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日曜日

日が落ちると、この部屋はすぐに暗くなる。向かいのくすんだ茶色いマンションの反射する光が、窓を通って部屋に差し込む。薄暗い光が、家具の先に作る影は、部屋を真っ暗にするよりも、闇を作っているように見える。絵の具に使う筆の水気をよく切らないで紙に置くとできる灰色、ただのドブのような水が、部屋の中に溜まっていた。電気をつけるにはまだ早い。天井のシーリングライトの光は真っ白で、その人工的な灯りを気にすると、たちまちいらいらしてしまう。夜。夜の闇が満たしてさえしまえばもう諦めがつく。じっと息を潜めて、夕暮れが過ぎ去るのを待った。耐えろ。何も考えるな。何もするな。明日なんてない。昨日もなかった。何もない。

目を開けると、部屋は真っ暗になっていた。自然とスイッチに手が向かい、電気をつけた。それからシャワーを浴びて、コンビニに向かった。夜はまだ早い時間だから、車道は賑わっている。赤信号に止まる車たちのテールランプの連なりを見た。信号は赤く光り、それらを制している。今か今かと飛び出さんばかりの車たちの前を、挑発するように横断歩道を、ゆっくりと横切った。停止線で止まっている、列の先頭の車のフロントガラスから見える運転手は、スマホをいじっていて、僕を見てはいなかった。横断歩道を渡り切ってコンビニへの坂を進んでいると、後ろから軽いクラクションが聞こえた。蝉がジジッと、しょんべんを垂れて逃げる、あの時の音みたいだった。蝉が逃げる時のその行動は、「覚えてやがれ」と決まりきったセリフを言う、決まりきったアニメや漫画の、悪役の決まりきったセリフだった。そのセリフは、悪役にまた言われることを待ち望み、そして、また次の話になると言葉が放たれる。それは日常と、安寧のための言葉だった。

クラクションがもう一度鳴らされる。それは次回を、日常の継続を期待させるためのものではなく、ただの苛立ちを含んだ、あるいはさらに後ろの車に自分が注意されないように促すための、自分を守るための音だった。

コンビニで肉の乗った大盛りの和風パスタを買って、公園で食べた。周りを煽っているシールを剥がすと、びちゃびちゃと水が垂れ、それはただの蒸気ではなく、味のついた汁だと思い出し、ジーンズに垂れないように、手を伸ばした。汁は、公園の大きな街灯を反射した砂に染みを作った。

パスタは気がつくと食べきってなくなっていた。野菜ジュースを取り出して飲む。一瞬でなくなった。

染みのついた砂を足でいじくった。乳首をいじるみたいに優しく…。急にくだらなくなり、走ってその場を去った。

置いてきたゴミの入ったビニール袋は、朝見にいくと、まだそこにあった。それを掴んで、ゴミ箱を探すがなかった。街中からゴミ箱が無くなっているらしい。それは街を綺麗にするのだろうか、はたまた汚くするのだろうか。汚くして欲しかった。

袋を摘んで家に持って帰った。汁がスーツに付着したが、どうでもよかった。ポケットの部分に染みがついた。日曜日が残した小さな領土。

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