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ワタクシ流☆絵解き館その217 ヒンドゥー教の神クリシュナと、青木繁「わだつみのいろこの宮」

過去の記事、「ワタクシ流☆絵解き館その194《白馬賞》青木繁・幻の受賞作品へのアプローチ④⇒『唯須羅婆拘楼須那』」で、幻の絵のタイトル「唯須羅婆拘楼須那」の読みは、「ユー・スーラセーナ・クルシュナ」と解釈し、所在不明の絵は、インド神話の神ヴィシュヌの8番目の化身であるクリシュナを描いたと推測した。
そして、クルシュナ=一般的に通用しているのはクリシュナ ( 以下クリシュナで通す ) のイメージは、「わだつみのいろこの宮」の山幸彦を連想させると気づいたことを述べた。インド神話を白馬会のいくつもの出品作の題材に選ぶほど、インド神話にのめりこんでいたことが、そののちに描く「わだつみのいろこの宮」の発想、造形の、深い処での水脈となっているかもしれないと考えたわけだ。
今回は、青木が下に掲げた画像を見たということでなく、当時も今も変わらないクリシュナのイメージを、いくつかの画像をもとに、その連想に肉付けをしてみたい。

■  共通する要素1  ⭐ 樹下・秀麗な容貌・霊力

ヒンドゥー教の神々の中でも最も著名と言っていいクリシュナは、全知全能の祖神ヴィシュヌの10の化身の内、8番目の化身である。クリシュナがどのような様子で描かれるか、その特徴は、次のとうり。
① 横笛を携えた、まるで美少女にも見える秀麗な容貌の美青年
② 樹の中に現れ樹の下に立つ
③ そこにいる人をたちまち魅了、陶酔させる霊力を持つ

ただし、クリシュナの名の意味は、「黒」「濃青」であり、ゆえにその姿は黒みがちの肌で描かれる。これは、クリシュナ伝説の原型とみなされるのが、辺境の民ヤーダヴァ族の指導者だった人物で、それが神格化されたものとみなされていて、ヤーダヴァ族の肌の色を伝えるものと解釈されているようだ。   (Wikipedia他、ヒンドゥー教関連のガイドブックによる)

「クリシュナ像」 作者 B.K. Mitra 1965年 (Wikimedia Commons)より引用
「横笛を吹くクリシュナ」 The-Trustees-of-the-British-Museum蔵
青木繁「わだつみのいろこの宮」山幸彦部分 1907年 アーティゾン美術館蔵
「クリシュナ図金更紗掛布木綿」 蝋防染及び媒染模様染・印金 
18世紀インドで制作 東京国立博物館蔵 中央がクリシュナ
ガラス絵 「笛を吹く牛飼い(クリシュナ)」 作者不詳
19世紀後半~20世紀前半 福岡アジア美術館蔵
※白い肌で描かれているのが珍しい

上の要件を「わだつみのいろこの宮」の山幸彦に重ねてみると、次のような相関が見えて来る。
①「赤玉は緒さへ光れど白玉の 君が装ひし貴くありけり」と豊玉姫が歌に
  詠んだ、ひかり輝くような容姿
② カツラの樹の中に出現
③ 首にかけていた珠を口に含んで吐き出すと、侍女の差し出した瓶に吸い付
  いて離れなくなったという霊力を持ち、豊玉姫はたちまち恋情をかき立て
     られる

■  共通する要素2  ⭐最愛の、宿命の人の存在

クリシュナの伝説には、一人の主要な女性が登場する。ラーダーである。彼女は、祖神ヴィシュヌの妃ラクシュミーの化身とされる。クリシュナには最愛の、至高の存在だ。しかしラーダーはクリシュナ妃ではない。つまり二人の仲は、永遠の、宿命のロマンスとして位置づけられる。
クリシュナは、マトゥラー国の暴君カンサ王の悪政に苦しむ民衆の声を聞いたヴィシュヌ神が、カンサ王を倒すため化身した神である。その役目を果たし、カンサ王を倒すのだが、そのとき以降、ラーダーはクリシュナのそばから消え去ったとされる。
これは、海幸彦が地上に戻って兄海幸彦との戦いに勝つ出来事や、地上に来て一子ウガヤフキアエズノミコトを生んでだけで、豊玉姫が山幸彦の処から帰って再び会うことがなかった展開、また山幸彦は身まかるまで、豊玉姫を深く思い続けた結末までの構成に、類似しているように思えてくる。

インド ウダイプールにあるフレスコ画 「ラーダー(右)とクリシュナ(左)」14世紀
青木繁 「わだつみのいろこの宮」 油彩 重要文化財 1907年 アーティゾン美術館蔵

確かに言えることは、絵の題材にしたほどに、青木は古代インドの伝説を読みこみ、学んでいたことだ。当然ながら、重要でありポピュラーな説話に登場するクリシュナについては、その画像とともに彼の知識に収まっていたはずだ。
ヒンドゥー教の古典『バガヴッドギーター』や『リグヴェーダ』と、日本の古典『古事記』とが混然と融合して、天才青木繁の脳中に渦巻いていたことを思う。
                   令和4年12月    瀬戸風  凪


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