正論はもう要りません.

こんにちは。
暑いですね、元気に過ごしておりますでしょうか。

皆さんは自分のこと、好きですか?
私はわりかしちゃんと嫌いです。笑

自尊心、という言葉があります。
自分を尊ぶ心、すなわち自分を優秀だと思う心や、プライドなどを指しますね。

この心は往々にして自らを救う、はずです。

ここぞという場面において、自らを奮い立たせる原動力となるのはこの力ですし、この自尊心こそが他者を惹きつける何よりの誘因になる場合も多くあります。(自意識過剰ではない、しかし自信のある人って結構人間的に惹かれませんか?)

しかしそれは、辛く、暗い影が心にある時、機能してはくれません。
それ自体が心の表層に現れてこないからです。

「私はなにもしてもうまくいかない」「自分ってダメダメだなぁ」とかいう感情が心を支配するわけですね。

そしてこれは、時に人を苛立たせるわけです。
うだうだしてる人を見ると、シャンとせい!!と言う人が多いでしょう。(表現が少し古いかもしれませんが)

この状況を俯瞰してみると、かなりの悪循環に陥る可能性が潜んでいます。

"自分が自分を認められない→他人も認めてくれない→自分って客観的に見てもできない人間なんだ→また自分で自分を承認できなくなる→…"
こんな具合に。

だから、正論は要らないのです。

確かに、ネガティヴな人間はうざいかもしれません。自分の自己評価が低い人はとっつきにくいかも知れません。

ネガティヴな人間だね、と片付けることは簡単です。

あなたを見てるとイライラするから。もうそんなこと言わないで。あなたにはあなたの良さがあるから。と言われても。

上には上がいます。私だけの良さがあるなら必ず評価されているはずだと、なぜ成功しない。評価されない。と考えるだけです。

「君には君の良さがあるよ!君にしかできないことがある!絶対誰かが見てくれてるから!」
確かに重要です。声をかけて、励ませることは。
しかし声をかけるタイミングには気を払うべきかと思うわけです。

「そんなこと俺に言ってどうすんの?イライラするから言わないで。」
なんて言葉はもっと最悪です。
確かに何も生み出しませんが、おそらくそれはあなたに助けを求めての発言ではないかと思います。HELPを求め、手を伸ばした手のひらを叩き払う行為と同じです。

だから、寄り添ってあげてください。
何も生み出しません。その時間は。しかしそれができる方は人間らしく生きている方に他なりません。そばにいてあげるだけでいいのです。

他人に寄り添うことは、何も偽善ではありません。
それすらも自分のためです。

他者に介入し、その人間の感情の振れ幅が自らの心にフィードバックするからです。
他者を助けるのは、皆自分本位です。
自らを幸せにするために、他者を助けてください。

皆さんが、寛大な心を持ち、皆が心豊かに暮らせるには人間の質が必要です。


なんてことをこの猛暑の昼下がりに考えていました。
みんなが幸せに暮らせる世の中になればいいですね。

それでは。


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