白内障戦士達の賛歌



焦点が合わない。ははぁーん老眼にでもなったか。
…ちょっと待て、白内障じゃないのか。

そう思うや否や、砂埃を立てて猛ダッシュで眼科に飛び込んだ。

医「白内障です。手術ッス。」

俺「ですよねー。アハハ」にこにこガクブル

看「まぁ手術のDVDでもみていっておくんなまし。」

俺「あざーす。助かりまーす。へぇー強膜を切開して水晶体を粉砕するんだー除去して人工レンズ入れてこんな感じでやるんスねー。秒ッスねーチョー楽勝ッスアハハ…」


待合室で味のしないコーヒーを飲み干す。


帰りは砂埃一つ立てずにチャルメラのような速度で帰った。



数日たって手術前検査。
院外の執刀医による時間指定の検査。
恐らくこの時間に、同じ日、同じ執刀医による白内障手術を受ける同志が集められている。

待合室、私のちょっと前にいるお爺さん。
大声で看護師さんにくだを巻いている。最初は気にも止めず聴いてもいなかったが-。

事は長期戦の様相を呈してきた。
やり取りの内容が気になり耳を澄ます。

よくよく聞くとお爺さん、白内障の手術を怖がっているだけ。聴覚が悪いから大声になっているだけで威圧の為の大声ではない。

あらゆる角度から不安な理由を滔々と語っているだけで、難癖をつけているわけではないというのがわかる。

看護師さんもにこにこしながら延々頷きながら聴いている。待合室で30分以上。検査中も、そして帰るまで。

看護師さんは大変だろうけれども、なんかいいなぁと思った。


手術当日。

早朝から4人の白内障戦士が集結する。
前述した老戦士も参戦している。
みんないいツラしてやがる。
私以外はオーバー70!

看護師さんの説明を聞いた後、しばし戦士同志でお喋りをする。


早朝に検査が終わって手術が3時からというスケジュールを渡されていたので、読みかけの本を持ってきていたのだが、他の老戦士達も読書用の本を持って来ていたとの事で、お互いの持ってきた本を出し合いしばしビブリオバトル。手術の事なぞすっかり忘れていた。


前述の老戦士が口をひらく。
「やっぱり怖いです」

すると別の老戦士が
「私の妻は、経験済みでちっとも痛くないし、あっという間に終わったと言っていたから大丈夫ですよ。」
と励ます。

私も続いて励ましの言葉を添える。
「私の両親も拍子抜けするぐらいだと言ってましたよー。ガンバ!ガンバ‼︎」



私のGoogleの履歴は延々『白内障 痛い』『白内障 術後』『白内障 怖くない』『白内障…。




そして戦士達は、各々の病室で出撃まで待機する。

そして時は来た。




手術室前に集結する白内障戦士。

銀色で無機質な手術室前、車椅子に乗って並んだ4人は、知覧から出撃命令を待つ零戦乗りさながらの面持ちで、メットならぬネットを頭に被り、その時を待つ。


先陣を切ったのは大声の老戦士。
皆んなに(これは本当に)敬礼をしながら出撃していった。


並びでいうと間違いなく次は私。
そしてあろう事かわたしの真正面には手術室の大きなモニターがあり、手術中の眼球がどアップで映し出されていてメス捌きがありありとわかる。


うぅ…逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ!


15分後。車椅子に乗った老戦士、ニッコリしながら指でオッケーを作って帰還。

勇気を皆んなに分けてくれているのが痛いほど伝わって気持ちがほっこりする。そして勇気も湧く!


私の名前が手術室前にこだまする。
私も老戦士にならい、残りの戦士に敬礼で手術室に入る。可笑しくてクスッと笑う。


術式開始!
対象の眼球だけ露出して、その上を荒い目のガーゼのようなものを三重四重に貼り重ねて、その上に透明な液体が流れ続ける。執刀医の指示通りに三点の光の中心を追うように眼球を動かす。

洗車機の中の車から見える世界みたいな景色に見惚れる。
完全なる闇になる瞬間が2秒程。
そして光が甦る。


レンズが入ったっぽい瞬間にボヤけていた三点の光がパキッと輪郭を露わにする。


術式終了。



先の勇者にならい、オッケーサインを作って次の戦士に勇気とエールを送る。


次の老戦士もにっこり笑って
「お疲れ様でした。いってきます!」
と敬礼をする。


そして私は病室空母202号室に着艦してしばし安静にする。


こうして、私たちの戰いは幕を閉じた。



今回の白内障の手術は目の濁りを取り除き、少しばかり心の濁りも取り除いてくれたのかもしれない。



改めて思う。
人を想い合う喜びっていいな。


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