見出し画像

【設定資料】アルシュの地区平定

(本の帯に「何故、蒼鷹は一人で 地区を平定できたのか」という煽り文が書いてある)

 当時の商業都市アルシュの地区は、治安が不安定なりに安定しているという奇妙なパワーバランスを保っていた。ところどころに争いの跡はあれど、足を踏んだだの肩をぶつけただので暗殺依頼が飛び交う数十年前のようなことは発生していなかった。
 魔術師が暗殺業という職を地区に持ち込み、ルーツのコミュニティの中で暗殺関連の産業が成長したそのとき、アルシュの地区には二大勢力が台頭していた。暗殺業を地区のメインに据えて、見境なく依頼を受けるべきだという過激派のドゥーム派と、あくまで自分たちの敵は魔術師なのだから、同胞に刃を向けるのは間違っているという穏健派のディルコ派があった。この二つの派閥は小競り合いを続け、時に大規模な暗殺事件を何度も引き起こしながら、地区での実権を握ろうとしていた。
 王都では即座にルーツを排斥する運動が起きて、暗殺業が発展した辺りで地区そのものが破壊された。地方都市のひとつ、マグネターではルーツを利用した魔術師たちが次々失権し、暗殺に頼らずともルーツたちが食べていける環境が整えられた。アルシュにはそのような出来事が何一つとして起きなかったため、暗殺者たちが地区での実権を握ろうと暗躍したのである。
 そこにやってきたのが、地区の治安悪化を危惧した魔術師たちによる地区平定組合、いわゆるクレマチス派である。クレマチス派は何を考えたのか、ドゥーム派と組んでディルコ派を壊滅させた。一説によると、クレマチス派は最初ディルコ派と組む予定だったそうなのだが、その情報を得たドゥーム派が大量の銀貨を持ってクレマチス派と交渉。クレマチス派の代表は大金に目がくらみ、ドゥーム派と組むことになった。その後、ディルコ派の代表は首を落とされ、アルシュの地区入り口付近にあった鉄製の柵に三日三晩首を晒された。
 生き延びたディルコ派は一枚岩になることができなかった。黒ディルコ派、ブラック派などと呼ばれている過激派組織は、ディルコ派代表の無念を知らしめるために動いていたが、徐々に魔術師への憎悪を深めていき、アルシュのみならず他の都市にも巣を作り、主に「原初の魔女」を聖女として崇める「ヒュラス教」の聖地で破壊活動を繰り返している。

 自分たちだけで地区を平定させたいドゥーム派は、次にクレマチス派を裏切ろうと考えた。しかし魔術師を味方につけておけば何かと便利である。そう考えた彼らは、恐怖でクレマチス派を支配しようと考えた。クレマチス派もその動きに気づいていたため、両者は互いに互いを牽制しあって、膠着状態に陥った。皮肉にも、この間に地区の復興が進んだのだ。

 ディルコ派の情報屋である老人がいる。彼はディルコ派が壊滅してからは地区の角で竹細工のオモチャ屋を経営していた。そんな老人が、捨てられていたルーツの子供を見つけたのはこの頃であるとされている。子供はゴミ捨て場に置かれたかごの中ですやすやと眠っており、入れられていたカードには「魔力無しは必要ない」という一言が記載されていたという。大切な指導者を失った彼は、寂しさを埋めるために子育てをすることになる。
 ディルコ派代表の傍でずっと動いていた老人こそが、ディルコ派の魂を最も正しい形で受け継ぐことができたのかもしれない。とはいえ、彼はその子供を暗殺者に育てるつもりはなかったようだが、他の道はなかった。なぜなら彼は暗殺者としての才能にあまりにも恵まれていたからだ。初仕事は十歳のころだったとされている。クレマチス派の女性に爆弾入りのプレゼントを渡すというあまりにも極悪な初仕事のことを、のちに蒼鷹と呼ばれる少年はこう表現した。

「大した事なかったね」

 蒼鷹とは、羽が青く見える鷹のことである。雄々しく、荒々しいその性質から情け容赦のない役人の例えに使われることがある。地区に秩序をもたらそうとした彼が「蒼鷹」と呼ばれるのはおかしい話ではなかったのだ。
 蒼鷹に名を付けたのは他でもないドゥーム派だ。自分たちの幹部クラスのみならず、クレマチス派の主要人物までもが次々と掃除されていることに気が付いた彼らは、その暗殺者が地区の平定を目的にしていると気が付いた。ディルコ派は事実上消滅(黒ディルコ派はいたが)していることから、その暗殺者は第三勢力ということになる。
 ドゥーム派もクレマチス派もまとめて排斥しようとするそのとんでもない行動に、彼らがその暗殺者を「まるで役人だ」とたとえたところから、彼には「蒼鷹」というあだ名がつけられた。一方で彼の圧倒的な実力は一種のカリスマ性を孕み、数多くのルーツたちが彼を応援していた。恐怖で地区を制圧しようとするドゥーム派と、腹の底に差別意識を宿すクレマチス派。彼らから地区を取り戻してくれるという期待が蒼鷹に向けられていた。

 蒼鷹の人となりを知る人物は少なくない。素の彼は非常に笑い上戸で、簡単なジョークにもすぐに声を上げて笑っていたそうだ。外見は非常に鋭く、影のある美青年で、粋な言い回しを好んでいた。これは育ての親である老人の受け売りであるとされている。
 彼は地区の人々の素朴な営みを愛しており、ドゥーム派とクレマチス派の二大勢力を両方敵に回してでも、地区を守り、平和を与えたかったのかもしれない。実際、両勢力は蒼鷹の活躍によって勢いを失い、クレマチス派はアルシュの地区から去っていった。ドゥーム派は魔術師に媚を売り、暴力に物を言わせるならず者集団に成り下がった。アルシュの地区の人々は自分たちの力で地区を築いていった。時折小競り合いは発生することもあり、暗殺を生業とする者たちもいる。ドゥーム派残党や黒ディルコ派だって密かに歩いている。しかし、治安は格段に改善されたのだ。
 その蒼鷹もある日突然姿を見せなくなったため、人々は「ドゥーム派に殺された」「他の地区を助けに行った」と様々な憶測を立てている。最も支持されている説は「暗殺業を廃業し、どこかで後継者を育てている」というものだ。
 アルシュの地区の飲食店には、蒼鷹を称えるオリジナルメニューを出す店舗が数多くある。そういった点からも、彼がアルシュの地区の人々から如何に好かれていたかを垣間見ることができよう。




気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)