浮かばれなかったゴースト、音楽祭に行く(みんなでつくる音楽祭in小平2020)

 ここに一人のゴーストがいた。彼は生前あまり幸せではなかった。楽しい思い出を持っていなかった。そのために浮かばれなかった。彼はまだ、ゴーストとしてこの街をさまよっていた。
 その日、公民館では音楽祭が行われていた。ちょうどオープンの時間だった。ゴーストは公民館に紛れ込んでいった。
 ロビーではバンド演奏が行われていた。ゴーストは演奏を聞いた。音楽だ。あまり幸せではなかったゴーストだが、彼の人生において音楽は良いものとして分類されていた。ゴーストは演奏を楽しんだ。
 プログラムは進む。バンド演奏は終わってしまった。ゴーストは悲しんだ。なんだって、終わってしまう。嫌になってしまう。しかし周りの雰囲気は終わりを告げていない。人がたくさんいる。今日は公民館で音楽祭が行われているのだ。まだ何かある気がする。ゴーストは会場を回り始めた。
 するとたくさんの会場で、様々な音楽が鳴っていた。ピアノ、ギター、オカリナに三味線まである。それにビッグバンドジャズ、ああ合唱! ゴーストは音楽が好きだったのだ。彼も大勢の生きた観客と同じように、一日中音楽を楽しんだ。
 しかしゴーストの思想にも一つの正しさがある。なんだって、終わってしまう。会場からひと気がなくなってきた。音楽もまばらになってきた。ゴーストは寂しくなってしまった。ただ、まだ諦められなかった。もうちょっと何かあるんじゃないか。ゴーストはホールに入っていった。
 音楽が。そこでは音楽が鳴っていた。ちょうどクライマックスだ。ホール中を色とりどりの風船が舞っている。踊っている人がいる。演奏者だけではない、観客も楽器を持って音を鳴らしている。ああ、なんて幸福な光景。ゴーストもハンドクラップ。楽しい。こんなに楽しい出来事が、自分に起こるなんて。
 音楽祭の最後、本当の最後に、誰かが言った。
「来年も!」
 来年も、この風船が舞う。音楽祭は続く。

 ここに一人のゴーストがいた。彼は生前あまり幸せではなかった。それまで楽しい思い出を持っていなかった。しかしもう違う。今日は楽しかった。彼も楽しい思い出を持った。ゴーストは思った。こんなに楽しいことがずっとあるのなら、また産まれて来るのも悪くないかもしれないな、って。
 こうして幸福なゴーストは浮かばれた。次に生まれ変わったら、音楽祭に来ようって。また会おうゴースト、また来年。

おわり
(2020/09/26 )

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