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地域のこどもを地域で見守り育てるために──天野敬子(NPO法人 豊島子どもWAKUWAKUネットワーク 事務局長)

「ばんごはんはいつも、ひとりで食べるんだ」
こども食堂はそんなこどもたちが、ひとりで安心して食事をしにくることができる「地域の居場所」。民間発の取り組みで、2018年の調査で全国に2,300か所ほどあることがわかり、2020年12月の調査では5,000か所近くにもふえています。(※)

でも、「こども食堂って名前は聞いたことがあるけれど、どんなところ?」と思っている方も多いかもしれません。
東京都豊島区で〈
椎名町こども食堂〉など、4か所のこども食堂を運営しているNPO法人 豊島子どもWAKUWAKUネットワークの事務局長をつとめる天野敬子さんに「こども食堂をはじめたきっかけ」や「コロナ禍でのこども食堂」について、そして、こども食堂のほかにもWAKUWAKUでおこなっているこども支援の取り組みについて語っていただきました。

天野敬子(あまの・けいこ)
精神保健福祉士(PSW)、社会福祉学修士、ダンスセラピスト。
神戸大学教育学部卒業。大正大学大学院社会福祉学専攻修士課程修了。
NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワーク事務局長として、こども食堂はじめ、さまざまなカタチの居場所づくりに専念し、こどもと家庭を伴走的に支援している。現在、「WAKUWAKUホーム」という宿泊機能をもつ拠点で、制度外の先駆的な試みに取り組んでいる。

■ひとりでごはんを食べているこどもたちに居場所を

こども食堂05

〈椎名町こども食堂〉でこどもたちを出迎えるのは、
スタッフ手描きのかわいい看板


〈椎名町こども食堂〉は、東京・池袋から電車で3分の椎名町駅近くにあるこども食堂です。2015年11月に誕生しました。
その1年前に、同じ場所で〈夜の児童館〉という、夕食と遊びや勉強の「居場所」を提供する活動をはじめていました。これは、いつもごはんをひとりで食べている「孤食」のこどもたちを対象に、定員は10名以内と限定しておこなっている活動です。

保護者の帰りが遅く、夜、こどもだけで過ごしているお家があります。ばんごはんの時間もひとり。楽しいはずの食事の時間が、ひとりではとてもさびしい。誰かといっしょにごはんを食べて、「これ、おいしいね~」と会話がはずむことで食事の時間が豊かになります。からだの栄養だけでなく心の栄養もとることができます。
〈夜の児童館〉では、同じこどもたちを同じスタッフが迎え、家庭的な時間を提供します。宿題をして、夕食をいっしょに食べて、みんなで遊びます。保護者には20時にお迎えに来てもらうことを原則としています。

ある日、〈夜の児童館〉に来ていた子が、「友だちをつれてきてもいい?」といいました。でも、みんなが友だちをつれてきたら、どんどん増えてしまいます。
「いろんなこどもたちに来てほしい」
「でも、小人数であることにこだわりたい」
そこで、違う曜日に、誰が来てもいいオープンなこども食堂をはじめようと思いました。

会場として借りているのは、金剛院の蓮華堂というとても素敵な施設です。金剛院は、椎名町駅前にある1522年に開かれたとても古いお寺です。
住職の野々部利弘さんとの出会いは、わたしが不登校・ひきこもりの支援活動をしていたころにさかのぼります。

椎名町金剛院_明るく加工

椎名町の金剛院。
山門むかって右にあるカフェ併設の建物が蓮華堂


クリスタルボウルってご存じでしょうか。おわん形のクリスタル(水晶)をばちでたたいて音を出す楽器です。音階はないのですが、響きがとても心地よいものです。支援活動の一環としてクリスタルボウルコンサートを実施し、みんなで癒されようということになり、会場を探しました。
「公的な会議室では味気ないね」「お寺でできると素敵だね」という話になり、ダメ元で野々部住職にお聞きしてみたら、許可が出たのです。本堂の響きのよい空間で実施することができました。野々部住職はそのころすでに地域に開かれたお寺をめざしておられて、本堂でクラシックコンサートなどを実施されていました。

■豊島子どもWAKUWAKUネットワークとこども食堂

2012年6月に、豊島子どもWAKUWAKUネットワークを代表の栗林知絵子さんと共に立ち上げました。「こどもの貧困」をテーマに活動する地域住民主体のNPOです。

わたしはいつも無償、もしくは安価で借りられる場所がないかとアンテナをはっています。
金剛院に蓮華堂がオープンしたあとに、見学させていただき、「〈夜の児童館〉をここでやらせていただけないか、孤食の問題は深刻だから」と住職様にお願いしたら、「それはまったなしですね」と二つ返事でOKしてくださいました。
そして、1年後に「もっとWAKUWAKUさんに活用してもらいたい」と住職様からも背中をおされたカタチで、同じ場所で〈椎名町こども食堂〉をはじめることができました。

WAKUWAKUで、最初にできたこども食堂が〈要町あさやけ子ども食堂〉です。まだ全国に、こども食堂がほとんどない時代の2013年3月のことです。
いま、〈要町あさやけ子ども食堂〉で店主として活動なさっているのは、みんなに「山田じいじ」と呼ばれる山田和夫さん。山田さんは、要町にこどものころから住み、大家族で暮らしてらっしゃいましたが、奥様に先立たれ、こどもたちも遠方に行き、ひとりぼっちになってしまったのです。
「こども食堂ができないかな」と、山田じいじがつぶやいたのがきっかけで、〈要町あさやけ子ども食堂〉が誕生しました。それは、山田さん応援プロジェクトでもあったのです。

2014年の春にはNHKの取材を受け、全国に活動のようすが放送されました。その日から、毎日のように問い合わせがくるようになり、こども食堂オープンの日には毎回見学者がやってきました。北は北海道から南は沖縄まで、みなさん自費で「わたしにもこども食堂がつくれますか?」とたずねていらしたのです。
すでにNPO活動をしている方もいましたが、多くは、テレビを見て心を動かされた方々でした。その後、しばらくWAKUWAKUでは「こども食堂の作り方」という講座を開いたりもしていました。

調整_玄関

〈要町あさやけ子ども食堂〉外観。
春にはもくれんの白い花がこどもたちを出迎える

あさやけ_Facebookより02
あさやけ_Facebookより01

ある日の食事風景

調整_あさやけ文庫
あさやけ_紙芝居

2階にはこどもの本がたくさん並ぶ
〈あさやけ文庫〉があり、食事の前後に
こどもたちはおはなしの世界を楽しめる

■椎名町こども食堂をオープンして

〈要町あさやけ子ども食堂〉のオープンから約2年半後、〈椎名町こども食堂〉がいよいよオープン。その当初は、40名くらいの親子づれやこどもたちが来ていました。それがやがて口コミでどんどん増え、翌年には100名を越す事態となりました。

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〈椎名町こども食堂〉のある日のメニュー

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会場いっぱいに食事を楽しむ声がひびく

しかし、厨房は業務用ではなく普通の家庭仕様のキッチン。ボランティアスタッフのみなさんが工夫を重ねてくださいましたが、一度に作れる数には限界があり、100食以上などとても無理です。また、開場前に行列ができ、立ったまま長い時間お待たせしてしまうという事態にも発展していきました。

でも、みなさん、嫌な顔をせず待ってくださるのです。わたしたちもスムーズに流れる方法を工夫していきました。人が100人集まると、すごい熱気に満ちあふれます。そこに集まるみんなが元気になるのです。

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〈椎名町こども食堂〉のキッチンのようす

■新型コロナウイルス感染拡大とこども食堂

2020年3月、新型コロナウイルス感染拡大の状況から、突然学校が休校となり、蓮華堂の使用もひかえてほしいということになりました。大変残念ですが、コロナ禍ですからしかたありません。コロナが収束するまで会場は使えないことになりましたので、こども食堂の活動も休止せざるをえず、いま、再開の見通しはたっていません。(2021年3月現在)

こども食堂は「三密」以外の何物でもありません。三密の中にこそ、こども食堂のよさがあるのです。肩を寄せあってワイワイガヤガヤした中で食べる楽しさがあります。
しかし、そのような人の「居場所」を否定するのがコロナです。人が集まっちゃいけないとは、なんと非人間的なことでしょう。人と人がつながることをめざしてきたわたしたちの活動は、コロナによって阻まれました。

それでも、「できることをやろう!」ということで、わたしたちがこども食堂ではじめたのは、お弁当配布や食材配布です。お弁当は赤門テラスなゆたさんが、子どもたちのために提供してくれています。
配布は月1回だけですが、来てくれる方々と顔を合わせ、少しだけお話をすることができます。
「部活つづけてる?」「試合で勝ったよ」などなど……
短い時間でも、人と人がつながるには、顔を合わせることが大事だと思います。

お弁当配布02

「きょう、みんなに配布するお弁当はこれ」
「おいしそうだね!」

お弁当配布03

お弁当配布の短い時間の会話。
「元気にしてる?」「うん、元気だよ」
声をかけあうことで、心もつながる

お弁当配布_トリミング

お弁当配布では、メーカーから寄付された
お菓子やシリアルもみんなに配る

お弁当配布トリミング

お弁当配布に集まったスタッフたち。
「コロナに負けずに、できることをやろう!」
(中央でてのひらを広げているのが金剛院の野々部住職、
左から二人目が筆者)

■地域の人びとにもっとたくさんの「居場所」を

わたしはこの20年、いろんなカタチでの「居場所」作りをやってきました。地域サロン〈大正さろん〉〈みんなのえんがわ池袋〉、フリースペース〈ぽれぽれ倶楽部〉、コミュニティカフェ〈WONDER GRAPE〉、アートのワークショップ〈Sky Mall Project〉、不登校の親の会。
豊島子どもWAKUWAKUネットワークを立ち上げてからは、無料学習支援〈クローバー朋有〉、〈夜の児童館〉、〈椎名町こども食堂〉、〈WAKUWAKUホーム〉の運営をおこない、活動に直接的にかかわっています。

WAKUWAKUホーム〉は、こどもが泊まることができる場所です。
保護者の急な出張、緊急入院、今日は鬱で食事が作れないなど……さまざまなニーズに応じてきました。
「家に帰りたくない」といってやってくる子もいれば、「こどもと距離がとりたい」と相談にくる親もいます。
シェルターではないので、こどもたちは保護者の許可のもとに宿泊します。火曜日から土曜日の14時から21時までは「居場所」としてオープンしていて、いろいろなこどもがやってきます。

WAKUWAKUホーム玄関_実データ

小さな靴、大きな靴、いろいろな靴がならぶ
〈WAKUWAKUホーム〉の玄関

WAKUWAKUホーム食事_実データ

テーブルを囲んでの食事風景

■ある日のこども食堂

WAKUWAKUの活動の中では、食事が大きなウエイトをしめています。食べるという行為は、作る人も食べる人も、「おいしい・うれしい・楽しい」活動です。
自分が作った料理を「おいしいね」といってこどもたちが食べてくれるのはうれしいものです。

この記事を読んでくださっているみなさんにもこども食堂を体験していただきたく、「ある日のこども食堂」を紹介します。(コロナ禍以前のようすです)

○月△日(☆)
15:00 スタッフ、蓮華堂集合

「きょうのメニューはなに?」「クリームシチューだよ」
「このジャガイモ、こどものひと口サイズに切るね」
この日集まったスタッフは総勢20人。(遊び専門のスタッフもいます)
キッチンと食堂会場でにぎやかに調理をはじめます。作るのは100人分の夕食。大変ですが、調理しながらのおしゃべりも楽しい。この時間がスタッフの交流の時間でもあるのです。

17:00 看板を出す
「もうそろそろ、みんながやってくる時間だね」
「きょうは何人くらい来るかな」
会場前にきょうのメニューを書いた看板を出します。

18:00 いよいよオープン!
ぞくぞくと地域のこどもたち、親子づれがやってきます。
「おかわりしてもいいよ~」
「食べおわったら、2階で本を読もう」
会場はとてもにぎやか。

20:00 クローズ
こどもたちも親子づれも帰宅して、スタッフであとかたづけです。
意見交換やこれからの運営のアイデアなども話したりします。

こども食堂02

食事作りもみんなでワイワイにぎやかに

ところで、こども食堂のスタッフに関心を持つ方もいらっしゃるかもしれません。
こども食堂のスタッフになるのに、特別な資格はいりません。
ある人は、「気になっていたけれど、突然『手伝いたいんです』とドアをたたくことなんてできないしなあ……」と思っていたそうです。でも、たまたまあるとき、知り合いに「こども食堂に興味がある」と話したら、「わたし、お手伝いやってるんで、一度見学に来ますか?」といわれ、そしてスタッフとして手伝うようになりました。
また、ある人は「最初はこども食堂に食べにいくだけだったんです。でも、食べてあとかたづけを手伝ったりして……そうして、もっといろいろなことをお手伝いするようになりました」といっています。

食べる人も作る人も、気楽に楽しく、にぎやかに。
こども食堂は地域のいろいろな人の「居場所」なのです。

■みんなの声・みんなのことば

こども食堂や〈WAKUWAKUホーム〉は、食べる時間を共有する場。
ホームでの食事の時間に聞いた中で、気になった言葉をいくつかご紹介します。

「わたし、食事の時に緊張するんです」
これは、食事のときに、父親がいつどなりだすかわからないという環境で育った方の言葉です。家庭では、ハラハラドキドキしながら食事をしていたといいます。これでは、手作りの夕食でもおいしくないと思います。

「わ~、冷蔵庫の中にいっぱいあるね。
ウチはケチャップとマヨネーズだけだよ」

冷蔵庫の中に、ケチャップとマヨネーズだけがころがっている冷蔵庫を想像してしまいました。いろいろな理由はあるのでしょうが、お料理をしないお家なんだろうなと思います。

「ウチの家族は、野菜を食べないんだよねー。
みんなよく病気にならないなあ……」

栄養バランスの悪い食事です。野菜は高いので、ついついおなかがふくれる炭水化物系やできあいの唐揚げなどを買ってしまう、とママもいっていました。ホームでたくさん野菜を食べてほしいと思います。

このほか、「〈WAKUWAKUホーム〉はどんなところですか」とアンケートでたずねたら、
「人とのつながりを持てる場所」
「自分らしくいられる場所」
「おいしいごはんとやさしい人がいて心があたたかくなる場所」
「新しい出会いがある場所」
「心を休められる場所」
「誰かといっしょに食事ができる場所」
……
こどもたちはこんなことばを書いてくれました。

■おいしく楽しく、みんなでごはん──こども食堂の再開を願って

こども食堂やホームに来るこどもたちには、おなかいっぱい食べてもらいます。家では朝ごはんを食べずに学校に行くけれど、ホームに泊まったときは、朝もたくさん食べる子もいます。何かが違うのでしょう。

しっかり食べることで元気が出てきます。人間が生きていくために「食」は欠かすことができません。その「食」の質が問われているのだと思います。ワイワイガヤガヤ、みんなでごはん。おいしく楽しく、体も心も元気に。
早くコロナが収束し、こども食堂での食事が再開できることを心より願っています。

プレイルーム_210317

〈要町あさやけ子ども食堂〉のプレイルーム。
かたづけられたおもちゃたちも
こどもたちとの元気な再会をまっている

※注:NPO法人 全国こども食堂支援センター「むすびえ」の調査による

《こども支援・こども食堂についてもっと知りたい方へ》
◎この記事でご紹介したおもな取り組みのリンク先です。
NPO法人 豊島子どもWAKUWAKUネットワーク →こちら
椎名町こども食堂 →こちら
要町あさやけ子ども食堂 →こちら
WAKUWAKUホーム →こちら
◎全国のこども食堂について知ることができるリンク先です。
こども食堂ネットワーク →こちら
NPO法人 全国こども食堂支援センター「むすびえ」 →こちら
一般社団法人 全国食支援活動協力会 →こちら

*記事に掲載した〈椎名町こども食堂〉〈要町あさやけ子ども食堂〉〈WAKUWAKUホーム〉の調理・食事風景などの写真は、2020年2月以前のものです。