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駆け出しの学習漫画編集者が、めちゃくちゃ渋沢栄一ファンになっちゃって、本人の故郷・埼玉県深谷市に乗り込んじゃった話

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○いきなりマンガ編集!?そして渋沢栄一って誰よ?

 突然ですが、「渋沢栄一」という人名を聞いて、どんなイメージを持ちますか?いよいよ日曜日から始まる、大河ドラマの主人公!
あるいは福沢諭吉に代わるお札の顔!

……そんな答えが浮かべば、もうはっきり言って合格点です!

 でも、「そもそも渋沢栄一ってどこがすごいの?」なんていじわるな質問をされると、なかなか答えに窮してしまうのではありませんか?……僕も渋沢栄一なんて、名前ぐらいしか聞いたことはなかったし、一体全体何を成し遂げた人物なのかなど少しも知りませんでした。
言ってしまえば、そんな"渋沢ビギナー"(!?)だった僕が、気がつくと「自称ポプラ社イチの渋沢ファン」になってしまった…というのが今日のお話です。

 さて、僕たちポプラ社は、「コミック版日本の歴史」という学習漫画のシリーズを刊行しています。各巻、日本の歴史上の偉人をひとり取り上げ、その半生を子どもたちにマンガを通じ伝えるというシリーズです。
 100ページに及ぶマンガを作っていくのは、漫画家さんにとっても、編集者にとってもたやすい仕事ではありません。しかも「学習」漫画などと謳っている以上、内容は事実に基づいた信頼性も他の本以上に担保されなければなりません。つまり、マンガの編集技術を持ち合わせ、監修者と協力し歴史的事実をしっかり押さえられる能力が求められる……はず、少なくとも僕はそう思っていました。

 ちなみに僕は入社6年目。まだまだ駆け出しの編集者です。ましてやマンガなどほとんど担当したことはありませんでした。
ところが、です。
「今年12月刊の『渋沢栄一』、頼むわ!」
 なんの気まぐれなのか、編集長の口から飛び出したのは思いがけない言葉でした。
「本当に僕でいいんですか??」
「大丈夫!大丈夫!」                         編集長のいつもの口癖が飛び出し、思わず脱力。              心の中では抵抗が続きます。
「ちょっと待って!マンガなんて担当したことないし、渋沢栄一なんて知らないし、そもそもそんなに歴史詳しくな……(以下略)」

 とにもかくにも、こうして僕は、歴戦の猛者たちが担当してきた「コミック版日本の歴史」の担当を突如仰せつかる(大げさ)ことになったのです。しかも、タイトルは『渋沢栄一』。どうなることやら……。

○えっ、渋沢栄一すごすぎない?

 右も左もわからない僕ですが、まずは資料を読み込むことからはじめました。すると、すぐに腰を抜かすほど(本当に)の事実にぶち当たることになりました。それは、渋沢栄一が設立した企業は500以上にも及び、その多くが現代の日本経済を支える重要な地位を今も保っているということでした。
 ここでその一部を、僕の個人的な所感とともに実際の「コミック版日本の歴史 渋沢栄一」の抜粋と合わせて、紹介してみましょう。

・第一国立銀行(現みずほ銀行)→えっ!普通にメインバンクなんですが。
・サッポロビール→えっ!国際線に乗ったら、絶対に『黒ラベル』頼むよ!
・帝国ホテル→えっ!先輩の結婚式で行った!料理がめちゃおいしかった!

……こんな感じでだれもが聞いたことのある企業がどんどん登場します。

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▲実際、渋沢栄一が設立した会社で現在も残る企業の一部。(「コミック版日本の歴史 渋沢栄一」P103)

 しかし、ここでひとつ疑問が出てきます。「明治時代×たくさんの会社を設立=財閥!」というのが教科書的な知識ですが、「渋沢財閥」って聞いたことないですよね。なんでだ?
 ここが、渋沢栄一のもうひとつのすごさであり、彼が『論語と算盤』で説いた精神―ビジネスマンも道徳心を持つべきだ―なのです。
 江戸時代末期、埼玉の裕福な農家で育った彼は、少年時代に身分制の不条理を体感してきました。「商売は卑しいもの」という当時の観念にも強烈な違和感を持っていたといいます。西洋を訪れたことを通じ、合本主義(資本主義)が近代化に不可欠であると学んだ渋沢は、そのキーマンである商人が武士と同じように、道徳心を持った存在でなければと考えた。だから渋沢は設立した企業が軌道に乗ると後進に道を譲った……とあらゆる渋沢の評伝に書かれていました。

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▲お気に入りの熱いシーン。(「コミック版日本の歴史 渋沢栄一」P103)

「そんな人、いる!?」

 僕は正直うなりました。ただでさえ明治初期に日本の基幹産業を支える企業を一つ作っただけでもすごいはずなのに、それを何百も成し遂げた。さらにその利益を囲いこむような財閥は作らず、事業を他の人に譲っていった…。これは、すごい。
 しかも、渋沢のすごさは、これにとどまりません。事業を他の人に譲ったとはいえ、それでも手元にはかなりのお金を持っていたはずです。それをなんと貧窮者や障がい者の支援施設の運営にあてたり、自ら施設の責任者として資金集めのチャリティーバザール(日本初)を行ったりしたのです。すごい、すごい、すごい!

 ここまで読んだ方の中には、「そんな聖人君主のような人のこと知っても、そんなおもしろくないのでは?」と思う、あまのじゃ……おっとすいません、正直者もいるかもしれません。
 
安心してください。渋沢の人生は、ちゃんと波乱万丈ですよ。
 
 渋沢は農家の生まれですが、時代は幕末。鎖国継続と開国とに揺れる情勢に見事に飲み込まれていきます。最後の将軍・徳川慶喜の信頼を得て、新選組・土方歳三と仕事をともにし、のちの総理大臣・大隈重信に見初められ、宰相・大久保利通と政争を繰り広げる……なんておおざっぱに紹介しても、そのすごさがわかるかもしれません。だって、こんなにたくさんの教科書に出てくる人物たちと密接に付き合ってきた人物なんていないのだから!

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▲まさかのこんな時代から……!?幕末からすでに活躍する渋沢。(「コミック版日本の歴史 渋沢栄一」P56)

 そろそろお分かりかと思いますが、僕は渋沢栄一のことを知れば知るほど、すっかりファンになっていってしまったのでした。めでたしめでたし。
……いやいや!ここからがようやく仕事でしょ!

○いよいよマンガ制作!

 というわけで、ようやくマンガ制作のスタートです。
 今回は作家の先生からいただいた原作をもとに、まずはマンガ家さんにネーム(マンガの設計図のようなもの)を起こしてもらいます。ネームではコマ割りやキャラの配置、どういったセリフが入るかがわかるようにフキダシなどが描かれます。

 ここからが編集者の腕の見せ所!……と言いたいところですが、こちらはマンガ編集初心者、マンガ家さんはベテラン。こちらにできることといえば、シンプルに読者として読んでみる、もうそれしかありません。そして、わからなかったところを質問しながら、できるだけ子どもが読んでもわかりやすく、話の流れが理解できておもしろくなるように、コマ割りやセリフの内容を詰めていきます。
 それから、「学習漫画」という以上は、子どもたちの学びになるものである必要もあります。マンガ家さんも並々ならぬ渋沢愛の持ち主だったので、マンガ家さんが考える渋沢の偉大さというものがちゃんと子どもたちにも伝わるように、内容を考えます。

 ネームの内容が固まったら、ここからは本番のイラストの執筆スタートです。こうなってしまうと、もう編集者はマンガ家さんを応援するしかありません(笑)〆切までに原稿がそろうことを祈りつつ、マンガ以外のページの編集作業にとりかかります。

○渋沢栄一の地元・深谷市に突撃!

 編集作業をする上で大事なのが事実確認です。特に漫画のようなビジュアルが関わるものは、本当にそういう見かけで正しいのかも確認しなければなりません。作中に登場する舞台を調べるうちに、その中のいくつかがいまだに現存していることを知りました。

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▲作中に登場する渋沢の師・尾高惇忠の生家。深谷市に現存しています。

「これはぜひ、実物をみてみたい!!」

すっかり渋沢栄一ファンの僕にとってはもはや”聖地巡礼”。渋沢栄一の故郷である埼玉県深谷市に伺うことになりました。しかもひょんなことから、深谷市役所の方々との縁にも恵まれ、市役所も訪ねることになりました。

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▲深谷市役所にある渋沢像と記念にパチリ。左が編集担当。憧れの聖地にマスクの下は満面の笑みです。(緊急事態宣言前に訪問しました)

 そんなこんなで生まれた深谷市とのご縁。きっと漫画を読めば、僕もっと渋沢栄一を知りたいって思う子どもたちもいるはず。そして僕と同じように聖地巡礼に目覚める子もいるはず……!というわけで、漫画の編集に並行してなんとご当地マップも作ってしまいました!しかも深谷市役所さんにもご協力いただきました!(ありがとうございます!)
さらに深谷市には今回の漫画のキャラの等身大(?)パネルも設置いただくことになりました。大河ドラマで盛り上がること間違いなしのご当地の賑わいに少しでもお役に立てるといいなぁと思っています。

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▲思い余って作ったご当地マップ。

○そして、ついに発売っ!!

 大河ドラマにあわせて刊行する以上、絶対にそのスケジュールを落とすことは許されません。他社の「渋沢栄一本」も続々と書店に並び、日に日に胃が痛くなるのを感じながら迎えた漫画家さんの締切日……。

 みなさんの期待に反して(!?)、無事に全ページ分のマンガが仕上がったのでした。

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 剣術の腕前を見せる栄一のシーンは躍動感MAX、慶喜とのエピソードは感動的。ネームの段階では見えていなかった人物描写が浮かび上がり、(担当者の手前味噌ながら)読みごたえのあるマンガになりました。
 こうしてなんとか校了にこぎ着き、発売日を迎えることができました。あとは他社の本に負けず、たくさんの子どもたちに読んでもらうことを願うばかりです。そして、かつて日本には、こんなにもスーパーな大人がいたということをぜひ広く知ってもらいたい。それがにわか渋沢栄一ファンの担当者の願いです。

無事に本も出来上がったし、これで「青天を衝け」の予習もバッチリだ~!……違うか。(児童書実用編集部・岡本大)