エースの復活🇰🇭【スーパースターを目指すカンボジアの若者たち】第31話
🇰🇭リンの復活
レナは、ケンが芸能事務所を設立してからというもの、ずーっとお金に困っていました。
ぎりぎりの生活、ハラハラな毎日。それでもレナから金を奪って走り去っていく夫。
ある日、ヤンがそーっと、レナに耳打ちしました。
「あのね、レナ。
俺、実は100ドルの貯金があるんだ。
本当に困った時には、その100ドルをレナにあげるからね。
オレがレナを助けてあげる。」
・・・・なんて良い子なの、ヤン!!
ヤンは本当に良いヤツで、レナだけでなく、ポラリックスを支えてくれる存在でした。
ある日には、
なぜか急にポラリックスのSNSのフォロワーがグッと増えたことがあって、
その原因を探っていたところ
ヤンが
「とりあえず、自分の友人知人、全ての人に“ポラリックスをフォローして”と連絡しまくった」
と言うのです。
・・・・なんて良いヤツなの、ヤン!!
ヤンがケンの事務所に来てくれて、良かったね。
ところで、そんなヤンとリンは、タイとの国境にほど近い、バンテアミンチェイという街の出身です。
二人は幼馴染で、ヤンはずっとリンに憧れながら成長しました。
どうしてもヤンがポラリックスの一部になりたかったのは、リンがいたからです。
リンはポラリックスに色々なことがあった苦しい2017年、リーダーであるノリと共に、事務所のみんなを一生懸命、支えてくれました。
ポラリックスで一番にダンスが上手く、
イケメンで謙虚で優しく、
身内も含めたくさんの女の子がリンに恋しました。
それでも、どうしてケンやレナはリンではなくノリをリーダーにしたのか。
リンは少し身体が弱かったのと、
ティーとはまた別の繊細さが垣間見えることがあったからです。
リンは、全身をタトゥーや筋肉の鎧で守っているものの、人より怖がりな面がところがあることが、日々を共に過ごすうちに見えてきたからです。
2018年の年明け、そんなリンは恋に落ちました。
リンには幼馴染の恋人がいたのですが、
ポラリックスのダンス教室に通いに来ていた都会の女の子に恋をしたのです。
そして、レナはそれに気づいていました。
だって、また見ちゃったんです。
ポラリックスの仕事が終わった夕方、
事務所の前から、
リンが女の子のバイクの後ろに乗って、
出掛けて行くところを。
家政婦は見た、その③!こわーい!
(ちなみに、ケンの事務所のみんなの恋愛事情だけど、ロイとボリャ以外はみんな恋人いました。)
でも別に、ケンもレナもそれをどうとも思っていませんでした。
リンくらいの男子なら、何人かの女の子と恋愛したって当たり前。
リンはイケメンだし、むしろ今まであまり遊んでない様子が心配だったくらい。
リンの元カノには大変申し訳ないけれど、リンが誰と恋しようが、一生懸命に夢に向かって走っているリンであれば、関係ないと思っていました。
でも、真面目なリン本人は違いました。
長らく付き合っていた彼女を裏切った自責の念、でも止められない恋する気持ちに苦しみ、一生懸命にみんなの前で格好つけていたのです。
新しく出来た恋人のことを隠して。
もう、周りのみんな誰しもがリンの新しい恋を知っているけれど、
必死で何事もないように振る舞うリンに胸が痛く、まるで腫れ物を触るような感じでリンに接するようになっていました。
さらに、おそらく長年付き合っていた恋人と別れたことが原因なのか、リンは家族とも上手くいかなくなってしまいます。
一つが上手くいかなくなると、リンの中では不安がどんどん大きくなり、やがて
「ポラリックスは本当に上手くいくのだろうか」
「俺の将来は大丈夫なんだろうか」
そんな事まで考えるようになっていきました。
呑気で無神経なロイに、イライラするようにもなっていきました。
格好つけるがばっかりに、どんどん他のポラリックスとも距離を置くようになっていきました。
お金のことも心配になって、
「ポラリックスの仕事もやるけど、他の仕事も副業したい。」
と言うようにもなりました。
リンは大学を中退しているので、出来る仕事は限られています。
そんな大学を中退してしまった自分にも、苛立ち始めました。
リンには、当時のカンボジア人の平均月給をはるかに上回るお給料を渡していたけれど、新しい恋人とのデートやプレゼントに、もっとお金が欲しかったのかもしれません。
次第に、自分の食費を削るようになったリンは痩せていき、顔色も悪くなって、パフォーマンスの練習にも身が入らなくなっていきました。
どんどん暗闇に落ちていくリンに、みんなも不安を隠せません。
誰もが、リンがポラリックスから抜けてはもうダメだと気づいていました。
リンは、誰にも代えられない、ポラリックスのエースなのです。
「俺、リンに何が出来るんだろう。元のリンに戻って欲しい。」
リンに憧れて大人になったヤン、必死でリンを取り戻す方法を考えます。
そんな中、リーダーのノリだけは冷静でした。
「リンは大丈夫。俺がリンを支える。」
ノリがそう言うとなんだか本当に大丈夫な気がして、ケンやレナはもはやどれだけノリがブレない立派なリーダーなのかを噛み締めました。
レナは、レナなりに考えました。
「私の息子を、本当の息子だと思って大事にして」
リンのお母さんの言葉を思い出します。
ポラリックスとしてのリンではなく、一人の男子としてのリンと話すしかない。
っていうか、自分にはそれしか出来ない。
そう思ったレナは、リンと腹を割って話すことにしました。
「リン、新しい恋人ができたんだよね。ずっと前から知ってるよ。」
「うん・・・」
「それは、ちっとも悪いことじゃないよ。
そりゃ、前の彼女のことは傷つけたかもしれないけど、リンは結婚している訳じゃないし、恋愛はそういうものなんだよ。(←恋愛経験ガチ乏しいのに、偉そうに言ってます)」
「それに、今の彼女のことだって、浮気じゃなくて本気なんでしょ?」
「うん!」
「だったらいいじゃない、誰に何を言われたって、顔を上げて。
リンは何も悪いことなんかしてないでしょ。
みんな、リンの味方だって。」
やがて、リンは新しい彼女を事務所に連れてきて、私たちに紹介してくれました。
リンの好きな人のことを、私たちだって大事にするに決まってるよ。
それからしばらく、リンのメンタルはずっと不安定なままで、
ケンやレナはリンのことを心配したり、
リンを失う覚悟で叱ったりしながらどうにか毎日を過ごしていました。
そんなある日、レナはリンにパソコンをあげることにしました。
今まで中古のパソコンを使っていたけど、
なんとか3回にわたる大飢饉も乗り越え、
パート代もあって少し生活に余裕もできて、
新しいパソコン(型落ちをお安く)を買うことにしたからです。
古いパソコンは、カンボジアの中古買取店に売ってしまおうかと思ったけれど、せっかくならポラリックスの誰かに譲ろうかな?
パソコンを使って音楽制作とか頑張ってるのは、ノリとリン。
ノリは既に自分で貯金をためてこれより全然良いパソコン持ってるし、じゃあ、リンにやるか。
いつも、みんなで共有のパソコンを使ってやってるからな。
レナはリンにパソコンをあげることにしました。
「リン、私、新しいパソコン買うからこれあげる。」
「えっ、いいの?」
「うん。ノリはもう自分で持ってるから、リンにあげるわー。音楽とか作ってるんでしょ。」
「・・・ありがとう」
その日の夜、トントン、と誰かがケンとレナの部屋を訪ねてきました。
「リン、どうしたの。」
「話があるんだ。」
リンは部屋に入るなり、息を乱しながらこう言いました。
「俺は・・・この数ヶ月の自分自身が許せない。
自分に問題があることにイラついて、文句ばかり言って、みんなに当たってばかりいて、それでいて、自分で何もしようとしなかった。
本当に、言葉も見つからないくらい、俺は自分を許せない。
俺は、こんな見てくれをしているけど、本当はすごく弱くて・・・
俺は本当に弱くて。
でも、そんな俺を・・・見守ってくれて・・・何て言えばいいか・・・
俺は、ポラリックスが無かったら、本当にダメになっていた・・・
俺の・・・2番目の家族だ、俺の宝物だ・・・
どうか、俺を許して欲しい!!!」
そう言いながら、リンは号泣して土下座をしたのです。
「こらこら」
ケンとレナも泣きながら、リンを二人がかりで抱き上げました。
リンは小さな子供のようにレナにしがみついて、大きな声で泣きました。
「大丈夫だ、リン。お前は強い。自分の弱いところを認められるヤツは、強いんだ。」
ケンが、そんなリンの頭をポンポンと優しく叩きました。
リンはこの日を境に、新しいリンになりました。
もう完璧な男じゃない、時にはダメな時もある。
でもそんな時は、格好つけずに、そんな自分を友達にさらけ出せる。
そんなリンになりました。
「ノリの言う通りだったね。リンは大丈夫だった。」
「そうでしょ。
俺もさー、今日はちょっと疲れちゃったよ。
ストレス感じた。」
滅多に弱音を吐かないノリがそんな事を言い出すと、また心配になる家政婦・レナ。
「あんた、大丈夫なの?何か隠してないでしょうね?」
「今日は、新しいパフォーマンスのチャンスをもらうための交渉だったんだ。
疲れたし、ストレス溜まったけど、少なくとも自分自身には勝ったから、大丈夫。」
「あんた・・・大した男だねェ・・・」
「フッフッフ」
ノリはこうして、事務所のメンバーの誰とも喧嘩したりする事なく
みんなを陰で支えながら、自分自身のパフォーマンス能力も高めていきました。
最終的にはいろんな場所に自ら出向いてコネクションを作り、ポラリックスの新しい仕事を取るためのチャンスも掴んでいったのです。
ノリは、誰もが自慢に思う、最高のリーダーです!
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