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音楽と帰る道

今日は心が荒んでいた。
で、ふと「ワルになっちゃおうかな」と思い立った。ワルになるにはどうしたらいいか。…そう、イヤホンで音楽を聴きながら下校するのだ。
耳が音楽に集中している状態で歩くと、向かってきた車のエンジン音などに気が付かなくなって危険というのは周知の事実。それを破るとは、未だ手を染めたことのない極悪非道の行いである。

どうせ聴くならいい曲を聴こう。私は、その前からなぜか頭の中で鳴っていた曲を選んだ。米津玄師『LADY』だ。

前奏、少しくぐもったような音色のピアノから始まるこの曲。他の曲よりもいっそう柔らかく優しい米津さんの歌声と、軽やかなトランペットの調べが快い。雨がぱらつく薄曇りの今日に、春の息吹を感じさせてくれるようだった。

…このワル体験、楽しいな。
最寄り駅まであと一曲は聞けそうだったので、今度はヨルシカの『テレパス』にした。

私は多分、ピアノがいい仕事をしている曲が好きだ。この曲でも、印象的なピアノのフレーズが絶えず繰り返される。大きな拍を取っているベースは音楽に重厚感を与えている。なによりsuisさんの、静かで、ときに震えているようにも感じられる歌声が本当に切なく美しい。

ああ このまま轢かれて死ねたら本望だな、と思った。
この世の美しい音楽を聴きながら、ふっと消えられるのなら。
音楽を聴いているときは現実世界のすべてが薄らぐように思える。苦しみも悲しみもどこか遠くのものになる。

気がつくと、音楽はもう鳴っていなかった。イヤホンを外す。いつの間にか駅に着いていた。

20分ほど歩いた中で実は一度だけちょっと轢かれかけたけど、私は無事に生きている。

明日、もしも素晴らしい音楽が新しくこの世界に生み出されたとしたら。私はそれを、聴くことができる。

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