見出し画像

箱舟〜最愛サイドストーリー〜

加瀬は机の上に置かれた手紙をずっと眺めて悩んでいた。

手紙には『招待状』と書かれており、先日大輝が自分の所に来た時に、最後に置いていったものだ。

「相変わらず、やり方が強引なんだよなあ」

手で顔を覆い、ため息を漏らす。

「結婚式をするんです」

大輝が加瀬と会ったお好み焼き屋で最後にそう告げ、招待状を渡してきた。 

「梨央は、加瀬さんに参列してもらわないと意味がない言うて、今までやっとらんかったんです。
でも、いつまで経っても加瀬さんは姿現さんし、こっちから攻めてやろうって話になって。ははは。
だから、加瀬さん、参列したってください。身内だけの小さな式です。警察関係者はおりません」

梨央のウェディング姿は見たい。幸せそうに笑う彼女を見るための、この25年だったからだ。
だが、身内しかいない式に自分が参列して良いものかという戸惑いと、自分が参加することで結局迷惑をかけるのではないか。
そんな相反する思いが行ったり来たりするだけで、加瀬は動けないでいた。

しばらく経って、やっと封を開ける。
期日は次の日曜日、場所は加瀬が住む地域からそれほど離れていない教会だった。

招待状から、春の香りがした。

次の日曜日、晴天に恵まれたが、春が近づいているというのに2日前に降った雪が辺りを覆い尽くし、一面白い中にポツンと教会が立っていた。

教会は丘の上にあり、周りはワイン用の葡萄棚が斜面にあった。葡萄があるお陰で、斜面全体が小さな山をいくつも作っていて、さながら山々の中に教会があるように見え、雪の教会を引き立たせていた。

「はあ…緊張してきた」

梨央は呟く。そんな梨央に子供達が近づき抱きつく。梨央は子供達を抱きしめて笑顔が溢れるが、次の瞬間不安な顔になる。

「加瀬さん、まだ来んね…」

「大丈夫。来るさ。だから、梨央は笑っとれ」

大輝は自分にも言い聞かせるように言った。

加瀬は会場に現れていなかった。
入口まで来たのだが、入れずに立ち尽くしていたのだ。

「加瀬!!」

そう言って加瀬は肩を叩かれた。

真田政信だった。

「あー、良かったあ。加瀬が来てくれて。助かったわあ」

「政信さん…お久しぶりです。って、え?なんですか?」

突然話しかけられて加瀬は驚いたが、助かったと言われて驚いて言葉を続けていた。

「梨央がさ、ヴァージンロード、俺と歩くって言うんだよ。俺、こういうの苦手なんだよ」

「泣いちゃいそうですもんね」

思わず加瀬が突っ込む。

本当は情に脆く優しい政信を加瀬はずっと見てきた。きっと父親の代わりに泣いてしまうだろう。そんなことを容易に想像できる政信が、加瀬は好きだった。

「だからさ、加瀬、たのむわ」

政信は加瀬の肩を叩く。

「え?」

「俺の代わりに、頼んだ」

事態をうまく飲み込めない加瀬は慌てた。

「ちょ、ちょ、ちょ、何言ってるんですか。ヴァージンロードは父親もしくはそれに値する人が歩くのが定説でしょ?自分は10年も姿を消してましたし、ましてや家族でもありません。冗談はやめてくださいよ」

「何言ってるんだよ。家族だろ?母さんは、ずっとそうやって加瀬と接してきただろ?俺だってそうだよ。加瀬は兄貴だと思ってた。
まあ、だからなんだ、ちょっと言いやすくて文句も言うことも多かったと思うけど……。
とにかく!加瀬が俺の兄貴だとしたら、もっと父親に近いだろ?はい。だから、加瀬に交代!」

そう言って政信は、加瀬を後ろから押してどんどん中に入っていった。

後ろから押す政信の強引さと優しさが、くすぐったくて嬉しくて恥ずかしくて、加瀬は、ただただ従うしかなかった。

そのまま教会の入り口に行く。

親族はもう中にいるらしく、梨央だけが入り口で待っていた。

「あ、来た!兄さん、もう良い加減諦めてよ。行くよー!」

梨央が政信に向けて言う。次の瞬間、後ろに立つ加瀬の姿に気づいた。

「……………加瀬さん………」

梨央はその瞬間、加瀬に駆け寄り抱きついた。

「…遅い、おそい、おそい!遅かったじゃん!」

声にならない声を絞り出し、加瀬に訴える。

「………すみません。遅れました」

加瀬は、10年分の思いを込めて謝った。

「………おかえり」

梨央は、満面の笑みで加瀬におかえりを言った。

ずっと、ずっと言いたかった言葉だった。
やっと言えた。
そう思ったら、涙が溢れてきた。

「それじゃあ、梨央、加瀬が来たから、交代って事で」

政信が慌ててその場を去った。もう既に泣いていたからだ。

梨央は、加瀬に抱きつき、泣いたまま離れられないでいた。

「ほら、梨央さん。今日のやるべき事は?」

加瀬が10年前のように梨央に問いかける。

「…結婚式」

「ほら、じゃあ涙拭いて、笑顔でいなきゃ。梨央さんの笑顔はみんなを幸せにするんだよ」

「……わかった」

梨央は涙を拭き前を向いた。
加瀬は、トントン、と肩を叩いて、深呼吸のポーズをした。
2人で、深呼吸を3回して、腕を組む。
10年前の信頼しあってた2人に戻っていた。

教会の扉が開く。
ヴァージンロードを2人で歩く。

「ウェディングドレス、とても綺麗ですよ。オオイヌフグリみたいだ」

「オオイヌフグリ?」

梨央は、クスクス笑った。

その笑顔が、雪解けに咲くオオイヌフグリのように希望でいっぱいだった。

その昔、梓の理念に感銘を受け、真田グループの一員になった。そして、梨央の信念に押されて、その船に乗った。

だけど、自分はパンドラの箱を開けてはならない、と1人船を降りてしまった。
それが今日、真田という家族の舟に乗ることになった。
それは、パンドラの箱を開ける事になるかもしれない。

でも、それも承知で真田家のみんなが自分を再度受け入れてくれるのがわかった。

どんな試練が待ち受けようとも、今の船は揺れる事はあっても、沈む事はない。
加瀬は、覚悟を決めた。

大輝の前に歩を進め、梨央を手渡す。

「宮崎さん、頼みましたよ」

笑顔で加瀬は大輝に宣言した。


あとがき
最愛が終わって、加瀬さんのその後を書きたくてオオイヌフグリというお話を書きました。
https://note.com/posicov/n/n4ae462f4b374

そんな時、Twitterで梨央と大輝の結婚式が見たいという投稿があり、そこから派生して、今回のお話を思いつきました。
みかんさん、まめいかさん。
ありがとうございます。
今回も、もちろん私の妄想であり、本編とは全く関係がありませんので、あしからずです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?