32頁 「母はきっと、ちょっぴり死にたかった」




最後まで強くありたい
最期の 最期まで

きっと誰だって そう思うし
そう言ってしまう

痛い 苦しい 死にたい
すべて涙になって零れていく

言葉にならない 言葉にできない

でも本当は
もう嫌だって 言いたかった

もうすぐ消えてしまう
自分のことだからわかる
ちゃんと覚悟しておいてよ
今からじゃなくて
もう出会った時から
いや もっと前
生まれた時から

人は いつかお別れするの
怖くても 悲しくても 寂しくても
ちゃんと見て

目を逸らしても忘れないで
忘れても無くさないで

いつか その足元にもちゃんと来るから

残したかったものを 確かめておいて
伝えたかったことを 確かめておいて

不安と願いを 勘違いしないように
祈りと悲しみを 間違えないように



気丈に振る舞っていた母の本音「もう嫌だよう」
雑音がまざった音の中に喚きが聞こえたまるで赤ちゃんのように
「嫌だ、嫌だ」と泣く聞いたことのない母の声

 おびただしい口内炎手足がもげるような関節痛脱毛止むことのない吐き気
あげればきりがない生きているだけで「痛い」

作りかけの刺繍は精緻な作品の彼女のものとは思えないほど荒い縫い目

「手が動かない」と嘆く情けなさ無念さ死への恐怖ちょっぴり「死にたい」

人はストーリーを生きてしまう生きることは正しい前提死はタブー
「幼い娘を遺してこの世を去るのは、さぞ無念だったでしょう」

家族を失うことは悲劇である/人は誰もが生きるべきである
奇跡は起こると信じるべきだ/死者は無念さを抱えている/弱者は救うべき

自然な忌むことでも避けることのない死の階段を降りる過程 死とは寿命
昨日まで「できていたこと」が「できなくなっていく」嘆く姿は痛みだ

死の間際に残した娘あての手紙「ごめんね、もう長くない」小学2年生の冬

延命の措置は遺される側のエゴ「生きたい」強く願う正解はない善悪もない

人は悲しみで埋め尽くされずにはいられないそれはどこまでいってもエゴ
「死ぬ選択」が悪ではなく、「権利」であってほしい

だからこそあの時どうすればよかったのだろうと考える
「死なないで」と眼差しは向けず「どうして」と嘆くことなく見送りたい
「もう嫌だ」と嘆きながらも強くあり続けた母をせめて労いたい

痛みの海に飲み込まれた日に人は孤独でいつか死ぬと分かった
この痛みは永遠に人と分かち合えない本当に分かった終わりの始まり
物語は誰かと断絶された月のように浮かんだまま静かにほっそり消えていく

泣いても大丈夫 海の中で泣くんだよ
誰も知らない場所で 誰にも分からない場所で
海の底は けれども 優しい

泡のように消えていく 時が眩しく儚い
声にならずに声になっても届かない思いはそれでも…それでも、それでも。

どうかどうかその手を優しく握って
その光の行方を強く見守って
もう運命は変わらないだから受け止めて信じて背中を押すように送り出して

夢はいつか終わるからこその夢
だからみんなその夢の中で息をするそれは決して悪いことじゃない
生きることはファンタジー

怖くても笑っていて
その温かさを消さないで
月のない闇夜が けれども彼方の星が 優しく微笑むように


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