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短編小説:やわらかもん(2)

あったかいの食べたら、うまいんちゃうかなーと言う、少年の何気ない言葉に、隆太郎は雷に打たれたような感覚になった。

そうや、そうや!そうや!!そうや!!!

何で自分はお菓子を作っているのか?
幼い頃屋台で食べた玄米パンが出来上がる過程を見つめながらワクワクしながら食べた、あの時の自分のような顔を見たかったから。
そして、奉公先で初めてカステラを食べた時のあの柔らかい食感が忘れられなかったから。

お菓子は、出来立ての温かい時と、少し時間がたって冷めた時では別物のように味が変化している事が多い。
出来立ての時はほわほわ柔らかく、時間がたつにつれてしっとりと生地がしっかりとしてくるものが多い。
自分が食べてもらいたいのはどっちだ???
答えは明白だった。

「よっしゃ!やってみよう!ありがとうな!!」

隆太郎はお菓子を頬張る少年の頭をグシャグシャっと強く撫で回して、リヤカーを引っ張って走ってその場を去った。
走らないといられなかった。

それだけ隆太郎の心の中はワクワクで占められ、いてもたってもいられなかった。
今まで霞みががっていてモヤモヤしていた点と点がしっかり繋がって自分の目の前に道標が出来たような気がした。

まずはリヤカーを手放し、自転車を手に入れた。
少しずつ作って、自転車で売る。それを1日何回も繰り返す事で、作り立てを何回も提供できると考えたからだ。

そして、売り歩く時は鈴を鳴らした。
小さい頃の屋台で聞いた、あの玄米パンの鈴にように「できたよ」という合図があることが、美味しさを引き立たせるかもしれないとの目論見からだった。

そして、ヒントをくれた少年にも手伝ってもらい、知り合いを連れてきたもらったり、「ここのお菓子は出来立てで、温かくてやわらこうてうまいなあ」と、わざと大きな声で周りに聞こえる様に言ってもらうようにした。
もちろん、その少年には駄賃をはずんだ。
不思議な事にきちんと駄賃を払うようにしたことで、この少年の働きに見合った売り上げを上げないと、という自分の覚悟もまた新たになり、気持ちがシャキッとした。

「なんや、俺は覚悟さえも足りてなかったんか」

そんな自分にあきれ返ったが、人を雇うという事に対しての責任を持ったことと、手法を少し変えただけだったが、少しずつお菓子の売り上げが伸び、その年には『市松屋』として会社を興すようになり、10年後には『和洋菓子市松屋』として店舗を構えるまでになっていた。

その後も、隆太郎のお店は売り上げも順調で、近隣住民からは『お遣い物は、市松屋が良い』と太鼓判を押してもらっていた。
第一にお菓子が大きい。そして、一つ一つのお菓子に市松屋ならではの工夫があり、少し特別感があった。
例えばシュークリームであれば、カスタードクリームだけでなく、その上に生クリーム、そして季節の果物を乗せるようにしていた。
見た目が豪華なので『お遣い物』に丁度良いと言うわけだ。
そして極め付けは値段。
原材料をケチることなく、値段はできるだけ下げた。
その努力の甲斐もあって『お遣い物は市松屋』という不動の地を築いていたのである。

その勢いで、隆太郎は新たな事業展開としてベーカリーを開いた。
時代は西洋化してきていて、パンを食べる人が増えてきたのを感じていたからだ。

絶対当たる。

そう信じていたが、結果は大コケだった。
待てど暮らせど、お客が集まらなかった。

なぜだ?!

隆太郎は焦り、朝から晩まで従業員を叱咤した。
時に怒鳴りすぎで、喉が痛くなるほどだった。
原価計算も何度も何度も繰り返し、値段設定を考え直してみるものの、事態は一つも好転しなかった。
残ったのは膨大な借金。それに比例するように、従業員がどんどん辞めていった。
隆太郎にとってはそれも許せず、去る従業員に対して「裏切り者!」と捨て台詞を吐いてしまうこともあった。

そんなこともあって隆太郎はいつの間にか誰の意見も聞かない社長になり、会社で孤立するようになっていた。近隣の同業者からも「隆太郎の店もこれであかんことになるな」と噂されるほどになってしまっていた。

そんな時、懐かしい人物が訪ねてきてくれた。

隆太郎に出来立てのお菓子を提供するヒントをくれた、あの少年だった。
少年と言っても、今はもう立派な大人になっていて、仕立ての良いスーツに身を包んでいた。

「兄やんのお陰で、しっかり中学も卒業できたし、あの時間近で商売を見ることができたから、今の仕事に活かせているんだ」

そう、かつての少年は笑って話し、ベーカリーのパンを一口食べた。

「兄やん」

「なんや」

「このパン、兄やんが作っとるの?」

「いや、職人に任せとる」

「そらあかんわ」

「あ?!」

思わぬ元少年の言葉に、隆太郎は声を荒げた。

「あかんて…兄やんは、自分で作ることにあんなに誇りと自信を持って作ってたやないですか。それを、大事な商品、人に任せたらあかんですよ」

「…そやかて俺は菓子職人や。パンは作れん」

「なんでそこに線を引くんですか。なんでもやったらええやないですか。しかも、このパン…硬うて美味あないです」

美味くない?!?!
そうなのか?!
ここ最近は、原価計算や、職人の働きぶりばかりみて、味に気を取られていなかった。

なんてことだ!!

菓子屋が、パンだから、専門外だからと全て人任せにしていたなんて。

自分の単純な間違いに気づいた隆太郎は、店内を見まわした。
なんと味気ない店だろう。
俺は、どんな店を目指していたのか。
それすらも、思い出せなかった。

そんな自分に瞬時に目が覚め、次の瞬間には絶望していた。

「あかん、あかん、しもた…あかんことばっかりや」

呪文のようにぶつぶつ言葉を発している隆太郎に、かつての少年は、ぽんと肩を叩いた。

「兄やん、昔よう言うてましたやん『菓子はやわらこうなきゃいかん』って。その時の兄やんの顔は、お釈迦さまみたいでした。そんな兄やんだから、俺もついていったんです」

すっかり肩を落としてしまった隆太郎は、目の前にいるかつての少年の方が、お釈迦様に見えてきた。

「…俺、今どんな顔しとる?」

「そうですね、雑な言い方だと、守銭奴の妖怪ですな。わるーーい顔してまっせー」

そう言ってかつての少年は、あははと高い声で笑った。

「そやな…菓子はやわらこうなきゃいかん、そう思って作り続けてきたのにな。パンかて同じはずやのに。時代に乗ろうとした俺がアホやったな」

「そうですよ、どんなに豊かな時代になろうと、人はうまいもんを食べたい。それだけです」

「そやな、うん、そやな。あははは、俺はいつもお前さんに助けられてばかりや」

「そんな、こっちが兄やんに助けてもらったんですから。なに言うてるんですか」

隆太郎は久しぶりに笑っていた。

あとがき
これは、松下洸平さんが自身のツアー会場で、りくろーおじさんの話を朝ドラでやりたい!とMCで語っていたそうで、その発言をヒントに妄想してみました。
もう少しだけ、お付き合いください。
なお、本当のりくろーおじさんのお話とは全然違います。あくまでも私の妄想なので、その点はご了承ください。




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