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「かわいい/きれい/かっこいい」と言われたら……?@自問自答ファッション

自問自答ファッション講座では、「『かわいい』『きれい』『かっこいい』と言われたらどう思いますか?」と問われるらしい。

私だったら……

全部とても嬉しい!


みなさんの講座レポを読むまで「褒められて嬉しくない人いるの?」と疑っていたくらいには、この3つの言葉全部とても嬉しい。(今は、レポを読んで「なるほどそういう捉え方もあるのね!ふむふむ」と腑に落ちている。)


かわいい

かわいい、は嬉しい。挙動が可愛い、メイクが可愛い、服装が可愛い、笑顔が可愛い。でも媚びるような可愛い、じゃない。権力を振り翳して下駄を履かせてもらっていることに気づかないようなおじさんに「可愛いね」と言われても全然嬉しくない。それは、そのおじさんにとって「都合の良い可愛さ」だから。そういう意味では、「はいはい、こうしておけば可愛いんでしょ?」と妥協したような可愛さを求めているわけでもない。自分でも知らなかったような、自然に滲み出てくるような可愛さが私は好きらしい。

矛盾しているようだけど、女性アイドルの可愛さも大好き。見て応援するのはもちろん、本当はアイドルになりたかった。幼稚園生の時はミニモニになりたかったし、中学生の時はAKBになりたかった。当時は、かごちゃんが好きで、あっちゃんが好き。計算尽くじゃない、「世間」に煙たがられてしまうほど凛としていて強くてどこか不器用で、魅力に溢れている人。近年は、AKBきっかけでPRODUCE48を見てからK-POPアイドルたちを応援している。プロ意識がとても高くて、でもやっぱり少し不器用でお茶目な宮脇咲良さんが特に好き。


きれい

きれい、も嬉しい。綺麗は少し大人な感じがする。オーラを感じる。整っている、美しい、艶やか、麗しい。「顔が左右対称で綺麗だね」とかそういう「綺麗」じゃなくて、所作が美しいとか、すれ違いざまに振り返りたくなるような輝きを放っているとか、そういう綺麗に憧れる。

私はまだまだ、私の欲する「綺麗」からは少し遠いように思う。でも身近に「あぁ、綺麗だな」と感じる人が、幸いにもいる。その人は、いつ会っても調子が変わらない。話し言葉も書き言葉もずっとトーンが一緒。所作が美しく、笑顔が眩しく、自分で自分のために決断ができる軸が通っていながらも、柔軟に思考し未知を楽しめる人。きっと私の「綺麗」の真髄はそこにあるんだと思う。


かっこいい

くぅ〜!「かっこいい」っていいな、なりたい。が最初に出てきた反応だった。私は自分ではまだ「かっこいい」と思えていない。かっこいい人は総じてブレない人だというイメージがある。自分のためにひとりで決断ができ、自分の好きを臆せず開示でき、苦しい時も踏ん張れて、やるべきことを黙々と進められ、褒められたら素直に受け取れて、身体も心も健康な人。

私は、優柔不断で、自分の好きを表明するのに躊躇するし、苦しい時はすぐ逃げちゃうし、やるべきことをやる自分を褒めてほしくて、でも褒められたら褒められたでその言葉を信じられない。自分が思う「かっこいい」からは真逆だなと感じる。でもなりたい、自分の目指す延長線上に「かっこいい」も存在している。


「かわいい」「きれい」「かっこいい」と言葉ひとつ取っても、きっと思い描く具体像は人によって異なるのだと思う。

私の場合、共通していたのは、「自分のために決断ができる」「自分を開示できる」「凛としている」「芯が通っていながらも柔軟である」「穏やか」「努力ができる」。

そう考えていくと、以前作ったコンセプトは「糖衣」を多少纏っていたかな?とも思えてきた。

「遊び心と洗練さを持つ、いつ聴いても心地よいラジオパーソナリティ」

今、記念ジュエリーを買おうと試着を続けているタイミングなので、改めてコンセプトを練り直して納得してから買いたい!

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