くものした(千字戦二回戦)

 空に雲が浮かんでいて、その雲がうすければうすいほど、宇宙からみた地球を想像してしまう。幼い頃よく眺めた図鑑では、地球の青いすべすべした表面に、白いマーブル模様が渦巻いていた。あの図鑑はどこへいったのだろうか。
 祖父の葬式は小さな家族葬だった。自宅から車で二十分ほどいくと、護岸のされていない用水路に沿って田んぼがどこまでも続いていて、ささやかな樹林帯があって、その奥に、白い石造りのどっしりした市営斎場があった。母と祖母は通夜が終わった後泊まり込んで、ぼくだけが一度帰って告別式にもう一度来た。
 式場にはいると、波状に並べられた供花の祭壇の前に、昨夜と変わらず棺が安置されていた。簡素な桐の木目は他の材質に比べていかにもささやかで、表面には白い粉がふいていた。
 突然死だった。司法解剖の結果もぼくはきかなかった。警察がきて、祖父についてきかれたときに、変わった人でしたといおうとして、逡巡した。四十代の半ばから仕事を辞めて、家の奥の窓のない書斎に一日中篭もって、なにかの書き物をしていた。ぼくの記憶では、一年中タンクトップを着ていて、でも冬にはきっと厚着もしただろうに、と思うのだった。
 式場には誰もいなかった。線香と花の入り混じったすっぱいような匂いで満ちている。棺にゆっくりと近づいていくと、その蓋の足元の方が少しだけずれているのにぼくは気が付いた。頭を近づけて、覗き込んだ。
 棺の中は、意外なほど暗くなかった。そうして、その底の方に、白い掛け布団が見えた。地球にかかる、うすい雲だ、と思った。
 「おはようね」
 といいながら、祖母が廊下からはいってきた。
 「おはよう。母さんは」
 「まだ、寝てる」
 と祖母はいってから、
 「昨晩ね、おじいちゃんが、給湯室のシンクの前にいたんだけどねえ」
 といった。それはそうだろう、とぼくは祖母のうすい白髪に視線を落としながら思った。

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