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詩は世界をつなぐ ~フランス・ポエトリーリーディング見聞録~ 第5回


パリで開催されているPoetry Slam Coupe Du Monde(ポエトリーリーディングW杯)。その主催者から「お前、前座で出ろ」と言われた…。その続きでございます。

正直に言いますと、彼の言葉がその場ですべて理解できたわけじゃありません。主催の刈り上げオヤジことPilote氏は英語で話してくれていたのですが、それでも私のフランス語力では全部聞き取るのは無理です。どうやら“Calibrage”という単語を繰り返しているのですが。ただ妙な迫力から「お前もステージに上がれ」と言っていることだけは伝わる。舞い上がりつつも私が“Oui,OK”と答えると、Pilote氏は満足そうな顔をしてあっという間にどこかに行ってしまいました。呆然。

それにしても“Calibrage”(カリブラージュ)って何でしょう? 仏日辞典で調べると「1.口径測定 2.行数計算 3.分類、等級付け」とあります。これはあとで知ったことですが、ポエトリースラムにおける“Calibrage”とは、本戦の前に行う「お試し審査」のこと。以前も述べましたが、ポエトリースラムでは客席からランダムに選ばれた5人が審査員をつとめます。試合に参加しない詩人がまずパフォーマンスをして、審査員に判定の予行演習をしてもらうのが「カリブラージュ」というわけです。

やがて夜。19時を過ぎたころから、会場のESPASE BELLVILLEに人が集まってきました。本日6月3日(火)からポエトリースラムW杯一回戦が始まり、決勝戦は6月7日(土)。ちなみに日曜日はフランス全国大会の決勝戦。チケットはW杯およびフランス大会の通し券が15ユーロ。約2000円ですからかなり安いのではないでしょうか。1日だけなら5ユーロ。ただし決勝戦はW杯およびフランス大会ともに7ユーロ。ロビーではチケットのほかにTシャツも売っています。

人が増え始めた会場ロビーに、両腕タトゥーの見慣れた顔を発見しました。DOWN TOWN CAFÉのオープンステージで知り合い、3on3ポエトリースラムでチームを組んだパリNo.1の好漢、マーク。なんだかホッとします。

「マーク! 俺、カリブラージュに出ることになっちゃったよ!」

「ホントニ? ソレハスゴイ!」

目を丸くしているマーク。いや、自分でも信じられないんですけどね。

手元のパンフレットを見ると、ポエトリースラムW杯に出場するのは19の国と地域。イングランド、スコットランド、フランス、オランダ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシア、イスラエル、トーゴ、コンゴ、ガボン、マダガスカル、モーリシャス、アメリカ、カナダ、ケベック、ブラジル。アフリカ勢はすべてフランス語が使われている国ですね。アジア圏が参加していないのは残念ですが。

マークと一緒に客席に座っていると、ステージに例の刈り上げパンクオヤジ、Pilote氏が登場し、なんだか早口でまくしたてはじめました。「ポエトリースラム、それは1984年シカゴで詩人マーク・スミスが始めた…」というようなことを言っているみたい。この前口上はお約束になっているようで、客席から合いの手が入ります。そしてカリブラージュ。フランス全国大会の出場者がステージに上がります。私の出番はどうやら明日以降みたい。それにしてもカリブラージュの選手も堂々としていて、とても「試し審査」という感じじゃないんですけど! 大丈夫なんだろうか、自分。

やがて一回戦第一リーグが始まりました。登場したのはコンゴ代表、パーカ姿の黒人青年。ステージ中央にはマイクが一本。その前にまっすぐに立ち、太い声で語り始めます。公用語であるフランス語でのパフォーマンス。タイトルは“FEMMES,SOYEZ BENIES”「女性たちに祝福あれ!」という感じでしょうか。ノートや紙を持たずに暗唱していることもあり、朗読というよりスピーチを聞いているような感覚になります。しかもしばらく聞いていると、音楽を聴いているような心地良ささえ感じる。テンポや息継ぎ、言葉の響きの良さにもかなり気配りがされているのでしょう。

制限時間3分ほぼぴったりで終了。おお、そこまで計算されてる! 司会のPilote氏が再び登場し、“Un, Deux, Trois”の掛け声にあわせてジャッジの札があがります。8点台から9点台。やはり高得点が並ぶ。スクリーンに映された得点表に、点数が表示されていきます。拍手が終わらないか終わらないうちに次の詩人が呼び出され、試合はテンポよく進んでいきます。そこから先はもう興奮するばかりの私。

ロシア代表はパンク女子。ミリタリーっぽい黒のブーツで、肩にタトゥーが入っています。ごく短い、1分くらいで終わる朗読なのですが迫力と説得力がある。言葉の意味がわからなくても、カッコイイというのだけはわかる。モスクワ出身らしいけど、地元で目立ってるだろうなあ。トーゴの選手は現地の言葉による朗読です。意味がわからないどころか、耳にしたこともないような声の響き。でも知らない言葉だからこそ、耳に心地よかったり、楽しかったり。

詩人たちが朗読しているあいだ、ステージ後ろのスクリーンには3ヶ国語(母国語、英語、フランス語)の字幕が映し出されます。とはいえ、早口で進んでいくので、断片的に単語を追いかけるだけで精一杯です。それでも、いや意味がわからないこそ余計に、彼らのパッションがむき出しで伝わってくる。その熱量にやられて席の背もたれに寄りかかり、聞き終わるごとにほーっと息をつく。

ステージではスウェーデンの詩人が朗読をしています。シニード・オコナーみたいなスキンヘッドの女の子。言葉はもちろんスウェーデン語。どうやら子供時代のことを詠んだ詩のようなのですが、くわしい意味はわかりません。ただ、センテンスごとに噛みしめるように、魂を全て声に込めるように声を出していく。しんとした会場を、彼女の声が満たしていく。幼い頃の彼女がそこにいるような気がしてきます。悲しいのか嬉しいのか懐かしいのかわからない感情。気がつけば涙があふれていました。


(スウェーデン代表・Nino Mick と)


こんなことがあるのか。

彼女のパフォーマンスが終わったあと、しばらく立ち上がることもできなかったのです。

続きます。

(村田活彦/駿河台出版社 web surugadai selection より転載)


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