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シナリオ「雨粒」(3200字)

①とある更生施設、雑居房(朝)

狭い畳の部屋、格子窓。二つの布団。
内一つ、静かに目を覚ます清水良(15)。

教官の声「全員、起床ー!」

素早く布団から出て部屋の入口に立つ良。

教官の声「扉の前に整列ー!」

起きる気配のない、もう一つの布団。
入口の小窓から室内を覗き込む教官。

教官「もう一人は?」

良「さあ」

教官、舌打ちをした後、鍵を開け入室。

教官「おい、いつまで寝とんるや!」

布団を剥ぎ取られ、驚く同室の少年。教官に胸ぐらを掴まれ無理矢理立たされる。

教官「制裁や! 歯ぁ食いしばれ!」

少年が殴られるのを横目で見ている良。
 


②同 運動場(朝)

快晴。ラジオ体操をしている二十人ほどの少年たちと、監視している数人の教官。



③同 農場(朝)

農作業をする少年たち。
額に汗を浮かべながら、土を耕す良。
 


④(回想)清水家 林治の書斎(夕)

広い部屋、皮張りの椅子に腰掛けている清水林治(44)、失望の表情。

林治「良、お前はもっと利口やったんと違うか」

良、林治の向かいに立ち、反抗的な目。

林治「淀川工科は名門中の名門、なにが不満や」

良「しゃあない、入試で落とされたんやから」

林治「あほ言え。お前が全教科白紙で出したんやないか、知っとるぞ」

良「あそこじゃ、俺の学びたいことは学べへん」

大きくため息をつく林治。

林治「会社継いでくれる気はないっちゅうんか」

良「継がへん、俺は司法試験を受けるんや」

机に拳を叩き降ろす林治。

林治「たいようの家に、お前を預ける」

意味がわからないという表情の良。

林治「更生施設たいようの家は行くあてのない子どもを保護するトコや。といっても居るんは少年院から出て来たクズ共。そこで理解せえ、そいつらと自分がいかに違う生き物か」

押し黙る良。

林治「子どもは黙って、大人の言うこと聞いとったらええ」
 


⑤たいようの家 農場(朝)

農作業をする良。汗を拭い深く息をつく。

男の声「初めての農作業は辛いやろ」

砂川才蔵(39)がニヤニヤ笑っている。

良「だれ?」

砂川「僕はここの施設長の砂川や。僕はね、君をよく知っとる、君はここに居るべきやない」

良、無言で砂川をにらむ。

砂川「出たいやろ? 早く。こんな所から」

良「別に」

良、農作業を再開する。

砂川「強がりやな。ぬくぬく暮らしてたお坊ちゃんには、わけのわからん農作業は地獄やろ」

良「(手を止めずに)収穫の終わった畑の固くなった土をかき混ぜ空気を入れる。土がふかふかになって、次の作物は根が張りやすくなる」

砂川「なんや? いきなり?」

良「わけはわかっとるぞ、おっさん」

砂川「ふん、親の教育がよぉ~行き届いとるわ」

すごすごと去っていく砂川。
少し離れた所でその様子を見ていた同室の少年、良を尊敬の眼差しで見ている。
 


⑥同 大休憩室

リラックスした様子で本を読んでいる良。
同室の少年が手に紙を持ち、やってくる。

少年「さっき、かっこよかったなあ」

無言の良。隣の席に座る少年。

少年「俺、良君と同じ部屋の孝太いうねんけど」

良、田辺孝太(16)を見る。

良「そんなもん部屋に書いとるから知っとる」

孝太「良君、頭良さそうやし相談乗ってや」

孝太、手の紙を良に見せる。紙にラジオ体操の動きが順に書かれている。

良「(馬鹿にして)ラジオ体操?」

孝太「そうやねん! 全然覚えられへんくて。どうやって覚えたらええかなあ?」

良「はあ?」

孝太「見てても頭に入らへんねんなあ」

良「そら動きのモンなんやから、見てるだけやったらあかんやろ。体で覚えんと」

孝太「そっか! そうやな!」

孝太、紙を見ながら、ラジオ体操の動作。
良、鼻で笑って読書を再開する。
 


⑦とある工場 入口前

数人の教官と作業服に着替えた少年たち。

教官「それでは本日の課外労働を始める!
それぞれ、職員の方の指示に従うように!」

スーツの男が良の元へ。

男「良君、君はこちらへ」
 


⑧同 管理室

男「(ドアを開け)社長。お連れしました」

林治が中で偉そうに座っている。

良「(入室しながら)一体なに?」

林治「ここはウチの会社の工場の一つや」

良「ほんで?」

林治「可愛い跡取の様子を見に来たんやないか」

良「社会科見学したところで継ぐ気にはならん」

林治「ちゃう、お前に見せたいのは、これや」

部屋の壁に並んだ多数のブラウン管モニターに労働している少年たちが映る。
厳しく過酷な重労働。要領が悪く、職員に怒鳴られている様子の孝太が映る。

良「なんやねん、これ」

林治「大戦が終わって十数年、欧米に追いつけ追い越せでやってる今こそ賢くやらないかん。特に大事なんは便利な労働力の確保やな」

良、林治を睨む。

林治「大阪にいくつかの更生施設に運営資金を出資しとるんや、その見返りがこれや」

良「こんなもん、あかんやろ。犯罪や」

林治「あほ、犯罪したんは、こいつらやないか。これはそいつらを社会に戻す手伝いや」

良「こんな仕組みは間違っとる」

良、走って部屋を出ていく。

スーツの男がそれを止めようとする。

林治「ほっとけ。あいつには、もうちょっと社会の仕組みを学んでもらう必要がある」

孝太の元に駆けつけ、作業を手伝い始める良の姿がモニターに映し出される。
 


⑨雑居房 (夜)

部屋のネームプレート、田辺孝太と清水良の名前が書かれている。
布団で横になっている二人。

孝太「良君、今日はありがとう」

良「なにが?」

孝太「課外労働、手伝いに来てくれたから。ヒーローみたいやった」

良「(鼻で笑う)俺が?」

孝太「僕はなんもうまくできひん。ここに来たんやって、万引きで何度も失敗したから」

良「なんで万引きなんかするねん」

孝太「周りの皆が、やれって」

良「あかん。ヒーローっていうのは、人の言いなりにならんねん。自分の正義を貫くねん」

孝太「そうか、そうやな、僕もそうするわ!」

孝太、ラジオ体操の紙を取り出す。

良「おい孝太、ラジオ体操は、前を見てやれ」

孝太「前を? うん、わかった! 前見るわ!」

布団の中でラジオ体操の練習をする考太。
 


⑩運動場 (朝 日替わり)

陰鬱とした曇り空。整列する少年たち。
教官に指名され、前に立たされる孝太。

教官「そろそろ覚えたんやろうな? しっかり前で皆の手本になってもらおか」

孝太「が、がんばります!」

ラジオ体操の音楽が流れ始める。ポツポツと小雨が降り始める。

孝太「(緊張しながら、つぶやく)ま、前を見て」

孝太の正面、少年たちの最前列に並んでいる良。二人の目が合う。
孝太のために、ラジオ体操の動作をワンテンポ早めに行う良。
孝太、それを見てなんとかラジオ体操をこなしている。少しずつ勢いを増す雨。

砂川「(突然良に近づいてきて)ちょっと来い」

良「なに? ラジオ体操の後でええやろ」

砂川「ええから来い」

砂川、良の腕を掴み、歩き始める。
集団から離れる二人。

教官の声「お前ッ! まだ覚えられんのかッ!」

良、孝太の方を振り向く。
教官が倒れた孝太を何度も蹴っている。
雨に濡れた地面、泥だらけで転がる孝太。

砂川「雨も強なってきた。さ、中に入ろ。君はそういう立場の人間やで、アイツらとは違う」

良、激昂と共に砂川の腕を振りほどく。
孝太の元へ走る良。

良「やめろ! 考太に手え出すな!」

別の教官がやってきて良を抑える。
孝太が教官に暴行を受けているのをただ見ているだけの少年たち。

良「お前ら何ぼーっと見てんねん! 俺も、お前らも前で殴られてるヤツも皆おんなじや! 大人のおもちゃにされて悔しないんか!」

教官「だまれ! 大人しくしろ!」

強い雨、暴れ、叫ぶ良。

良「今そこで殴られてるのは、俺ら自身やぞ!」

教官の制止を振り切って、再び孝太の元へ駆けつける良。孝太を庇い、殴られ、蹴られ、泥だらけになる。

良「お前ら悔しくないんか! 自分が殴られる番が来るまで、雨の中で待ってるんか!」

少年の一人が突然、声をあげながら教官へと突進。一人、また一人と少年たちが走り出す。皆が孝太と良を守ろうとする。

地面に転がる良、天に向かって何かを叫ぶが、雨の音にかき消されて聞こえない。

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