『不成恋』詩のようなもの/まとめ

おみやげ

きみが土産をくれたから
ひとくちごとに美味しいを口にする。
味のしない菓子を齧っては
美味しいを口にする。

きみがくれた土産がもたらした幸福が
「美味しい」としか言えなかった。
幸せを口にするのはあまりにも軽薄だから、
「美味しい」としか言えなかった。

あぁ、お茶が欲しかった。
全てを飲み込むお茶が欲しかった。

空気の詩

赤子の泣き声。
空間の認識失調。
水平線を追いかける船。
鏡地獄。

混乱の中に生じた、
確かな焦りと緊張と興奮の動悸。

動悸の共鳴。

死後想像

宇宙から地球を眺めていた。
目の左下に、青い光がぼやけていた。
きっといつか、この景色をしかと見る日が
やってくるのだろう。

冷たい老人は冷え切った箱の中で、
いつかの地球を見たのだろうか。

アンビバレンス心理の落とし所が詩だった。
泣き寝入りの落とし所が詩だった。
モヤのかかった世界に、決断する勇気ではなく、
決断する諦念を、詩が癒した。

ゴミ箱。
蓋したゴミ箱。

願い

太陽の暖かさが肌に伝わるように、
視界が滲んで鼻がツンとするように、
踏まれた枯葉が音を立てて破れるように、
お爺ちゃんの死体が冷たくなるように、
波打つ潮が引いていくように、
煮付けの味が染み込むように、
かさぶたの根本からぷっくり膨れあがる血液のように、
「僕はキスができるかな」

約束

テーブルの端に、白いメモ紙が置かれていた。
黒くて小さい「8/22」の文字。
頭の中で錆のようにこびりついた日付。

夢を往来する文字は、
インクの滲みが当然であるかのように、
恐ろしく当然であるかのように、
ただ密やかに慎ましく、
視界の端を踊っていた。

私の心臓を止めたがる、
約束をこじつけた不正な文字は、
言霊となって、じっとりとした匂いで、
役目を果たす場を失い、
恨むように踊っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?