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2021.05 お酒

七時間の立ち仕事を終え、さてハイボールを飲もうと安物のボトルを開けたのだが、誤ってスマートフォンにストレートを飲ませてしまった。彼女は突然の事態に状況が飲み込めないような顔をして、しかし次第に焦点が合わなくなっていった。たったの一口で酔っ払ってしまったようだ。私は大変疲れていたので、こんな女を介抱するのは面倒であった。望んでもいないのに眠った彼女を米びつにぶち込み、やっと一人でハイボールを飲んだ。小癪にもカットレモンなんかを浮かべて。
一人きりで飲む酒の味を転がしながら、一人きりで飲む酒はやはり退屈だと思った。私はひどい主人なので、いつだって相手をしていてほしいのだ。思えば便器に突き落とした翌日も、彼女は健気に目を覚まし、もう四年そばにいる。
突き放されないから、私だって突き放さない。愛しているかと訊かれればうなづくけれど、彼女じゃなきゃいけないと言うこともない。他に乗り換えないのは金がかかるからだと言う言い訳が、言い訳とは言い切れないないことにも薄々気づいてはいるけれど、私はそれを言ってやらない。では彼女にとって私にどんな価値があると言うのだろうか。
翌朝、彼女は二日酔いを怒って見せたが、その仕草は甘やかであった。薄く痣を残した頬を撫でれば笑うので、まだそばにいてくれるらしい。私はほっと胸をなでおろした。

酩酊


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