セルゲイ・ロズニーツァ「我々は、無責任な人々の世界で生きている」(インタビュー、2016)

セルゲイ・ロズニーツァ「我々は、無責任な人々の世界で生きている」(インタビュー、2016年11月22日)
Lib.uaより (聞き手オレーク・バトゥーリン)
https://lb.ua/culture/2016/11/22/351424_sergey_loznitsa_mi_zhivem_mire.html

後で忘れないように、まずはこの質問から伺わせてください。アメリカの大統領選挙の様子を追いかけてらっしゃいましたか?

(笑)追いかけないことの方が難しいでしょう。アイロンをつけても、もうそこから聞こえてくるようなものですから… それがどうしました?

ロシアについてはいまさら言いませんが、ウクライナでもこのテーマがあまりにも不健全な興味関心を集めているのではないかとただ感じたまでです。アメリカの大統領選挙に、あまりに大きな意義を与えすぎているのではないか、と。

すばらしい! ということは、今に至るまで人はこう考えているわけだ、アメリカが世界にとってとても重要であり、この国を誰が支配するかによって世界の運命も決まってしまうだろう、と。これがどこまで真実かはわかりません。大きな問題です。

わたしが知っている限り、まだ結果は見えていません。加えて、アメリカには十分厳粛なプロセスがあって、バカをしでかすことができないようになっていると思います。どうなるか見守りましょう。

大事なことは、ウクライナでは多くの人が、世界で起こりつつある様々な変化を恐れているということです。アメリカだけではなく、フランスや、他のヨーロッパの国々での変化を。あなたはこう感じることはありませんか、世界は本当に変わりつつあって、しかも全然良くない方向に向かって変化しつつあるのでは、と?

こうした変化は、ただどこどこの場所にだれだれがやってくることから生じるのではなくて、まったく別の原因があります。例えば、幼稚な人間の数がいまや世界中で増えたことです。こういう人間は、自分自身の生、他人の生について真剣に考えず、人生に対して敵対するように相対しないのです。でも人生は、常に敵対的なものであり、必然的に何かに耐えてゆくということですよね。

最近おこなわれた多くの決定は、無責任なものです。で、どうするか? どうもならないことです。その決定のなかで、我々は生きているのですから。そうですね、例えば隣国の領土の一部を占領するという決定は、責任感あるものだと言えますか? いや、違う! じゃあ、この問題に対するヨーロッパ当局の反応は責任あるものと言えるでしょうか? いいえ! 考えてみてください、ロシアのミサイルが他国の占領地域に「巡行して」いって、民間の飛行機を狙って発射されました。このことを知ったからといって、いったいどうなりました? これはもう証明された事実です! このことは、調査した人や証人が、すべて本当にあったことだと我々に話してくれました。でも知ったからといってどうにもならなかったのです。そういうことを知りながら、我々は生きてゆくのでしょう。誰かがあちらにいる誰かに書類を書き送って、裁判に引っ張りだしてこない限りは。

こうした場合よく言われるように、この事件に「政治が介入」していたことが判明したのでした。

それで、じゃあ政治とはいったい何ものなのか? 政治とは、自己の自由意志の発現だ。そしてその発現に向けた行動です。

この自由意志は、我々の目に見えるだろうか? 例えば、この飛行機が撃ち落とされた事件の場合、悪が行われたわけですが、それでも二年余りもの間罰せられることはなかった。このことは何を教えてくれるか? 政治家たちは自分が責任を負うことを恐れているということです。責任を負うことを恐れるものはいったい誰か? それは、幼稚な人間なのです。このことは、我々が幼稚な人間、無責任な人間の世界に生きているということを意味しないでしょうか?

幼稚性についての話になりました。だって人間は楽しみ、「身綺麗に」なりたいわけですからね。それから、レーシ・ポデルヴャンスキー[訳註:ポデルヴャンスィクィイ。1952年キエフ生まれのアーティスト、戯曲家。]に言わせれば、「人の興味を惹くものはなにか?」という質問の答えは、「拷問、死刑、狂人」なのだといいます。

結局、問題はそこにあるのではないのです。映画『アウステルリッツ』(ローズニツァの2016年作。ヴェネツィア映画祭等で上映)についてお話しするなら、あそこおける問題①は、「このおぞましい出来事についての記憶をどのように保存していくのか?」ということです。そして問題②としては「この記憶を伝えることは可能か? 起こったことについて次の世代の人は理解してくれるだろうか?」ということです。

こうした場所(つまり、元強制収容所であったザクセンハウゼンやダッハウといった場所)は、この問題について思索してみるのに絶好の可能性を与えてくれます。ここは、人間の絶滅が遂行された場所、人が塵に、灰に化してしまった場所なのです。そこには、横目にみることができるようなものはもう何も残っていません。こうした場所は、歴史上の出来事の起こった場所ですが、演劇的な出来事が上に重なってきます。とつぜん観客が鑑賞にやって来るわけですから。すでにプラトンが言っているように、実人生のなかでこのような悲劇が起きたのだと我々が諒承する限りにおいて可能になるものが、劇場における悲劇です。こうした場所においては、プラトンの言うところの歴史上の出来事そのものである「第一場」は、この出来事が再度表現しなおされる「第二場」と一致する。そして同時に、この時点においてメモリアルの訪問者=観客が出現し、彼らはカメラが設置されることによって同時に登場人物になるのです。

記憶というテーマは、あなたのすべての映画に関わるものです。

それでは我々は何に携わって仕事をしているのか? 間断なき記憶化(メモリアリゼイション)です。いま撮るすべてのことが、いつか、幾ばくの時を経て、記憶になるのです。文字通り、次の日には。そしてその後この記憶は、そのいつだったか起こった出来事との直接的な関係を失ってしまうので、神話として蔓延ってしまう。そうして我々が「神話」とか「フォークロア」とか呼ぶものが現れるのです。あらゆる固定化(フィクセイション)は、どうあれ我々の記憶になって、記憶を、あるいは記憶の代わりとなる健忘症(無-記憶)を表象します。あれやこれやの出来事の直接的な参加者の記憶が一方にはあり、もう一方にそれをリプリゼント(再演、表象)する何かがあるわけですから。それは本当のところ、記憶に敵対するはたらきをするものです。記憶を殺してしまうようなものなのです。

最近2、3年のウクライナにおける記憶のポリティクスに関して、少なからず変化が訪れています。例えば、あの脱-共産主義化です。あなたの考えでは、どこの国でもいいですけれど、そうしたポリティクスの、多少なりとも理想的なモデルの実例はあるでしょうか?

問題は、ここで何か実例を挙げることが不可能であることです。民族にはそれぞれタブーとされた圏域があるわけですから。タブーであるために、話されることのない事柄があります。自分で自覚さえしないことだってあるし、これはタブーとされた圏域なんじゃないかと時おり推し量ってみることもない。これは大変興味深いことです。だってウクライナにもやはりタブーは存在しますから。私たちが話さないことについて、私たちが気づいていないことについて、考えてみなければなりません。

または、気づかないままであるかもしれませんね。

話したくないんだということさえも気づかないままかもしれない。もしこのタブーがなかったら、ナチス=ドイツの占領者を殺したソヴィエト市民に捧げられた像があるあの場所も、別の感じに見えただろうと思います。別のタブーもあり、なぜかそれについて話すべきでないとされていたり、かなり控えめに話すべきだとされていたりします。ロシアにおいて矯正労働収容所(グラーグ)の話題がタブーとされているように。おかしなことですが、あそこで何が起こっていたか、あるいは懲罰を与えていた側の人間と懲罰を受けていた側の人間がどうして一緒に生きていくことができたのかについて描かれた、少しでも重要な意義ある映画(絵画)は私の記憶にはありません。もしくは、例えば罪を犯した人間に対して刑を与える欲望の欠如。そういう人間の数のなんと多いことか! 数百万もいます! 百万単位の密告者、百万単位の犯罪者、秘密警察、とまれかくあれこのシステム内で働いていた人々。

「カティンの森」の虐殺を例にとりましょうか。この時でさえ国は殺人者どもの名前を挙げたがらなかった。これが犯罪行為であるということには同意していたにも関わらず。つまり、国が殺人行為を覆い隠すのです!

それが理由で、現代のロシアでモトロラ[訳註:2014年のウクライナ紛争で、親ロシア軍司令官だったアルセン・パヴロフの通称]やイワン雷帝といった人殺しどもの銅像が建てられているという事実に驚かされることはおそらくないと思います。

モトロラが、例えばスヴェルドロフ[訳註:ロシア革命時にレーニンの片腕として中心的な役割を果たした]とどう違うというのでしょうか? 一方が殺人者なら、もう一方もそうだ。

あと、パルホメンコですね。

パルホメンコやらシチョルス、コトフスキー[訳註:以上はみな、ロシア革命当時ウクライナ方面で活躍(跋扈)したボリシェヴィキ]ですね。悪党どもです!それとも彼らのうちの誰かが文字を書くことができたという点で違いますかね? モトロラがスターリンとどう違うというのか? 本質的に何も違いはありません! つまり、もちろんスターリンには政治的な意志とセンスがありました、それはそうです。ですがその所業で判断するなら、彼らの間には何の違いもありません。ある者は何万もの射殺命令リストにサインし、ある者は少なかっただけです。

むかし行われ、長いこと知られていたこの歴史に対する向き合い方が変化しなかった以上、この歴史は今後新たに、再び、続いてゆくでしょう。ウクライナでさえこれは一瞬で出来ることではないだろうし、一つの法令でできることでもない。多くの人の意志に拠って、一歩一歩実現されていくでしょう。歩んでゆけば、私たちはどんなことでも知ることになる。

一番大事なのは、メカニズムとテクニックを知ることです。その多くはいまだに使われています。1937年に粛清されたすばらしいウクライナ作家ワレリヤーン・ピドモヒーリヌィの短篇をいくつか読みました。こんな話があります。小さな町にマフノ運動の構成員がやってくる話です。そしてこれも、いま(東ウクライナで)起こっていることと何ら変わりはないのです。領域さえ、ほとんど同じところです。ルガ(ハ)ンスクか、ドネツ(ィ)クか。起きたことはぜんぶ同じで、同じ馬鹿をやっています。大切なのは、事実を引っ張ってくるだけではなく、それを分析することです。どのように、そしてどうして、農業の破壊のプロセスが起こったのか? 同じ一つの街・村の住民が、どうして争うことができたのか?

あなたは長いこと、バービイ・ヤールについての映画を撮ろうと計画してらっしゃいますね。ところがウクライナではつい最近になって、あそこではユダヤ人だけでなくロマ人やウクライナ人も殺されたということが認知されました。いつか私たちはこの悲劇についてのすべての真実を知ることができるとお考えでしょうか?

うーん、第一に、あそこでソ連の市民やソ連の英雄だけが射殺されたのではなく、なによりもユダヤ人が射殺されたのだということが合意されたのもそんなに前の話ではありません。そもそもあの場所は、キエフのユダヤ人住民を射殺するために使われていたのですが、ソヴィエト政権は信じがたい頑固さでもってこのことを断固として認めようとしませんでした。なぜか? これもまた独立した一つの問題です。そしてその後になって、多くの人々が射殺されるようになりました。ですが、ただユダヤ人だけが、彼らが民族的にユダヤ人であるというただそれだけの理由で射殺されました。その他のすべての人は、様々な理由から射殺されました。これもまた、覚えておく必要があります。

わたしが自分の映画の中で触れたかったのは、占領されて間もない日々のこと、そしてこの行為を起こすことを許したところの原因です。だってこれは初めて公に行われた大量殺戮・「最終解決」を見つける試みの一つだったわけですから。1941年には、こうした大量殺戮のテクニックはまだ存在しませんでした。それは熟してきたところだったのです。他でもないソ連邦の領域内で、ナチスがユダヤ人の大量殺戮を始めたのだということは秘密でもなんでもありません。破壊された社会機構を有したこの[ソ連という]無法地帯に入り込み、詳しくはティモシー・スナイダーの本で読むことができますが、ナチス党員は完全に刑罰から逃れられたと感じたのです。これはある特定の領域内でのみ特徴的なことでした! ソヴィエト政権が成立して間もない(1、2年といったところでした)その場所で、彼らはゲットーも保持していました。そしてハルキウ[ハリコフ]でこの問題はすぐに解決されて、ハルキウではソヴィエト政権のほうが長く続きました。そうした相互関係も、わたしの興味を惹くところです。この映画を製作できたらいいなと思います。

最近あなたは新しい劇映画『やさしい女』[原題:Кроткая、2017。カンヌ映画祭に出品(英題:The Gentle Creature)]の撮影を終えられました。公開はいつになるでしょうか? そしてその次の作品はどんなものになりますか?

『やさしい女』の映像編集はほとんど終わって、いまわれわれは音声編集をしようとしています。映画の公開は[2017年の]春になるかと思います。どうなることでしょう、その後の映画の運命は私の手を離れるわけなので。次の作品は、資金集めをしはじめているところで、ウクライナのゴスキノからすでに資金援助は受けているのですが、『ドンバス』という映画です。その中では、わたしはまたもや社会的なつながりの崩壊、臨終の苦しみへと連れてゆく権力の破壊というテーマに関心を持っています。来年[2017年]には撮影を始めたいと思っています。それと並行して、わたしは幾つかドキュメンタリー映画を製作しています。

世界が変わりつつあるということについて、会話のなかで触れました。完全に顕かなことですが、ロシアは私たちの国から簡単に手を引いてはくれないでしょう。あなたは、まず第一に、ウクライナに対して何をすべきだと考えますか? どのような道のりを歩んでゆくべきでしょうか?

このことについては、なにかアドバイスを与えることは、完全に間違ったことだと思います。自分自身に対しては、今やっていること——映画を撮り、他の人に様々な問題について考えるよう促すこと——を続けるようアドバイスすることはできますが。

ですがウクライナにとってなによりも欠かせないことは、国家を建設することです。ただこれ一つであって、これが全てです。千里の道も一歩からというべきでしょうか。この国には、これを成し遂げるだけのポテンシャルがあり、真剣に責任をもって自分の生や他人の生に向き合う人たちがいます。彼らはそれほど幼稚ではありませんし、みすみす犠牲者になる心算はまったくありません。そうですね、それから先は一人ひとりがそれぞれの場所で自分の務めを果たさねばなりません。覚えておくべきは、次につづくポリティクスがどんな風になるのか、決めるのは一人ひとり、各人であるということです。国がいま位置しているこの状況に対して、現政権が完全にふさわしいとは言えないということは、ウクライナにおいて多くの人が理解していると私は考えていますから、なおさらのことです。

※20170511追記:表記を「ロズニーツァ」に改めました。

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