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【後編】熱意とDXによる新しい教育の姿~福島県磐梯町長・佐藤淳一さん、教育課主査・穴澤佳一さん~

前編では、「磐梯町に住む一人ひとりの幸せ」という目的のためにデジタルを活かす、ヒト本位のDX戦略についてうかがいました。
デジタルの活用基盤を整えた先のまちづくりのあり方として、インタビュイーのお二人が見据えていたのは「町のあらゆる機能を目的に応じてデザインしなおす」という考え方。
後編では、子どもたちの学びに論点を絞ってお聞きしていきましたが、そこで語られたのもまた、磐梯町独自の形にデザインされた教育・子育ての構想でした。
現在、教育現場のデジタル活用において直面している課題もお聞きしましたが、今後の磐梯町がどのようにハードルを飛び越えていくのかと、期待が大きくふくらむインタビューとなりました。

(前編はこちら

いかにツールを使うかが今後の課題

千葉 磐梯町では行政全体のデジタル活用を進めていますが、公教育の現場においてはどのような取り組みが進められていますか。
 
佐藤 国のGIGAスクール構想のもとで学習環境を充実させていくことが基本です。町では2020年度中に全小中学生への情報端末の配布を完了していて、校舎内の高速インターネット環境や、各教室の電子黒板も早期に整備しました。先生方が苦労しているのは、この環境をより活かせる授業をどのようにしてつくっていくかという部分ですね。
 
穴澤 そうですね。たとえばデジタルドリルなどは、AIがその子の苦手なことに合わせて問題を選んでくれたりと、一人ひとりに合わせた学習を提供できる良いツールなんですが、それを授業の中に組み込もうとすると、大学の教職課程やこれまでの現場経験で培ってきたものとはまったく違うノウハウが必要になってきますからね。
 
佐藤 先生方の中には、子どもたちがデジタルツールを理解する速さについていくのが大変だという方もいらっしゃいます。デジタル端末の操作自体も教育の一環ではありますが、最大の目的はより良い学びを得ることであって、先生方にはそれぞれのやり方でアナログとデジタルを使い分けてもらえればと思っています。
 
穴澤 そのためにも、他自治体の取り組み事例などを現場の先生方と共有していますが、なにせGIGAスクール構想はコロナ禍を経て急激に加速したものですから、事例の良し悪しを判断するには早い気もしていて。私自身は教員免許を持っているわけではありませんから、現場の実態に即していない考えかもしれませんが、授業の進め方を子どもたちと一緒に考えていくという発想も必要になるのかもしれませんね。

千葉 デジタルを使って授業をどうつくるかを考える経験は、それ自体が子どもたちにとっての良い学びになりそうですね。

穴澤 確かにそうですね。今後も町としてツール導入や研修の実施など、可能な限りの環境は用意していきますし、なにより先生方の事務的な作業負担をデジタルによって軽減することが、今以上に児童・生徒と向き合う時間を生むことにつながればと思っています。

 「子どもにとっての一番」を目指し、次代の教育を模索すべき

千葉 このインタビューのはじめの方で、佐藤町長から「住民一人ひとりの声を現場の職員が吸い上げ、行政サービスを充実させる組織体制」をつくることが、磐梯町のDXのポイントだとうかがいました。教育に関して、現場から新しいアイデアが提案された事例はありますか?
 
佐藤 ポプラ社さんが運営する電子書籍読み放題サービスの小中学校への導入は、まさにその一例ですよね。穴澤さんを中心とした現場主導でツールを取り入れていただきました。
 
千葉 なんだか、当社にお気遣いをいただいてしまっているような(笑)。
 
佐藤 いえ、お世辞ではなく非常に良いサービスだと思っていますよ。本は子どもたち一人ひとりの世界に奥行きを与えてくれるものですからね。磐梯町では公民館で本の貸出サービスを行っているものの、本格的な図書館がないんです。そうした中で、たくさんの本を読む選択肢が子どもたちの手元にあるのは、とても素晴らしいことです。
 
千葉 そう言っていただけると大変励みになります。
 
佐藤 町の環境としては、リアルの図書館も充実しているのが理想的ではありますが。「なぜか本棚の一冊が輝いて見えて手にとったら、それがすごく面白い本だった」という偶然の出会いは、たくさんの紙の本に囲まれた場に身を置いてこそ生まれますからね。
 
千葉 「偶然の出会い」の良さは私たちも実感していて、当社のサービスでも、まったくランダムのタイトルをおすすめすることで、その子の興味関心を広げるような仕掛けを搭載しています。皆さんのお声をもとに、今後も機能を充実させていこうと思うのですが、磐梯町での実際の利用状況はいかがですか。
 
穴澤 一昨年のトライアルから数えて導入3年目ですが、朝読書の時間や家庭での利用が主になっています。授業で使用した例はまだないのですが、熱心な子は年間で300冊くらいを読んだようですし、オリジナルのランキングやコメントを共有できるシステムも好評でした。
 
千葉 それはよかったです。授業での活用については、同じジャンルの本の内容を比較する「読み比べ」や、調べ学習などの事例がありますので、機会を改めてご紹介させていただきますね。ところで、そもそも電子書籍サービスを導入していただくまでの経緯はどのようなものだったのでしょう?
 
穴澤 最初は電子書籍に限らず、家庭で情報端末を使う動機づけになるサービスはないかと探し始めたんです。町の読書環境や先生方の声、また保護者にとっての納得感を勘案した時に、電子書籍という結論になりました。
 
千葉 デジタル教育に対する保護者の納得感というのは、新しい課題ですね。親は情報端末のある教育を経験していませんから、子どもたちの取り組んでいる学習の質が良いか悪いか、判断しがたい部分もあるでしょうね。
 
穴澤 楽しく学ぶことを目的にしたサービスが、親の目には遊んでいるように映る可能性もありますからね。ただ、学校も私たち行政も、新しい学習ツールの使い方を模索している途上です。そんなタイミングだからこそ、「これは学校の判断で決めること」「そこは家庭で教えること」といった区別をせずに、大人たちが一体になって「子どもたちがより良い学びを得られる環境とは何か」を考えていくことが、今後は一層必要になると考えています。

幼小中の連携を技術が円滑化する

千葉 GIGAスクールとは別の話になりますが、磐梯町では小さな子どもから義務教育を終えるまで、一元的に学びをサポートする構想を描かれていますよね。非常に独自性が高いものでしたので、ぜひ佐藤町長に詳細をお聞きできればと思います。
 
佐藤 構想の大きな枠組みは二つあるのですが、このうち導入から20年近く経つのが「幼小中一貫教育」です。磐梯町では1幼稚園、2小学校、1中学校があるのですが、「夢を語り夢の実現に向かって努力する子どもの育成」を目標として、入園から中学卒業まで一貫性あるプランのもとで教育を行っています。具体的には、幼小・小小・小中の連携授業、教職員の情報交換などに取り組んでいます。今後は幼稚園と保育園を統合して認定こども園とした上で、小中学校と連携させていこうと考えています。
 
千葉 これだけでも十分に手厚い教育体制なのですが、もう一つの枠組みはどのようなものなのですか。
 
佐藤 「磐梯版ネウボラ」という仕組みです。ネウボラというのはフィンランドの出産・育児支援の制度・施設で、「相談する場」という意味があります。磐梯町ではこれをモデルに、妊娠・出産から中学校卒業まで、子どもたちと親があらゆる不安や悩みを相談でき、必要な支援とつながれるよう、教育委員会を中心とした多職種連携体制を構築しています。一人ひとり発達や健康状態も違う子どもたちに最適な教育を提供していくことが目標であり、幼小中一貫教育と一体的に推進しているところです。
 
千葉 一人の子どもも取り残さないという本気度が伝わってきますし、小規模な自治体だからこそ可能なことですね。
 
佐藤 おっしゃるように、教育において人口の少なさはプラスに転じることもできると考えています。たとえば、複式学級でふたつの学年が一緒に授業を受けている小学校があるのですが、異学年同士の交流にもつながっているわけですからね。

千葉 そうした柔軟な構想は、「公的なサービスを抜本的にデザインしなおす」という町の方針にも重なるように感じます。この体制を促進するようなデジタル技術は導入されているのでしょうか。

穴澤 たとえば、当町では保護者と公立教育・保育施設間の連絡システムを取り入れています。これは2020年に0~2歳時の保育施設で利用を始めた後、翌年にかけて幼稚園や放課後預かり施設、小中学校へと導入範囲を広げていき、町内の公立教育・保育施設とのコミュニケーションがすべて一つのアプリで完結できるようになりました。

千葉 体制に合わせて、町内の子ども関連施設の連絡ツールも一元化されたということですね。

穴澤 はい。それによって、保護者とのやり取りだけでなく、各施設内の職員同士のスムーズな連携にもつながっていて、町の教育体制の充実度がさらに底上げされたと感じています。この連絡システムを、自治体内のすべての公立教育・保育施設で利用する事例は全国初なのですが、このようなスピード感で導入範囲を広げられたのも、磐梯町の規模感があってのことだと思います。

多様性を知ることが、これからの「生きる力」

千葉 このインタビューも終わりの時間が迫ってきたのですが、お二人は一人の大人として、子どもたちの豊かな成長のために、何を提供してあげたいと考えていらっしゃいますか?

穴澤 この町で子育てをする親の一人として、一つだけ望むとすれば、子どもたちが自分自身で、意欲を向けられるものを見つけてほしいということですね。 

佐藤 私が一番に思うのは、やはり選択肢を増やしてあげたいということです。人生はすべて選択であって、自分で選んだ道だからこそ、意志を持って未来を切り拓いていくことができる。先ほど「本が世界の奥行を広げる」という考えをお話しましたが、それもつまりは知識や想像力を育むことで、自分の中に選択肢を増やすということだと思うんです。だからこそ、町政運営でも効率化のために選択肢を減らすことはしたくない。町内の小学校にしても、児童数が少ないのならば統合してしまえばいいのではないかという声もあるんですが、私はそうは思っていません。極端な話、2つの小学校で違うカリキュラムを用意して、好きな方に通ってもらうことができたらいいと考えているくらいです。

千葉 勉強していい大学に入って、いい会社に就職する……という価値観がいまだ日本には根強いですが、磐梯町のような小さな町から、世の中に新しい教育の姿を提示していける気がしてきました。
 
佐藤 これからの子どもたちは、多様性の世の中を生きていくわけですからね。デジタル技術も含めたさまざまなアプローチによって、先生が言うことだけを一律の正しさとして学ぶ従来型の教育から脱却していくことは、子どもたちの生きる力を育む上で重要だと考えています。
 
千葉 DXなどの新しい言葉は耳ざわりが良いだけに、ともすれば「外向け」の取り組みという印象も持たれがちですが、今日のお二人のお話からは、磐梯町が今そこに暮らす住民たちのことを、いかに真剣に考えているのかが伝わってきました。デジタル技術の価値は、それをどう使うか、そして誰が使うのかによって決まるもの。磐梯町の皆さんが、教育とデジタルを掛け合わせることによって、どんな新しい価値を生み出していくのかが、とても楽しみになりました。