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モードと私とコンセプト〜コンセプトはじめました

このnote以降、ずっとコンセプトについて考えていた。

私が自問自答ファッションを知ったのは今年2月のこと。しばしの逡巡を経て、コンセプトを持ってみようと決心したのが4月。けれどコンセプトを決めるより先に、靴・バッグ・アクセサリーという自問自答的三種の神器を手に入れてしまった。

ただ、気になるキーワードは絞り込めていた。アクセサリーとバッグを買う頃にはこれらのキーワードを頭に浮かべて、そこから浮かび上がるイメージにモノを照らし合わせながら自問自答していた。

  • 「自由」:過去からの自由、正しさからの自由、べき・ねばからの自由、一度見つけた答えからの自由、肩の力が抜けた、地に足の着いた、風、青

  • 「余白」:余裕、余韻、美しさ、客観、現代舞踊、能、身体芸術、愛、白

  • 「心地よいズレ」:リズム、グルーヴ、遊び、音

  • 「自然」:鮮やかな緑、滴る水、流れ、諸行無常、光、艶、生きもの

バッグを買ってから、ちょうど1週間が経ったある日のこと。ふと、「人生を遊ぶ」というフレーズが思い浮かんだ。

ん? キーワード、これで全部回収できるんじゃない?

余白や余裕のことは遊びと呼ぶし、心地よいズレやグルーヴ、自然とか生命の躍動も遊びに通ずるものがある。さらに「人生を」遊ぶとくれば、軽やかで伸びやかで自由そのもののイメージ。

うん、いい。コンセプトの前半は、「人生を遊ぶ」で行こう。じゃあ、後半は? 人生を遊ぶ、誰?

この頃、唐突に「身体感覚を磨きたい」と思い始めていた。私は超絶運動音痴なのだけど、なぜか「身体感覚」という言葉が心にポンと浮かび上がるのだ。繰り返し、何度も。

それでとりあえず、スクワット100日チャレンジを開始した。トイレに立つついでにスクワットを20回、思い出したらやる。できたら〇日目とTwitterでカウント中。ちなみに100日達成したら、サンローランのデニムを試着しに行く予定だ。

試しにコンセプト後半に、何らかの「身体感覚を研ぎ澄ましたプロフェッショナル」を置いてみようか、と考えた。たとえば、現代舞踊家(10年以上前に舞台で見た勅使河原三郎さんのイメージ)。あるいは、能のシテ。はたまた、武道家。だけど、どれも今ひとつピンとこない。

私は別に、舞踊家になりたいとか能を舞いたいとは思っていない。学生時代に弓道はやっていたけれど、再開したい気持ちも今のところない。うーん、なんか、そういうことじゃないのかも。そこからは何も思いつかず、一旦、ペンディング。

***

ペンディングしている間に、超・びっくりの試着を経験した。

GW中、しばらくぶりの1日1人時間を得て、私はうきうきと新宿伊勢丹に向かった。目指していたヨウジヤマモトに入る勇気はどうしても持てなくて(全身ヨウジ固めの恰幅のいい男性客にびびった)、ちょっとだけ入りやすそうな雰囲気の Y's にえいっと飛び込んだ。人生初、モード系との遭遇だ。

同年代くらいの店員さんに挨拶して、ぐるり、と店内を回る。どの服にも、圧倒的な力がある。全ての服に強いエネルギーが漲っているようで、手を触れずに見ているだけでもドキドキした。こんなことは、初めてだった。

キレッキレのモードからカジュアル寄りまで、意外と幅広いラインナップにちょっと驚く。どれにしようか戸惑いつつ、とりあえず目についたブラックのロングシャツとパンツを試着することに。涼しげで艶のあるテロテロした素材で、きれいめちょいモードという感じの服だ。

8分丈ほどのパンツはスカートに見えるくらいのゆったりデザインで、ウエスト以外全く肌に触れるところがない。ラインも拾わないし、絶対的に涼しい。これ夏にいいかも、と思いながら今度はシャツに袖を通し、何気なく試着室の鏡を見た。そこで驚きのあまり、動きが止まった。


思いの外、長いこと止まっていたのかもしれない。店員さんから「いかがですか?」と声がかかり、慌てて残りのボタンを留めて、試着室から出た。

「似合うじゃないですか!」

してやったり、みたいな顔で店員さんが笑っている。「…そう、ですかね…?」と言いつつ、私は鏡の自分に釘付けだった。そこに映っていたのは、何の違和感もなくバッチバチの私。履いていたオレンジのソックスにGUCCIのローファーが、これまたばっちりハマっている。


……嘘。モード、着れてるじゃん。黒、似合ってるじゃん。


自分は黒に負けるタイプだと思っていたし、大して黒が好きなわけでもなかった。汚れても目立たないように黒いパンツ。きちんと感が必要だから黒のジャケット。今まで黒を選ぶ動機は、大概そういう機能的なものだった。

それなのに。

私が呆然とする一方、店員さんは完全にスイッチが入ったようで、試着室まで次から次へと新しい服を持ってきてくださった。

めくるめく、Y's ワールド。

接客は長時間に及んだ。今にも購入しそうな流れだったが、あまりに気が動転している。結局、最初に着た上下の品番だけ控えていただき、何度もお礼を伝えて退店した。その後、伊勢丹をくまなく巡っていろんなお店に入ったけれど、Y's で受けた衝撃の前に、どの服もかすんでしまうことに驚いた。

***

家に帰っても衝撃が消えなくて、しばらく落ち着かなかった。ついこないだGUCCIのクラシカルなラインを買ったばかりの私が、なんで今度はモードなのよ? っていうか、モードってそもそも何?

混乱するあまり何かヒントが欲しいなと思って、見つけたのがこの本。

大好きな哲学者、鷲田清一先生の初心者向けモード論。とっても面白く読み終えて、でもどこか咀嚼しきれなくて、その夜、私は散歩に出た。満月の夜だった。歩きながら、脳裏に次から次へと浮かんでくる文章の欠片を反芻していたら、ある単語が急にふっと浮上した。


「反逆者」。


えっ?

そんなこと、書いてあったっけ?


……まさかこれ、「人生を遊ぶ」の続き?


いやいやいやいや。

小さなころからずっと「優等生」だった(本意でもないが否定もできない)私が「反逆者」? まさか。突然降って湧いた言葉を、ひとり即座に否定した。だって、そんなわけないじゃない。


だけど、しばらく経って、思ったのだ。

…うん? 反逆者だったら、モード、着るんじゃないの?

だとしたら、Y's の衝撃にも納得がいく。


「人生を遊ぶ反逆者」、か。


抽象的ではあるけど、悪くはない、かもしれない。とりあえず仮コンセプトということにして、翌日から意識的に心の中で呟いてみることにした。そうしたら、驚くような化学反応が起きたのだ。しかもファッションではなく、仕事で。

***

今の会社に転職したのは、6年前のこと。

最初はそれなりに、ちゃんと仕事に向き合っていた。ある程度結果も出していたし、歳も歳だし、昇進も期待されていた。でも責任や拘束時間が増えるのが嫌で、のらりくらりと話をかわすうちに数年が経ち、妊娠が発覚した。

そして、2年前に育休から復帰。この2年、はっきり言って仕事は「流し」てきた。復帰直後の浦島太郎状態がうっすら今も続いている。リモート主体なのをいいことに、最低限の業務を淡々とこなすだけの日々。鉄壁の守りだ。

今の私、仕事、全然真剣にやってないな。

それは、演歌リングを買った時に気づかされたことだった。ジュエリーに命をかけている方々の生き様を前にして、人様からお金をいただく「仕事」というものに何の情熱も持っていない自分に気づき、猛烈に情けなくなった。

あの日以来、モヤモヤとした思いがくすぶり続けていた。それが「人生を遊ぶ反逆者」というコンセプトを与えられたことで、徐々に輪郭を持ち始め、私の中にやがて一つの人格のようなものが立ち上がった。

――ねえ。あんたは、このままでいいの?

私の「反逆者」が、低い声で囁く。

――今、あんたが仕事を舐めてんのと同じように、あんただって会社から舐められてんじゃないの?

そう、その通りだ。昨年の業績評価は、完全に中の中。昇進の話なんてとっくにどこかに消えてしまった。時短でゆるっと働く今の私には、誰も、何も期待していない。

――別にフルタイムに戻さなくても、働く時間が短くても、その時間をもっと濃くすることはできるでしょ? 逆に、短い時間でびっくりするような成果、出してみたら?

びっくりするような成果。それは、ちょっと面白いかもしれない。確かに今の勤務時間の中でだって、やれそうなことはまだ全然ある。

――いいこと思いついた。時短のままで、昇進してみたら?

えっ? いや、それはさすがに厳しくない? 万が一候補に入れたとしても、おじさんたちは眉を顰めるだろうし、真剣にフルタイムで働くママさんとか、いろんな人たちに失礼じゃない?

――ほら、すぐそうやって深刻になる。ほんとに昇進できるかどうかなんて、この際どうだっていいのよ。そういうつもりでやってみたら?ってこと。もしほんとにそんな人がいたら、面白いじゃない。

そっか。確かにさっき、面白いって思っちゃった。

――ね? だって、遊びなんだもん。人生なんてぜーんぶ、遊び。真剣だからって深刻にならなくていいのよ。

いいことおっしゃる。そうだ。ずーっと私、深刻じゃなくちゃ真剣じゃないって思ってた。でも、そんなことないね。まじめにふまじめ。かいけつゾロリ。ゾロリはちゃんとおしごとしてるもんね、とっても楽しく。


これ以降、仕事への取り組み方が変わった。

エンジニアの専門用語は事務方の私にはよくわからないから、とこっそりスルーしていた会議資料も、片っ端から用語を調べ、わからない部分は人に聞くようにした。そしたら、少しだけ意味がわかった。一つの話題が理解できれば、別の話題とある日突然つながって、急に物事が立体的に見えてくる。

業界の世界的な動向に、今現在の会社の状況。会社として、今後数年間で何を実現していくか。それらをあたかも会社のトップになったつもりで考えてみようとするだけで、見える景色がずいぶん変わることに気がついた。

今の仕事、すっごいつまんないと思ってたけど、視点を変えてみるだけで、実はけっこう面白いんじゃないの…?

自分がどんな成果を出すか、人からどう評価されるかは、今はとりあえずどうでもいい。視野が広がる感じが単純に面白いから、業務中はもっと真剣に仕事してみよう。そう思えたら、急に1日が充実してきた。

***

「反逆者」だなんて、最初はちょっと物騒すぎやしないかと思った。だけど、私が反逆する相手は、私を見くびる私自身なのだと思う。

私が手にしているものなんて、大したものじゃない。
今の私にできることなんて、せいぜいこのくらい。

そうやって自分のことを見くびって、それ以上何も考えようとしていないのは、他でもない私自身。そんな自分に「本当にそう? それでいいの?」と問いかける。それが、私の「反逆者」だ。

だけど、その問いは決して自分を追い詰めるものではなくて、私を豊かに、もっと幸せにしていくためのもの。だから、「人生を遊ぶ」ことを、いつだって忘れないように。

満月の夜に降ってきたコンセプトを掲げてみたら、ふわふわしていた自分の中に一本芯が通ったような気がする。これが、コンセプトの力か。いいね。


さてと。そろそろ Y's、迎えに行こうかな。


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