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誰も声を出してはならない…イーストロンドンの不思議なミュージアム。

私の英国生活で一番仲良くしてくれた、生粋ロンドナーのメアリー。彼女は一度だけ幽霊に会ったことがあると言う。

正確には「存在を感じたことがある」…ということになるのだが…
それは18世紀ごろのロンドンっ子の生活を長屋の部屋の中に忠実に再現したミュージアムでの出来事。このミュージアム、単に生活調度品が陳列されているのではなく、あたかも「今そこに人がいた」かのように演出されている。
例えば、

 テーブルの上には、飲みかけの紅茶
 かじってそのままの果物
 キッチンには作りかけの料理
 化粧台の香水の匂い
 乱れたシーツ。凹んだベッド

といった具合。しかも散らばった食べ物なども、蝋細工などではなく全て本物だ。さながら幽霊船レゾルベン号 (1884年漂流しているとことを発見され船内には食事の準備の途中だった形跡があり、つい先ほどまで人が居たようであるのに、いくら探索しても無人だったという不思議な事件) のようなミュージアム。

そしてメアリーはここで幽霊を「感じた」。最後に入った女主人の部屋で、彼女は自分の右腕に、誰かが爪でツーっと上から下へと引っ掻いてくる感覚に気づいた。思わず振り返ったが、その部屋にはメアリー以外誰も居なかった。

メアリーは驚いて、帰り際ドアの手前に立っていたキュレーターのおじさんに「私誰かに腕を引っかかれたの!ここって幽霊いるよね?!」と聞いたところ、「そんなこともあるだろうね。ここはエナジーが満ち満ちているのだから…」と言われたそうだ。



そんなエナジー満ち満ちのミュージアムに、メアリーは私を連れて行きたいと言う。「でも子供はシッターに預けてきてね!なにせ幽霊がいるんだから。それからこのミュージアムでは誰も喋っていはいけないのよ」
そう、かの有名な大英博物館でもナショナルミュージアムでも、小さな博物館でも、英国では子連れ大歓迎ですが、このミュージアムは不向き。先述の通り「ミュージアムに入ったら、声を出してはならない」というルールがあるからだ。これは「長屋の住人に気づかれて驚かせてはならない」という理由から。我々はあくまで、18世紀に住む彼らの家に、こっそりお邪魔する…という体なのだ。

本当に小さな博物館…というか長屋の一区画なので、要予約制。ミュージアムの名前を紹介したいところなのだけど、メアリーが「あなたがネットで紹介したら、それ見た人で予約がいっぱいになっちゃうでしょ?!だから名前は出しちゃダメよ!ただ怖かった…と焦らした方がいいよ」と言うので、イーストロンドンの切り裂きジャックの事件があった辺りにある…とだけ申しておきましょう。別に私にそんな影響力ないけど(笑)。


さて、子供をシッターに預け、ミュージアムの最寄駅に集合した私とメアリーは、グーグルマップと睨めっこしながらその長屋にたどり着いた。ミュージアムの標識などは出ていない。ただドアの前にスタッフが立っていて、幾人が同じ時間帯での観覧を予約した人がいるだけだ。時刻は午後五時ちょうど。日が暮れ始めている。

予約確認をしてから一歩中に入る。ロンドンによくある一般的な長屋で、地下から四階まで、縦に長い。ご存知の通り英国の建物は古いものばかりで、家具などもアンティークは普段からよく見かけるから、いくら長屋の中は18世紀の暮らしぶりを再現しているといっても、イギリスに生活している限りそこまで驚きは無い。…のだが、このミュージアム、暗いんです!電気が無いの。明かりは全てロウソク。メアリーは観覧の予約をしきりに夕方にしようと主張してきたのだけど、その理由がわかりました。薄暗がりで歩く18世紀の部屋たちは、本当に’eerie(薄気味悪い)’。別の時代に来てしまった、というような妙な居心地の悪さがある。昼でも予約できるけれど、確かにこれは暗い時分がオススメだ。メアリーを見ると、「ね、おもしろ怖いでしょ?」とでも言うように、私にウィンクして見せた。そうだった。喋ってはいけないんだった…観覧者たちは気持ち足音を忍ばせて、家の奥へと入って行く。

最初に地下にある台所に降りていくと、暖炉には火が入っているものの、空気は墨を流したようにどんよりしていて背筋がゾクッとした。疲れたメイドが、あたかも隣にいるようで…。暗がりに目をこらしながら、作業台の前に立ってみるとパイか何かを作りかけていて、木のまな板にはハーブが切り刻まれている。
階段を上り、大きめの部屋に入る。ベッドの上に散らばった手紙を読む限りだと、どうもここの主人は商人のようだ。こんな風に部屋の中の小道具の情報を集めて行くと、住人たちの抱える問題やストーリーが見えてくる演出になっている。ふと、手紙を読む背後で誰かが出て行くような足音がする……これもまた演出。ではあるのだけれど、部屋のそこかしこで人の気配を感じる(でも見えない)のは、演出と分かっていても不安な気持ちになる。悲鳴をあげるような恐怖はないが、何かが起こりそうな…でもまだ何も起こっていない状態の、ホラー映画冒頭シーンに入り込んでしまったような気持ちになる。カメラ禁止なので写真は無い。でもたとえ写真があっても、五感で楽しむこの家については到底説明し得ないような気がする。

さて、最後にメアリーが嬉々として、
「どうだった?!何か感じた?」
と聞いてきた。なんか気味悪くておもしろかったよ。でも幽霊には会えなかったな、と言うとメアリーも今回は幽霊には会えなかったらしい。でも何かいるって気配は感じるよね、と興奮気味。出際、ミュージアムのスタッフの青年にも熱っぽく「ここ何か幽霊がいるよね?!」と話しかけ、自分の前回の体験を話していた。しかし、

スタッフ「そんなものはいません」

…え?!


スタッフ「僕はずっとここにいるがそんなもんは感じたことない(笑顔)」


(・∀・;)

えええ~


\(^o^)/


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