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トム・クルーズ沼にどっぷりハマった夏・・・

この夏、トム・クルーズ作品を1週間で7本観た。友人の言葉を借りると、「トムクルーズ沼にはまってしまったね」なわけである。彼女は「近づかないようにしてる」らしい。しかし、その警告は遅すぎた。あれよあれよという間に呑み込まれてしまったその沼には、しかし、どこまで行ってもトム・クルーズしかいなかった。

私がひねているせいか、昔からトム・クルーズ(以下、TC)の明るい笑顔が好きではなかった。アメリカを象徴するようなポジティブなエネルギーも苦手だった。

今でこそ、アドレナリン・ジャンキーの中年アクション・スーパースターになってしまったTCだが、初期にはドラマやサスペンスなど幅広い作品に出演している。
私が唯一、若い頃に観ておもしろかった気がするTC映画は、アクション・サスペンス・ドラマ「コラテラル」だった。コロナ禍のお盆、蒸し暑すぎてどこにもいく気になれず、ネフリを開くと、なぜか「コラテラル」が目に入った。そしてなんとはなしに、何十年かぶりに観てみたのだ。

ハマった。文句なくおもしろい。こんなにおもしろかったっけ?TCの映画って。虚無的な殺し屋のTCもさることながら、観客が感情移入するのはもちろんジェイミー・フォックス演じる、しがないタクシー運転手である。その2人の化学反応が完璧だ。ツイストが効いていて最後まで一気に見せるドライブ感。

気がつくと私はずぶずぶとTC沼に引き込まれ、「エージェント」、「レインマン」、「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」、「ファーム」、「バリーシール」、「アイズ・ワイド・シャット」、そして最後のトドメに劇場公開中の大ヒット作「トップガン・マーヴェリック」まで鑑賞してしまったのだ。1週間で同じ俳優の映画をこんなに観たのは初めてかもしれない、しかも何の興味もなかった、どちらかというと軽く見ていたTC作品を。

もちろん、無類の映画好きの私は、TC作品といえども、そのほとんどを若い頃に観ていた。けれど、改めて初期の作品を見ると、その一部だけでもキューブリック、スコセッシ、スピルバーグ、シドニー・ポラック、マイケル・マン、ダスティン・ホフマン、ポール・ニューマン、その他、実に錚々たる監督陣、俳優陣と仕事をしているのだと再確認する。しかも、TCは、野心的な若者からニヒリスティックな殺し屋、上流階級の医者までさまざまなキャラクターを演じている。

TC沼にハマるということは、TCの映画だけではなく、インタビューやメイキングといった付属的映像をYoutubeで見まくることを意味する。
アクターズ・ステュディオの昔のインタビューで、TCは、撮影前には何ヶ月もその役を研究し準備し、役になりきる、と熱く語っている。撮影時には、その周到な準備をしてなりきった役のまま、現場で自然に出てくるリアクションやセリフ(もちろん脚本があるが、そのセリフ回し)に任せて、演技をするというよりは、その役を生きているのだと。
確かにどの役も、一流の演技である。ハリウッドの役者はスーパースターであろうが無名であろうが、基本的にみんな演技が一定レベルの技術に達していて、日本のようにタレント上がりの素人役者がのうのうと仕事をできる、そういう環境ではない。だからもちろん、TCといえども演技は上手いのだ。
でも、TCが走っていて、TCが喋っている、どうしてもその「TC感」を拭い去れない。だからどんな映画を見ても、TCを見た、という感じが残るのだ。いわゆる「役者」ではなくて、「スター」と言われる俳優にはその感じがつきまとう。ディカプリオを見れば、ああ、ディカプリオがこの役、あの役を演じている、という印象をどうしても拭えない。ブラピも同じ、ジョニデもがんばっているけれども、どうしてもジョニデでしかなくなってしまう。しかし、その中でもTCはひときわTC感が立っている。

きっとTCにも、撮影と撮影との間には、あるいは1日の仕事の後には、彼なりの私生活があるのだろうが、あれだけ毎年何かしら作品を撮り続けているのであれば、数ヶ月かける役作りや、今では自分でこなすスタントの訓練にかける時間の方が長い人生ではないだろうか?そういう意味で、トム・クルーズという人間の人生は、いつも映画製作の興奮を生きている人生で、おそらくその映画への情熱のせいで、彼の出演作は、どれだけキャラクターになりきっていたとしてもTC感が半端ないのだ。画面から放出されるその圧倒的な熱量。それはブラピやジョニデの比ではない、TCの映画への愛と情熱がビシバシ伝わってくるのだ。

だからトム・クルーズは別格であり、サイエントロジーという怪しげな宗教団体の看板になっていてもなお、映画を1年に1本しか観ない人にも、世界の果ての小さな国の人々にもその名を知られ、還暦にしてスタントなしのアクションをこなす驚くべき俳優であり、世界中でとんでもない興収をあげている、絶大な人気を誇るスーパースターなのだ。

TC的なものに常に冷笑的だった私が、この年になってTC沼にハマったのはなぜだろう?
トム・クルーズの映画にかける情熱。それがあまりにも直球だから、若い頃には斜めに見るしかなかった。30年後の今は、感動しかない。


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