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短編小説:やわらかもん(1)

カランカランカラン!!

焼きたてのチーズケーキの出来上がりに鳴らす鈴の音だ。
お客様は、その音を聞くだけで、あのチーズケーキの柔らかい感触が、口の中いっぱいに広がるとおっしゃってくださる方が多い。

ありがたい

────────ありがたさと共に、僕はその音を聞くたびに、自分がリヤカーを引いて、洋菓子を手売りしていたあの頃を、思い出す─────

昭和31年
世の中は好景気に湧く中、隆太郎は1人打ちひしがれていた。
リヤカーの中にある売れ残った菓子たちを眺め、ため息をつく。

「今日もあかんかったなあ」

勝算がなかったわけではない。が、その勝算が隆太郎を裏切るように、悪い方、悪い方へと転がっていき、いつの間にか手元にあるのは借金と売れ残ったお菓子たちになってしまっていた。

「誰やねん!手売りの方が手っ取り早く売れるなんて言い出したのは!!」

誰からもそんなアドバイスを受けていないのに、誰かのせいにしないとやっていられなかった。
隆太郎は広場のベンチに不貞腐れたように仰向けになった。

「たった5年で独立?!何アホなこと考えてんねん。アホなこと考える暇あったら、この皿、あらっとけや!」

「なんでそない慌てて独立する必要あるん?もっと実力つけてからでも遅ないで」

23歳で独立する時に周りから散々言われた言葉たちだ。
あの時はそんな言葉も気にならないくらい、訳のわからない勝算があった。
思えば自分はそんな人生だったかもしれない。
16で和菓子問屋に奉公に出た際も、職人さんたちの作る手捌きに胸が躍った。
そして、旦那さんの付き添いで出かけた時に、一緒に食べさせてもらったカステラ!!
あのふわふわしっとりとしたカステラの味と食感に一瞬にして魅せられた自分は『菓子職人になる』とあっという間に奉公先を辞めてしまった。
その時も親にも親類にも怒られたが、気にしなかった。

自分が菓子を作る姿しか見えなかったから。

自分の中では決して思いつきで行動してきたわけではない。
だが、今の全てが思うように行かない現状を目の前にすると、全てが思いつきのアホな男に思えてきて、空に浮かぶ雲さえも自分の味方をしてくれず、どこか遠くへ飛んでいってしまうのではないかと思えた。

ふと、遠くの方でお囃子の音が聞こえてきた。
きっとどこかの神社でお祭りをしているのだろう。
そのお囃子の音を聞きながら目を閉じると、自分がまだ幼かった頃の村の祭りが急に思い出された。

隆太郎は淡路島の山村に生まれた。淡路島といっても、小さい頃は、まさか自分が海に囲まれた島に暮らしているとは知らず、山々に囲まれた村で農家を営む家族と共に暮らしていた。
普段は静かな村だが、年に一度、お祭りの時だけは賑やかになり、大人も子供も、お囃子の音に合わせては、心も体も踊るようだった。
普段忙しい両親もこの時は家族総出で一緒に祭りに出かけ、踊りを見たり、屋台を巡った。

その屋台の中に、甘くてしょっぱくて、少し焦げたような香りの漂う屋台があった。
隆太郎はその香りに引き寄せられるように駆け寄りる。

「玄米パンだよー!作りたてだからほっぺが落ちるよー!」

店主が大きな声で客を呼び寄せていた。

「ひとつちょうだい」

お客さんのその声と共に、串に刺した三角形のパンに、焦茶色の液体を丁寧に塗る。

「はいお待ち」

チリンチリン🎵

小さな鈴を鳴らしながら、店主はお客さんに玄米パンを渡す。
隆太郎はその様子をじっと見ていた。
なんで美味しそうな風景なんだろうと釘付けになった。
きっとあまりにも真剣に見ていたのだろう、父親が一つ買ってやるよ、と申し出てくれた。

先ほどから見つめていた一連の動作が、自分のために行われる。
その嬉しさで、隆太郎は先ほどより少し背伸びしてその行程を見つめる。
店主はさも得意げな顔で三角形のパンに液体を丁寧に塗って、隆太郎に差し出す。

「はいお待ちどうさま!柔らかくて甘くて、ほっぺ落ちるから気をつけるんやで」

店主がニコニコの顔で隆太郎に玄米パンを渡す。片手には鈴を持っていた。

チリンチリン🎵

ベンチで横になっていた隆太郎はハッと目が覚めた。
いや、寝ていたわけではないが、とにかく目が覚めた。
寝ていたベンチからガバッと身体を起こすと、リヤカーのそばに少年が立っていた。

「兄ちゃん、これ売り物?」

「売りもんやで。兄ちゃんが朝から作った正真正銘手作りや」

「美味そうやなあ」

「美味そうやない。美味いんや」

「偉そうに」

そういうと子供はその場を立ち去ろうとした。

「おい!ちょい待て!美味そうなんだから、買うてけや」

「美味そうやけど…俺、そんなにお金持ってへんねん」

そういって少年はポケットから小銭を取り出す。

「今日祭りやからな、弟たちになんか買うてやりたくて来てみたんやけど美味そうなやつは、みんな高うて買えへんねん」

「そっか…これな、ホンマは一つ30円すんねん。でもそやな、お前らが食べるには30円は贅沢やな。おし!今日だけはその弟に食べさせたいって気持ちを汲んで、そのお金でお菓子売ってやるわ。弟何人や」

「3人」

「おっしや、3個持ってけ!」

「ホンマ?!ホンマにええの?!ありがとう!」

菓子の袋を大事そうに抱え、少年は走り出す。
その姿を見て隆太郎はあることに気がついた。

「ちょいちょいちょい待てー!!」

「え?!なにー?」

「なにー?やない。ちょっと戻ってこい」

一度走り出した少年は再び陸太郎の元へ戻る。

「弟3人言うたな」

こくん、と少年は頷く。

「で、3個買うてったな」

こくんと再び少年は頷く。

「お前さんの分は?」

「………ええねん俺は」

はー、と隆太郎は大きくため息をつく。

「美味いもんは、みんなで食べるから美味いんや。お前さんが食べへんかったら、弟達と美味いなあって言い合えんやろ?」

そう言って、ひとつ追加で菓子袋に入れる。
そして、もうひとつ、少年の手に持たせた。

「え?」

「せっかくやからな、ここで食べてけ」

「え、でも…」

「ええんや、兄の特権や」

訳のわからない理由を押し付けたが、なんでも良かった。
不思議と今は、どうにかしてこの少年に食べてもらいたかったのだ。
少年はおずおずと一口お菓子を口に入れる。

「…………美味い!!」

途端に少年の顔がぱあっと明るくなった。

「やろーー?!これは、美味いねん」

隆太郎は、途端に得意気な顔になり、少年を見つめた。
嬉しそうに菓子を頬張る姿に、幼い頃の自分を重ねた。

そうなやな、お菓子って食べるだけで笑顔になるんや。

そうや

そうだった。
自分は、なぜこんなにも自分でお菓子を作って手売りことに拘ったのか。
この笑顔が見たかったからではないのか。
だからあえて、手売りにしたし、店を持たずにリヤカーを引いた。
店を出す資金がなかったと言われればそれまでだか、隆太郎は自分がお客さんのニコニコの笑顔を見たくて、自分でお菓子を作ろうと決心したんだ。

「なんや、こんな簡単なこと忘れてた」

「ん?なんか言うた?」

少年が不思議そうに隆太郎を見る。

「いや、こっちの話や。それより、どや!なんか味の感想ないか?」  

「えー?急に言われてもなあ。ただ、このお菓子、フワフワしてて軟こうて、ホンマ、口に入れただけでほわーーってなるわ」

「そやなあ、お菓子はやらかいのが1番やな。そやなあ。俺も初めて食べたカステラ、軟こうて軟こうて、それだけで幸せやったもんなあ」

「うん…」

しばらく2人でほわわーんとした顔になっていたが、隆太郎はそんなことお構いなしだった。

「あ」

突然少年がほわわんを切った。

「なんや」

「いや、あの」

「なんや、言うてみい」

「あんな、カルメ焼きってあるやん?あれ、冷えたやつも美味いけど、出来立てのあったかいやつってまた別物やん」

「ああ、確かにそうやなあ」

「このやらかい菓子な、あったかいの食べたら、また美味いんちゃうかなーって」

隆太郎は突然雷に打たれたようにな感覚に襲われた。

あとがき
これは、松下洸平さんが自身のツアーR&MEの大阪公演にて「大阪のりくろーおじさんのチーズケーキが美味しくて、りくろーおじさんの話を朝ドラにしたい」とMCで話し、タイトルも「やわらかもん」に決まってるんだよ。
と話されたそうです。
その話を聞いて、勢いで私なりのやわらかもんのお話を考え始めました。
よなったら、お付き合いください。



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