLが僕の話題で持ち切りで、丁寧に遡っていくと、どうやら次のオフ会で僕の耳になにを差し込もうかと相談しているらしいことがわかった。
「君は、合成皮革の匂いのする木星の夢と、トイレットペーパーにインクをたっぷり垂らしてくしゃくしゃに丸めた友引の明け方、どっちをねじ込まれたい?」
@ツイートで僕に対して問いかけているのは、伊藤万次ノ輔という名前の不逞の輩だった。
この男は1日に500ミリリットル以上の水分を摂取しないと「結構喉がかわ」くらしく、その時点で蜉蝣の薄翅ほどの値打ちもない男だが、更にナイアガラの滝のことをナイアガラの瀑布と呼び習わすという忌まわしい悪癖の持ち主だった。
この男は小説を書いていて、読んでやったこともあるのだが、ひとつのセンテンスに「ミラクル」という単語が七回も出てくるというミラクル級の下手くそで、ひとつの単語に付随する修飾文が異様に長く、それが係る単語もまたうんざりするほど長い文章で修飾され、そのセンテンスの次には唐突に短く区切られたセンテンスが二、三個連なるなどしてリズム感も皆無、さながら東北の地方都市のスタバでキャラメルフラペチーノのベンチーサイズに貪るように吸い付いたあと、嬉々として空き地に向かってリサイタルを敢行するジャイヤンの歌声をそのまま文章にしたようなものだった。
更に伊藤万次ノ輔は、あろうことかアイリーン・ウォーノスと恋仲に陥ったこともあるらしいのだが、彼女の犯罪が明るみに出るやいなやすぐさま警察と司法取引を行い、法廷にてその行為を糾弾し始めたことさえあったようなのだ。
この奇妙な符号をどう解釈すればよいのだろうか?
視界の隅に、精緻にカットされたダイヤモンドを透過したとでもいうような光がちらちらと回転し、暗闇に慣れた私の目に胡乱な熱を伴う鋭利な痛みを与え続けている。
よく見るとそれはただの光ではなかった。伊藤万次ノ輔だった。伊藤万次ノ輔は、欣然と、かつ落ち延びた先で倒幕派の穴のように黒々とした手に捉えられた小栗上野介忠順のように憤怒と絶望の入り交じった視線を左右にうろつかせながら口を開いた。
「ジャイヤンじゃなくって、ジャイアンだよ」
僕は空いた口が塞がらなかった。それどころかこの男には――衒学趣味さえあったのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?