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本をさがして、ソウルの街を今日もてくてく──生田美保

長く韓国・ソウルに暮らす翻訳家の生田美保さん。訳を手がけた絵本『いろのかけらのしま』(作・絵:イ・ミョンエ、ポプラ社)の原書との出会いは、韓国のブックスタートだったそうです。
出会ってすぐ「この絵本を訳さなくちゃ」と使命感にかられたという生田さん。その時のエピソードと韓国のブックスタート事業、町の本屋さんを応援するソウル市の取り組みなどについて、最新のソウル書店事情もまじえて書いてくださいました。

生田美保(いくた・みほ)
2003年より韓国に暮らし、会社勤めと子育てのかたわら翻訳に携わる。訳書に『野良猫姫』(ファン・インスク著、クオン)、『中央駅』(キム・ヘジン著、彩流社)、『それでも、素敵な一日』(ク作家著、ワニブックス)、『怠けてるのではなく充電中です』(ダンシングスネイル著、CCCメディアハウス)などがある。

絵本『いろのかけらのしま』について

これは、海のまんなかに浮かぶ、ある島のお話です。地図には載っていませんが、実在する島です。この島はいろいろな色であふれています。その色はどんどん集まってきて、今もぐんぐん増えています。もともと自然にある色ではなくて、あちこちから流れてくる色です。

いろのかけらのしま_本文より
▲絵本『いろのかけらのしま』見返しより。作者のイ・ミョンエさんは、「遠くから見ると、一見キラキラしてきれいに見えるけど、中に入っていくと実は怖ろしいもの」を描きたかったと語っている

いろのかけらのしま』(作・絵:イ・ミョンエ、ポプラ社)は、そんな島のようすを鳥が見つめる文章で描いた韓国の絵本。
こんなにきれいなのに、実はこの「色」は全部ごみなんです。海に捨てられたごみ。この絵本であつかっているのは、海の環境問題。鳥の語りによるやさしい文章と美しい絵で表現され、まるでお話の絵本のように、小さな子どもたちの心にも響きます。

いろのかけらのしま_書影
▲『いろのかけらのしま』表紙

原書との出会い

わたしはソウルで子育てをしながら、普段は主に実務翻訳の仕事しているのですが、この本とは子どもがきっかけで2015年に出会いました。
わが子が5歳のときに、町の図書館から「ブックスタート」としてもらった2冊のうちの片方がこれだったのです。見た瞬間に、ズン! と重い石を胸の中に投げ込まれたような気がしました。これは伝えなくてはいけない。わが子だけでなく、日本のお友だちにもぜひ。だれに頼まれたわけでもないのに、そんな大人としての使命感に燃えて、サンプル訳づくりを始めました。

原書のタイトルは、そのままズバリ『플라스틱 섬(プラスチックの島)』。陸地から流れ出たごみや船から捨てられたごみが海の中をぐるぐるまわり、海流が収束する場所にたまって、大きな島になります。この本は、そんなごみの島に住む海鳥から、わたしたち人間に宛てた手紙です。

輪っかにはまって甲羅が変形してしまったカメ、網が全身にからみついたアザラシ、タイヤから出られなくなったセイウチ、首からラケットをぶらさげた鳥、そして、お腹の中にいっぱいプラスチックがつまった鳥たちも出てきます。

いろのかけらのしま_見返し
▲『いろのかけらのしま』本文より

こうしてサンプル訳づくりから、日本のエージェントへの持ち込み、エージェントから出版社への推薦などがあり、『いろのかけらのしま』として、日本の子どもたちも読むことができる絵本となりました。

著者のイ・ミョンエさんが日本語版だけに特別にメッセージを寄せてくださり、カバーの袖に韓国語の原文とともに掲載しました。

いろのかけらそで写真
▲カバー袖に掲載した作者からのメッセージ

短いけれど迫力のある文ですよね。原文もあわせて掲載したことを、イ・ミョンエさんが大変喜んでくださいました。現在、この本はフランス、台湾、中国などでも翻訳出版されて読まれています。

韓国のブックスタート

先ほど、ブックスタートがこの本との出会いだったと述べましたが、ブックスタートというのは、1992年にイギリスで始まった「絵本を開く楽しいひとときを赤ちゃんと分かち合おう」という活動です。「読む」ことよりも、絵本を媒介として「養育者と赤ちゃんの関係を深める」ことに主眼を置いています。日本では2001年に導入されており、乳児検診の際に絵本をもらったことがある方も多いのではないでしょうか。

韓国では、日本より少し遅れて2003年から始まり、現在は、
①ブックスタート(0~18ヶ月) ②ブックスタートプラス(19~35ヶ月) ③ブックスタート宝箱(36ヶ月~就学前) ④初等ブックスタート(1年生) ⑤青少年ブックスタート(中学生) ⑥青少年ブックスタート(高校生)
の6段階で構成されています。

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▲①のブックスタート(0~18ヶ月)の絵本セット(「bookstart KOREA」サイトより)

展開のしかたは自治体によって異なりますが、私の住む町では、それぞれ決められた時期に申し込みをすると、最寄りの図書館で受け取ることができます。『いろのかけらのしま』が入っていたのは③のブックスタート宝箱で、ブックスタート事業のシンボルになっている、かわいいクマの絵がついたエコバックに絵本2冊とクレヨン、ガイドブックなどが入っていました。

ブックスタート
▲『いろのかけらのしま』原書と出会ったときのエコバッグと絵本

どんな本を届けるかについては、ブックスタート協会が毎年20~100冊程度の対象図書を選定し、各自治体の図書館がその中から独自に2冊を選ぶそうです。なので、だいたいの人はもらってからのお楽しみですが、事前に対象図書を公開し住民アンケートをとって決める町もあるようです。

ちなみに、この「おとなりの国の本を届ける人々 韓国から日本へ 日本から韓国へ」第1回で紹介された、シン・ソンミさんの新作『개미 요정의 선물(アリのようせいのおくりもの)』も今年のブックスタート(初等)の対象図書に含まれています。

ソウルの書店事情

IT先進国といわれる韓国では、ネットショッピングが市民の生活に定着したのも早く、本も例外ではありません。またオフラインでも、教保文庫や永豊文庫といった大型チェーンが圧倒的に強く、町の書店は苦戦を強いられてきました。

それでも、ギャラリーやカフェを併設したり、作家を呼んでトークイベントを開催するなど個性的な書店はあちこちにあって、2016年からソウル市では、こういった地元の書店を記録し、利用促進を図る目的で「서울시 책방지도(ソウル市本屋地図)」の制作・無料配布を開始しました。

大型書店の位置は知っていても近所の本屋さんは知らない人たちのために、「ソウルにある本屋さんが一目でわかる地図があったらいいよね」「本屋さん探しを通じて知らない町にも探検にでかけられたら楽しいよね」という思いで、毎年、市内の書店を全数調査して、地図を更新・配布しているそうです。最新の2020年度版には新刊書店・古書店あわせて530店が掲載されています。

ソウル市本屋地図2020_トリ
ソウル市本屋地図2020より
▲「ソウル市本屋地図」(2020年)より

もちろん、紙の地図だけでは載せられる情報に限界があるので、オンラインで検索できるシステム(https://lib.seoul.go.kr/bookstore/main)も備えています。
この地図はソウル支庁にあるソウル図書館や市内の書店でもらえるので、そのうちまた日韓を自由に行き来できるようになったら、これを片手に「わたしだけのお気に入りの本屋さん」を見つける旅に出るのもいいですね。

ちなみにわたしのお気に入りは、ソウル書店地図24-21の「ボアン書房」です。景福宮の西門である「迎秋門」の前に1942年から2005年まであった「ボアン旅館」を改装したもので、地下にアートスペース、1階にカフェ、2階に書店、そして、3~4階には泊まれる部屋もあるという、なんとも贅沢な複合文化施設です。迎秋門を見下ろす大きな窓の前はボアン書店の看板犬「ヨンドゥ」の特等席。

ボアン書房のヨンドゥ
▲ボアン書房の店内

それから、もう一つ、今年のソウル国際図書展(2021年9月8日~9月12日開催)では、メイン会場に足を運ばなくても、地元の書店でブックフェアに参加できる「本都市散策」イベントが開催されました。簡単にいえば、町の本屋さんをめぐるスタンプラリーなのですが、各書店が今年の図書展のテーマ<断続>にそって選んだ本や展示、ブックトークなどが見られるように企画されていました。

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▲「本都市散策」に参加していた書店「ヨギソウル149頁
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▲スタンプラリーのパンフレット

また、これはソウル市のものではありませんが、民間の「絵本協会」というところでも「全国絵本屋地図(전국그림책방지도)」という、絵本をメインに扱う書店に特化した地図を作っています。この地図は、絵本協会に所属する絵本作家さんがそれぞれお店の絵を描いていて、とても味があります。

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▲2021年に出された「全国絵本屋地図4」。15番の「クムトゥル書房」は、イ・ミョンエさんのイラスト

今日は、この「全国絵本屋地図」のうち34番の「チョウニチェク」におじゃましてみました。静かな住宅街にあるコーヒーも飲める書店で、大人の本の部屋と子どもの本の部屋に分かれているのが特徴的です。子どもの本の部屋には、表紙が新しくなった『いろのかけらのしま』もありました!

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▲「チョウニチェク」の外観
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▲「チョウニチェク」店内で見つけた新装版『いろのかけらのしま』(中央の棚右上)

1冊の出会いから始まる夢

こんなふうに、「本と人をつなぐ、本を中心に人と人をつなぐ」取り組みがさかんに行われるのはとてもありがたいですね。ソウル市は、行政区域が〇〇区〇〇洞というふうに分けられ、全部で424の洞からなるのですが、洞ごとに書店がある都市にするのが目標だそうです。子どもを連れて、歩いてちょこっと寄れる本屋さんがあちこちにあったら、本当に夢のようですよね。

そうなるにはまず、今すでにある本屋さんが生き残れるようにしなければいけません。わたしもどんどん町の本屋さんを利用して、応援していきたいと思います。ブックスタートもわたしたち親子にすてきな本との出会いをもたらしてくれましたが、こうした町の本屋さんにも新しい本との出会いが待っているので。そうしてまた日本に紹介できる本に出会えることを願っています。

日本の子どもの本は、「おしりたんてい」でも「ノラネコぐんだん」でも「銭天堂」でも、すぐに翻訳されて韓国に入ってくるのですが、韓国の子どもの本はまだまだ日本に紹介されていません。もっとどんどん韓国の本を紹介して、日本と韓国、それぞれ別の環境で育った子どもたちが、大きくなってもしもどこかで出会ったときに、「あ、その本覚えてる~!」「それって韓国の本だったの?」などと共通して語ることのできる本が1冊でも多くなることを夢見ています。


イ・ミョンエ
大学で東洋画を学び、現在、絵本作家、挿絵作家として活躍。『いろのかけらのしま』で、2015年ブラティスラヴァ世界絵本原画展金牌受賞、2015年ボローニャ国際児童図書展入選、2015年国際ナミコンクールグリーンアイランド賞受賞。単独で出した絵本には『10秒』、『明日は晴れるでしょう』、『休暇』(いずれも未邦訳)などがある。
★Instagram→https://www.instagram.com/myungaelee/