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次は背負い投げ

※※※10年ほど前に書いたエッセイ。ガラケーにカメラが付いたころのお話です※※※


ある調査によると、2,30代の既婚女性の6割が、夫の携帯を内緒でチェックしたことがあるという。意外に多い。

私は40代だが夫の携帯に興味はないので、頼まれない限り開くことはない。開けてみても業務連絡のメールか、取引先からの着信だけに決まっている。夫の方も私の携帯を開けたことはないだろう。ただこちらにはお宝がザクザク入っている。

携帯にカメラがついた時は、誰が何のために使うんだろうと思ったが、今では毎日のように使っている。友達と出かけたランチの写真や、愛犬ななの可愛い画像がいっぱいだ。

ある日の午後、仕事が早く終わったのでスーパーに立ち寄り、二階の売場を見て歩いた。W社の下着20%オフの表示に、たまには奮発しようと品定めを始めた。散々迷ったあげく、1500円の下着2枚を選び、カゴに入れて立ち上がった。

ふと気づくと、さっきまで隣の寝具売場にいた中年男性が、通路に立っていた。奥さんでも待っているのか、ずいぶん退屈している様子だ。足を曲げてストレッチなんかしている。そして膝に伸ばした手には携帯…。

次の瞬間、ようやく気づいてギョッとした。男の持ったオレンジ色の携帯は不自然な形に開き、そのレンズが私のスカートの裾あたりに向いている。まさかの出来事に心臓がドクンと音をたてた。

私の視線に気づいた男は、携帯をたたむと何事もなかったかのように立ち去った。私はカゴを持ったまま後をつけた。気づいた男は歩を早め、逃げているのは間違いなかった。

後を追う私の脳裏に、その少し気弱そうな男を取り押さえる自分の姿が浮かんだ。胸倉をつかんで押し倒し、奪った携帯を高く振りかざして「警察を呼んでください!」と叫ぶ。しかしそれを想像すると膝が震えた。

男は売場の端まで行くと、下りエスカレーターを走って降りていった。一階に下りればすぐに出口だ。悔しい、逃げられた。

最近すっかりオジサン化している自分が、若い女性に間違えられたって嬉しくもなんともなかった。そんなことより、高校生の娘が被害にあったらと思うと許せなかった。

私は二階の手すりから下に向かって「変な写真撮らないでよ!」と怒鳴った。が、声は上ずっていた。周りからは私の方が変に見えただろう。胸の鼓動はなかなか収まらず、レジの店員さんに報告して帰ることにした。

犯人はどこにでもいる普通のお父さんという感じの男だった。奥さんはこんなことなど知らないだろうな。あの男の奥さんにこそ携帯をチェックしてもらいたいものだ。そして私ではなく奥さんが「アンタ、変な写真撮らないでよ!」と一喝してほしい。

そうでもしてもらわないと、次は私が背負い投げで取り押さえ、「お手柄の御手洗さん」などと、新聞に載ることになる。

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