『”広島焼き”=”シャンパン”』
みなさん、広島焼きってご存知でしょうか?
(https://cookpad.com/recipe/5053451より引用)
材料はお好み焼きと似ていますが、
・あらかじめ生地を混ぜ合わせない
・素材を重ねていくようにして焼く
点がポイントらしいです。僕も好きで時々食べてました。特に焼きそばと卵を合わせて食べる広島焼きが美味しかったです。
いや〜、いいですよね!広島焼きって!!
…え?なに?『広島焼きなんて存在しない?』
え、でもみんな広島焼きって言ってますよね…あなたも『広島焼き』と聞いて、それが何かを理解してますよね…なんでダメなんでしょうか…
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みなさん、シャンパンってご存知でしょうか?
(https://anaintercontinental-tokyo.jp/offer/steakhouse-champagne-holiday/ より引用)
作るベースはワインと似ていますが、
・炭酸を楽しむ
・作るのに色々ルールが違う
点がポイントらしいです。僕も好きで時々飲んでます。特にモエシャンとかドンペリとか美味しいです。
いや〜、いいですよね!シャンパンって!!
…え?なに?『シャンパンなんて存在しない?』
え、でもみんなシャンパンって言ってますよね…あなたも『シャンパン』と聞いて、それが何かを理解してますよね…なんでダメなんでしょうか…
知識の差で「単語」は正式名称にも代名詞にもなる
まずは炎上タイトルを失礼しました。
みなさんもご存知の方は多いでしょうが、「広島焼き」というワードは広島県人を中心とした方々の反感を買ってしまう単語として有名です。
我々のような『外』の人間からすると、「お好み焼き」と言われて真っ先に連想するのが、いわゆる大阪風お好み焼きです。
それとの差別化を図るために便宜上我々は広島風お好み焼きという単語を使っています。
「本当は期限は広島風のほうが先」
「両方とも実はもんじゃ焼きの派生版」
など、ルーツをたどろうとすれば様々な情報が出てきますがここでは割愛します。
大事なのは「広島焼き」と呼ばれることに対して怒る人の怒りポイントを見極めることです。なぜ「広島焼き」と呼ばれることが憤慨することに繋がるのか。
名前を間違えた”だけ”ではなく、名前を間違えられることで”見下されてる”と感じてしまっていることが、この場合の怒りポイントになると考えられます。
しかし、当然ですが僕らに見下す意図は全くないですし、当たり前のように「広島焼き」として理解していた食べ物です。指摘してくれる人と出会わなかったら一生「広島焼き」として楽しんでいたでしょう。
僕の専門分野であるワインに関しても同様の現象が起きています。
『シュワシュワ発泡していて
ブドウから作られたお酒は全てシャンパン』
シャンパン、と聞いたら皆さんの中にもこのイメージの方がいるのではないでしょうか。
⬆︎こう言う画像を見て「あ、シャンパンだ」と思った方。
「広島焼き」と言われて憤る方がいるように、短絡的に「シャンパン」と言われて憤るワインファンも少なくありません。
一応自分がワイン側の人間なので、改めて簡単に解説をしておくと
ワインという種類の中に赤ワインや白ワインがあり、
その中にスパークリングという種類があり、
その中にさらに色々なルールを超えた「シャンパーニュ」という種類のお酒が存在します。
なんでもかんでも"シュワシュワしたワイン”のことを「シャンパン」と言ってしまうと何処からともなく
『それはシャンパンじゃねえよ!!』
と言ってくる人が現れるかもしれません。”見下された”と思って。
しかし、当然ですが彼らに見下す意図は全くないですし、当たり前のように「シャンパン」として理解していたお酒です。指摘してくれる人と出会わなかったら一生「シャンパン」として楽しんでいたでしょう。
「広島焼き」
「シャンパン」
なぜこんな悲劇が生まれてしまうのか。それはこれらの単語に対する認識の違いにあります。
そもそも『単語』とはどう定義されているのでしょう。
コトバンクの情報を引用すると
『単に「語」ともいい,文と並ぶ文法の基本的単位。しかし,その定義および認定は,意味,形,職能のいずれに重点をおくかによって異なる。ほぼ共通に認められる点は,意味の面,アクセントなどの音形の面で一つの単位としてのまとまりをもち,職能的にもほかの単語がなかに割込むことがなく,内部要素の位置を交換することが不可能で,常にまとまってほかの単語と文法的関係をもつことであろう。〜(略)』
つまり『単語』とは、「みんなが特定のものに対して共通して認識している言葉」ということになります。
逆と言うと、みんなが共通して理解していることがその単語となるわけですね。当然といえば当然です。
しかし、この考え方には実は唯一にして最大の欠点があります。それは「知識の差に応じて共通認識もズレてしまう」という点です。
もう少し具体化していきます。
例えばここにひとつの銅像があったとします。
これを見た時にみなさんの共通認識では『銅像』が浮かび上がるでしょう。
では、この人物は?ヒントは画像下部分に掘られている「Boys be ambitious」です。
はい、クラーク博士ですね。本名ウィリアム・スミス・クラーク。アメリカの教育者ながら北海道開拓の父としても名高い歴史上の人物です。
この知識を知っている皆さんにとってこの写真は『クラーク博士の銅像』となります。
ここで質問です。
この写真を見て『銅像』と言う方々は、クラーク博士を見下していると思いますか?
答えはNOです。見下すも何も知らなかったわけですから。しかし、一部のクラーク博士マニアはこう言うかもしれません。「こんなことも知らないのはバカにしている!!」と。
クラーク博士を知っている人間からすると具体的に言い表している『クラーク博士の銅像』こそが正式名称であり、
知らない人間からすると大雑把な代名詞として理解している『銅像』であるだけです。
あくまでこのクラーク像は一例ですが、人生の中で前提知識の差分による言葉の誤解は往々にして存在します。
「広島焼き」として覚えてきた人にとっては「広島焼き」が代名詞だし、「シャンパン」として覚えてきた人にとっては「シャンパン」が代名詞となっている。それ以上でも以下でもありません。
この揺るぎない客観的事実を、しっかりと把握しておく必要があります。
「カリフォルニアロール」は寿司か否か、なんてどうでもいい
「別に広島焼きだろうがシャンパンだろうが興味ないし…」
という方はぜひ自分の専門分野だったり、好きなことだったりするものの中で『これって結構周りから誤解されてるんじゃ…?』というものを想像してみてください。
もし何もない!という人がいれば、もっと広い括りの『日本人』という視点から見てみましょう。
世界中で愛される日本食といえばお寿司。海外では、日本と少し違うスタイルのお寿司文化が発達していきました。
上の画像のように、海苔巻きなのに海苔の外に米を巻く、通称『裏巻き』というスタイルが人気になったのも海外起点です。
海外では立派に認められている、まさに寿司の代名詞にもなる一種なのですが「こんなもの寿司と呼べるか!」と叫ぶ人たちも少なくありません。気持ちもわかります。特に職人さんにとっては、自分たちが拘ってきた聖域を汚されたように感じるでしょう。
もちろん日本で自分のこだわりの味を追求し、本当に味を理解してくれるお客様だけを相手にするのであれば、こうした主張も悪くないのかもしれません。
しかし、「あなたたちには本当の寿司がなんたるかを理解していない」と海外に出向き寿司を振る舞いたい、というのなら話は別です。この客観的事実をまずは受け入れることが大事となってきます。
伝えたいのなら「理解」より先に「認知」を目指す
人が「特定の物事に関心を示すレベル」には大きく三段階あります。
第一段階が「認知」。関心も何も、そもそも知ってもらわなきゃ話にならないレベルです。
第二段階が「理解」。そのジャンルについて調べてみたり、勉強してみたり。受け身だけの関心に止まらないレベルです。
第三段階が「尊重」。過去や現在、自分のことだけに限らず、未来や他人に対しての多様性を受け入れるレベルです。
「認知」の先に「理解」があり
「理解」の先に「尊重」があります。
僕たちがいくら
「これは広島風お好み焼きだ!」
「これはシャンパーニュなんだ!」
と叫んだところで、「認知」ないところに「知識」は届きません。
また、伝える側に「尊重」がなければ新たな「認知」を連れてくることも難しいでしょう。
あなたがもし、今間違ったり誤解されたりしている知識を多くの人に伝えようと思ってらっしゃるのでしたら、いきなり「理解」を求めてはいけません。その声は時に厄介さや厳しさを与えてしまうことすらあります。
あなたの「尊重」しているジャンルを相手が知らなかったのだとしたら、あなたが教えてあげればいいのです。多様性を認めた上で。より関心の高い「理解」へと。
誤解された現状を受け入れたうえで、どうやって皆さんに認知してもらうかを考える必要があります。
そうすることで”広島風お好み焼き”も”シャンパーニュ”も、
多くの人に知ってもらえるようになるはずです。
P.S.
広島風お好み焼きとシャンパーニュ、
合わせたら美味しそうですね( ・∇・)
文章苦手ながら頑張りました!