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デイサービスの限界とホームの検討


高齢者の認知症はわかりにくい

最初に介護認定を申請したのは2020年12月のこと。
母は東京のマンションで私との2人暮らし。毎年、私が長野に滞在している夏の間は、名古屋の兄の家に行き、孫たちと過ごしていました。ところが、コロナ感染の拡大で移動が制限され、長い間、家で一人暮らしになったこと。加えて、頸椎ヘルニアによる神経痛の鎮痛剤を長年飲んでおり、その依存症状から徐々に言動があやしくなってきたことから、病院に連れていきました。

脳神経外科で診察を受けると、MRIでは脳の萎縮は年相応で異常なし。
脳神経内科でも長谷川式のテストは満点。
ちなみに内臓はいたって健康。

ひとまず、包括支援センターに相談して、ケアマネージャーさんを紹介してもらって、デイサービスを利用して社会と接点を持つ方向で改めて病院へ。
MRI検査をした大きな病院で老年科の専門医を紹介してもらい、ようやく認知症と診断してもらい、介護認定を受けて要介護2になりました。

認知症といっても、記憶がなくなるわけじゃないので、母の場合、クイズやテストは満点が取れますし、政治や歴史の話になると舌好調です。
古いファイルサーバーのようなもので、動作が不安定になってもデータが消えることはなく、膨大な知識は蓄積されたまま。書き込みは難しいけれど、調子が良ければ読み出しはできるわけです。

うつ病などと同じで、本人や家族からすれば明らかに異常であっても、はたから見るとわからない。なので、普通に診察してもらっても、「まあ年相応ですから、がんばりましょうね」で終わりです。
でも、以前の状態とどう変わったのか、どんなときに不具合があるのか、これからどうしたいのか。家族がきちんと説明すれば、医師はそれに応じた方法を考えてくれます。

そんなこんなで、デイサービスに通い始め、私が不在のときは週5、夜は配食サービスを利用、デイが休みの日は私が長野から帰宅する、という形で2年ほどやり過ごしていました。

留守中は、室内に見守りカメラを2台設置して、起床と身支度、服薬を声掛け。アレクサで朝8時と出発前にアナウンス、エアコンはnature remoで時間と温度をトリガーに自動オンオフを設定。母は料理をしないので、留守中はガスの元栓を閉めています。

インターフォンが開けられない問題

ところが、昨年の夏頃からヘルニアが悪化し、起き上がりや立ち上がりに不自由するようになってきました。
インターフォンが鳴っても押しにいけないので、お迎えの人がロビーから入れません。
ホームヘルパーも入れません。お弁当の宅配サービスも同じく。
施設やホームヘルパーさんはカギを預かってくれません。
家の玄関ドアのカギだけならキーボックスを取り付けられるとしても、マンションのエントランスの開閉は個人にはどうにもできず。詰んだわ。

とりあえず、デイサービスの延長と4泊5日のお泊りサービスを利用して、私が送り出してから長野に戻る、という形で対処しました。
ただ、デイサービスは医療体制がないので、お熱が出ると強制帰宅になり、連絡があって長野から急いで戻る、ということがたびたびありました。
さらに、利用者やスタッフに感染者が出ると、お休みになったりします。保育園と同じような感じです。

ユニット個室なら意外と空きがある

ケアマネさんから、要介護認定の更新で要介護3になるだろうから、特養入居も視野に入れてみては、と提案されました。

でも、特養って、すごい待機数で何年か待ちって聞くじゃないですか?
市内には、10~100室の施設が7件あり、各200~300人が待機しています。
空きが出るのは年間数人ずつだろうし、実際ムリじゃんね。

「ユニット個室ならけっこう空きもありますよー」とケアマネさんがいうので、ネット検索しているうちに、ホームのバナー広告が入るようになり、あるとき、お隣の市のホームの空き情報を見つけました。

自宅から比較的近く、(がんばれば)歩いていける距離で、比較的新しくてサイトで紹介されている動画をみたところ雰囲気がよさそうです。

 お問い合わせをポチっとしたら、翌日に電話がかかってきたので、軽い気持ちで見学してみることにしました。


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