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福山 ビストロブールブラン「シェフのジビエ料理は人生の味がする」

福山「ビストロ ブールブラン」のジビエ料理は、人生の味がする。

ジビエとは野性の鳥獣のこと。野生動物のため肉質が硬かったり、味や香りに独特の癖があったりする場合がある。
そのため、ジビエは臭いというイメージの人がいるかも知れない。はたまた、ジビエの見た目をグロテスクと感じる人もいるかも知れない。

もちろん味の好みは人それぞれである。以上について一概に否定できるものではないし、ジビエが万人受けする食材とも思ってはいない。
けれど「ビストロ ブールブラン」のジビエを味わって、僕は目から鱗が落ちた。

例えば一昨年味わった「スコットランド産雷鳥のロースト サルミ仕立て」。雷鳥は癖がある食材。仁丹のような苦味を感じることが多い。しかも「サルミ」という調理法は、ソースに骨や内臓をも用いる。癖が残って当然だろう。

それなのに「ビストロ ブールブラン」の雷鳥料理は、仁丹のような苦味がない。ジビエ料理ならではのワイルドさ、エロティシズムが伝わってくる。
求心と遠心。品格と野蛮。貞淑と淫靡。
相反する個性の同居。それが「ビストロ ブールブラン」のジビエ料理である。

雷鳥と合わせたローヌ地方のワイン「サン・ジョセフ」との相性も良い。暫く経て、シェフはワインからインスパイアされたソースをひと垂らしした。このソースも素晴らしい。シェフのビル・エヴァンス的なアドリブにも唸らされた。

例えば「べキャスのロースト サルミ仕立て」。昨年友人からお誘いを頂き、憧れのべキャス(ヤマシギ)を味わうことができた。べキャスは「ジビエの女王」とも呼ばれる貴重な食材。一口味わい、海老かアンチョビの如き甲殻類の香りに、驚いた。繊細。噛み締めるほどに奥が深い香りと味わい。

二口、三口と味わうほどに、得もいわれぬ感動で心が満ちていく。高貴さと妖艶さを兼ね備える魔性のジビエ。それがべキャスなのだ。

感動と共に、気付かぬうちに涙がこぼれた。涙が止まらなくなった。食べ物で涙が止まらなくなるなんて、人生のうち何度もあることではない。僕は単に旨いものを食べたのではない。石原慎太郎の小説ではないが、「わが人生の時の時」を噛み締めたのだ。

料理は不味いよりも旨い方が良い。それは当たり前のことだ。しかし、ある一定のラインを過ぎると、贅沢な話だが、旨いだけの料理では満足しなくなる。
皿の上から、そして味の中から、料理に込められたシェフのメッセージを見出したい。そしてメッセージに秘められた文化的背景や、シェフが歩んできた人生をも味わいたいのだ。

かつてノンフィクション作家の早瀬圭一は、鮨職人の石丸久尊が握る鮨について、こう言った。
「尊ちゃんの鮨は人生の味がする」(『鮨12ヶ月』)と。

早瀬さんに倣って、僕も呟いてみたい。
「シェフのジビエ料理は人生の味がする」と。

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