29頁 「秋のような恋の終わり」




『忘れたい』と切に願っていたことが
『忘れたくない』という祈りに変わったとき、
それは記憶から思い出にそっと形を変えるのかもしれない

幸せと不幸と
両極端の願いに揺れて

この手が幸せになること
その手が幸せになること
触れるか触れないかの瀬戸際で
物語は唐突に終わった
既に終わっていたのか
それとも終わらせたのか
願いと後悔と
光に映し出した影のような

甘さと思い出と
全て簡単に切り離されているわけではないから
きっと 海と月くらい 見えなくてもずっと繋がっているから

忘れたい
忘れたくない
祈りのような言葉が 繋がりをより浮かび上がらせてしまう

打ち上げられたような後悔を そっと
波のように 洗うように 焦燥感が動かす

本当のことなんて誰にも分からない
それはきっと 一つの季節だったのだろう
秋のような 切なさと移ろいに揺れる
泣いてしまうような 時間だったのだろう

祈りが終わらせたなら
その手にはきっと余白を持っているでしょう

次の物語が きっとあなたを待っている



切に願っていた『忘れたい』祈りが記憶から思い出に『忘れたくない』

「別れた恋人の幸せなんて願えなくて当然。だって私が幸せにしたかったし、一緒に幸せになりたかった。好きになるって、そういうことでしょう」

真っ赤に色付いた紅葉を背にふっくらと丸みを帯びたどら焼きを手にとって

「惜しいことしたって、いつか気づいて、一生後悔すればいい」

目が赤く潤むことに気づかないように「そうだそうだ」涙が嘘になるように

「あーもう早く忘れたい!どこに行っても思い出して辛いから」

別れを切り出した彼が甘いもの好きというだけどら焼きは記憶を呼び起こす

『いちばん』は塗り替えられても『とくべつ』は塗り替えられない

「いつか忘れられるのかな」忘れたことも忘れちゃうくらい
忘れたくないという祈りが音の背に聞こえた「そうかもしれないね」

シンと細やかな空気の粒に揺れる煎茶の湯気朧げな白さに何か思い出す予感
記憶が時間と共に遠く朧げになっていく日に日に高く遠くちぎれていく秋空
真赤に染まった一枚はらりと宙を舞う紅葉の葉音もない風にあっさり負けて

「もう冬だね」

季節に句読点を打つのは心の役目なのに秋は決して許さない『。』のあと
冬の始まりはえも言われぬ焦燥感とそこはかとない後悔を引き連れて

「気持ちは伝えたの?」「未練は、ない?」
「伝わったかどうかは分からない、」「ないと言ったら嘘になるけど。」

「恋は何気なく始まって何気なく終わる」秋のような恋も然るべきと祈る

自ら『。』を打ったからこそ次の物語を紡ぐ余白を持っているならば、私は
好きじゃなかっただって元気でよかった生きてよかった幸せでよかった 嘘

忘れたいと願い忘れたくないと祈りもう一度忘れたいと泣いてしまうくらい

秋が過ぎて
やっと冬になった

そして、そして。

終わってしまったのと終わらせたのは
勝手に過ぎるのか自分の足で歩いて変えていくのかくらい違うのだ

変えられない抗えないそういうものがあるでも私は
泣いても苦しんでも苦しくて私の手で終わらせて始めることを、選んだんだ

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