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小石の誓い

【あらすじ】

初夏の朝の公園での出来事。
バイト上がりの青年がふと立ち寄った公園でどこか懐かしい出立ちの少年と出会った。
少年に近づいてみるとある「作業」をしていた。
ひょんなことから二人はある「作業」をひたすら続けることになる。

青年は、少年の夏休みの課題だというその作業で思わぬ事実を知ることになる。


小石の誓い

1
「あー。また今日もやっちまった。」

疲れと眠気で縮こまった体を元に戻そうとして伸びをすると、朝焼けの光が徹夜明けの目を潰す勢いで飛び込んできたから、思わず僕は、手で顔を覆った。

そのまま後ろにひっくり返るくらい頭を後ろに倒した。
首も痛いな。疲れたまってるなぁなどと自分を分析しながらしばらく昨日のヤラカシを振り返っていた。

これで何回めだろう。バイトクビ決定は。
自分のことはわかっているようで分かっていない。
ヤラカシた後は、いつも思う。そうなんだよ、あそこでガマンすれば過ぎていくのにってめちゃくちゃ反省する。
でも、自分のやった行動にじゃなくバイトクビにならないようにするには、どうやれば良かったかって事のために反省する。
何もせずに見て見ぬ振りとかすればいいんだろうけど、自分で言うのもなんなんだが、その見て見ぬ振りって事が出来ない、正義感がかなりあるタイプ。
まして、バイト仲間がすぐ横で嫌な目にあっていてなんも言わないとかありえんっしょ。ありえなくない?ありえるのかな?
自分守るためにそんなことする奴いるんだろうけど、僕は出来なかった。

僕は週6でバイトをしていて、まあ、いわゆるフリーター。バイト は、今どき流行らないレンタルビデオ屋と、夜の花屋の掛け持ちをしている。レンタルビデオの方は半年前から始めていて、やっと慣れてきたかな程度だったから、ヤラカシてしまう確率は高かったと分析していた。 花屋の方は、なかなか長く続いていてかれこれ三年になる。

昨日のヤツは、クビでも悔いは残らないんだと言い聞かせながら、でもまたバイト探さないとな、などとグルグル考えながら何気に横を見た。

「何やってんだろう。」

立ち止まったとこは、小さな公園で、そういえば昔遊んでいたような記憶がある。
葉をいっぱいつけた桜の大きな木があり、その他にも、中くらいの広葉樹が生えているせいか、夏の日差しがたくさんの木立ちの間から少しずつ差し込んでいて、普通は朝からむっとするのに、その公園だけ温度が違うように見えた。

そこに、一人の少年がいた。
こんな朝っぱらから何しているんだろう?
少年は、ランニング姿でどことなくひと昔まえの子どものような雰囲気をしていて、手にはスコップと折れた木の枝を持って、しゃがんで何かしていた。
僕は、涼しげな公園のベンチで休憩をするフリをして、少年を近くで見たくなった。
実際、座りたかったし、 まだ、家に帰りたくなかったのもあって怪しまれないように公園に入っていった。ちょうど他にも、早朝の日課だと思える体操をしているおじいさんもいたから、怪しまれずにベンチに行くことができた。
最近は、誘拐だの変質者だの僕らくらいの世代は、怪しまれがちだから、そんな風に感じられないように腕を回しながら、さもランニングして来たように振る舞ってベンチに座りに行った。

しばらくベンチにもたれかかって、何気なく少年の行動を見ていた。

少年は、持ってる木の枝で土の地面に線を書いていた。自分を囲むように、前、横、後ろ、横と自分を中心に一周するように四角くく線を書いていた。その次に少年は、右手に持ったスコップでその四角いエリアを掘り始めた。


2

よく見たら50センチ四方くらいの四角が、いくつも並んでいて掘り返した後なんだろう、そこだけ土の色が深くなっていた。
それは公園の入り口から横にずっと続いていて少年がベンチの横で「作業」を始めたから、丁度良かった。

「何してるの?」ベンチの横にいる少年に我慢できずに尋ねてしまった。

「え!ああ。宝さがし。」
少年は、手を止めることなく返してきた。
「キミ、何年生?」
「5年。」

これ以上聞きにくいくらい一心に掘り返していたから僕は、しばらく見物することにした。
どうも、20センチくらいの深さまで掘り返して、何もなかったら埋めて、その隣をまた枝で線引きしてスコップで掘って埋めてという「作業」をしているようだ。
見渡すとかなり向こうから土の色が変わっているから何日も彼は、続けているんだろう。そうか、ちょうど今は夏休みだから朝っぱらからこんなことやれるのか。

宝さがしとか言っていたけど宝物ってなんだろう。
見ていてますます疑問が湧いてきた。知りたい。どうしても知りたい。なんでこんな事やっているのか?キッカケは?宝物ってなんなんだ?

公園の木々の間から、夏の朝のまだ柔らかい日差しが、一生懸命「作業」をしている少年の肩に射し込んでいて、汗がキラキラとラメのように輝いて見えた。なんだか特別な腕のように見えて、おかしかった。

それにしても、自分で書いた四角い決まった広さの「そこ」に執着してるとか、いつか読んだ漫画に似ている。自分で引いた白線の上しか歩かない、いや、歩けないヤツ。それを思い出して笑いそうになった。

その気配を感じたのか、少年は一瞬顔を上げて僕を見た。大きな丸い目をした、端正な顔立ちをしていて、「キリリとした」という表現がぴったりの顔だった。


3


 「お兄さん、いくつ?」
「あ、え!23。」
「へー。ニート?」
「おー?そんな風に見える?一応働いてるから、ま、フリーターかな。」
「へー、そう。ぼくが気になるんでしょう。」
「あ、あ、うん。」

少年から話しかけてきたので、内心は、「よし。これで色々聞ける。」とガッツポーズものだったが悟られないように、両腕をベンチに広げてもたれ掛けて首を回したり、空を見上げたりしていた。

「なんでこんなことやってるか聞きたいんでしょ。」

またまたヒット!ズバリ真髄を自分から切り出してくれた。

「えーと。そう、そうなんだ。なんでそんなことやってるの?なんか意味あるの?」

少年はまた、掘り始めて少し面倒くさそうにスコップで石をはね飛ばしながら話し出した。

「今夏休みでしょう。だから、夏休みの思い出、暇つぶし。」

冷めた感じの物の言い方するんだなぁと思いながら、また質問してみた。

「なんでこれをしようと思ったの?」

「あー、えーっと。これは、ずっと前なにかのテレビで、タイムカプセルを埋めた場所がわからないから、一緒に探してください。みたいなのをやっていて、記憶を頼りにあちこち掘り返していたら見つかって、お菓子のカンカンだったんだけどね。
その中身がかなり面白かったんだ。
だから、もしかしたらこんなとこにも、誰かが埋めてるかもしれないかなって思って、いつかやってみようってずーっと考えてて、だから夏休み始めたわけなんだ。」

キリリとした目鼻立ちが、意志の強さを感じさせ、この子なら見つけ出すんじゃないかと思わせる、そんな少年の喋り方だった。

「君、名前は?僕は、イトウ。」
「キヨシ。みんなキヨぽんって言うよ。」

「作業」を始めながら答えてくれたから、暫くは黙って見ていようと思ったが、手伝うべきか見ているべきかふと思ってしまった。

「ねえ。キヨぽん。手伝おうか?」断られるのを覚悟で言ってみたら、キリリの顔が急に柔らかい笑顔になって返ってきたからドキッとした。

なんかこの感じは、どこかで味わったようなどこか懐かしい、そんな彼の笑顔だった。



4

 あの冷めた口調から断られるかと思ったから、少し驚いたが、ある程度まで一緒に居ようと思って、これからのスケジュールを頭の中でザーッと確かめて、問題ないようなので、ベンチからキヨぽんの向かい側へ移動した。
一緒に同じことしていたら、まだまだいろいろ答えてくれそうだからと、打算的な感じで「作業」を手伝うことにした。

「あ、ちょっと待ってて。」

キヨぽんは、そこから奥の木の下に置いてあるリュックまで走って行き、何やら持ってきた。

「これ使ってよ。もう一人のやつが来るって言ったから用意していたんだ。でも、やっぱり来ないみたいだからさ。」

手渡されたのは、オレンジ色のスコップだった。
どうも、友達とこの夏休みの一大プロジェクトとして話が、盛り上がってたみたいだが、この年の男子あるあるネタで、「やっぱりだり〜から辞める〜。」とかになってしまったんだろう。

「そいつ、今日は、おばあちゃんの所へ行くって言ってたから。」

ホントなのか口実なのか。まあ、あまりキヨぽんは、気にしてないみたいだったし、僕が代わりに手伝うことに、もうシフトチェンジしてるみたいだったので、掘り方がリズミカルなキヨぽんを見て、僕も子どもに返ったようにして掘り始めた。

何年ぶりだろう、土に触れたのは、自然のものはやっぱり感触がいい。
まだ、太陽の光が届いてないからか、夜の湿気が残っていて触ると冷んやりする。
少し掘るとその冷んやりに湿り気が、増してきて土が重く感じた。

僕はキヨぽんの真似をして四角いエリアの隅から、左官が壁を塗るように左右を何回か往復して横に掘っていった。

湿り気のある黒い土が現れて、久しぶりに深い土の匂いを嗅いだ。小さい頃味わったこの感覚を、忘れていたこの感覚を、こんな形で思い出すとは、思いもよらなかったけど、なんかやっぱりいい。

今の自分は、何も感じることなくただ決められた事を淡々とこなして、クタクタになって眠りにつく、そんな毎日だったから、今の感じがすごく気持ちいい。子どもの時は、こんな毎日だったんだろうなぁ。

「ねえ。イトーくん。」
イトーくんって!
呼ばれてちょっとムカついたけど大人対応で応えた。
「何?キヨぽん。」
「イトーくんは、忘れている事とかないの?大人になっていくうちに、忘れてしまった事とかないの?」

キヨぽんの唐突な質問に、手を止めて顔をゆっくり上げると、生い茂った木々の葉が、光を浴びて一枚一枚透けていて、濃い緑の葉脈が見えるのを眺めながら、しばらく考えてみた。

「うんー。ない、かな?忘れている事に気づけばそれは、忘れた事にならないんじゃない?
だから、忘れている事っていうのは、分からない事で気づかない事、だから今は、ないかな。もしかしたらあるのかもしれないけどね。」
「へー。大人ってすごく大事なこともだんだん忘れてしまうのかな。タイムカプセルの場所も忘れるくらいだから。」
「ああ。テレビで見たやつね。」
「うん。そう。あ、でも僕も宿題いつも忘れるから、同じようなもんかな?」
「うんー。ちょっと違うような気もするけど。まぁ、そういう事で。」

僕は、面倒くさくなって話を流しながら作業に戻った。忘れている事があるのかもしれないけど、夜勤明けの頭では深く考えたくなかったので、次のエリアを決めて、堀り出し始めた。キヨぽんも僕の隣にエリアを決めてまた「作業」に戻りだした。
まだまだ日差しは柔らかく、時折り吹く風がスーッと汗を引かせていくのが気持ちよかった。

5

 しばらく二人とも無言で「作業」していたが、3つエリアを終わらせようとした時だった。

「んん?何だ?なんか、カチって言ったような。」
僕が決めたエリアの真ん中ほどを掘り出していたら、何か硬いものに当った。
「えーーーっ。ウソーーん。」
何かがあるのかもと思い、スコップを持つ手に力が入った。
キヨぽんという少年の不思議な行動に興味が湧いて、ただしばらく付き合うだけの軽いつもりだったのに、こんな事になるなんて、もしかしたら当てた⁈
宝物探し出した⁈

「イトーくん。見つけたの?すげー。僕、三日前からやってて、もう辞めようかなって思ってたのに、すげー。宝物かな?」

キヨぽんのキリリ顔が、一層引き締まっていて、子どもの顔ってほんと表情に気持ちのまんま現れるんだなぁとキラキラした目を見て思った。

掘り進めていくとだんだんソレが現れてきた。四角い角が見えて、どうもカンカンのようで昔よく食べたアレのように見えてきた。
ウソだろ!こんな事あるのかよ!
タイムカプセルなのかな?誰かが、埋めたヤツなのかな?
ますます掘るスピードを増していると、キヨぽんは、しゃがみこんで自分の膝をグーで叩きながら、ワクワク感満載の仕草で僕の作業を見つめていた。

「あ、やっぱりアレじゃん。サクマのドロップ!」
「すげー!すげー!イトーくん、すげー!」
キヨぽんは、立ち上がって胸の前で両手をグーのまんまブルブル震わせて喜んでいて、時々膝を上げたり、海老反りになったり、くるくる回ったり、まるでムエイタイのボクサーのような踊りをしていた。それは、宝物が現れた喜びの儀式のようだった。

サクマのドロップ缶は、長い時間土に埋まっていたせいで、錆だらけで、あのカラフルなドロップの色が、かすかにわかるくらいになっていた。あの丸い蓋にも錆が付いていて開けにくくなっているが、キヨぽんに見せてやりたいし、むしろ自分の方が見たくてたまらなくなっていた。

「あ!出た!」
キヨぽんは、踊りをやめて僕の前にしゃがみ込み、次の作業を食い入るように見つめていた。

二人して耳を近づけて、土の中から出てきたサクマのドロップ缶を振ってみると、かすかに音がしたので何度も振り、宝物が入っているといいう期待を膨らませていった。
まるで、福引で一等を当てた時の、ガランガランのあの鐘のように思え、何度も何度も、代わり番こに鳴らしていた。

「キヨぽん、中を見ようか?」
「うん。見たい!見たい!」
「ちょっと待ってて、水道で泥とか洗ってくるから。」
「わかった。イトーくん、ありがとね。まさか今日ホントに見つかるなんて、信じられなかったけど、ホントにありがとね。」

歩き出した僕に、キヨぽんの声が背中から聞こえて来て、すごく耳に残る声に振り返らずに手を振って応えた。


6

 何が入っているんだろう。
もう、キヨぽんの思いつきじゃなく僕は、自分の思いつきで始めた「作業」のような気になって、すごい達成感で興奮していた。
水道の蛇口をひねり、細く水を出しながら丁寧にサクマのドロップ缶を洗い流していった。
蓋の部分は、あまり濡らさないように気をつけてゆっくり洗いながら、誰が埋めたかわからないこの缶を労うために「オツカレサマ。」とついつい一言呟いていた自分がおかしくなった。

ある程度泥を洗い流し、ポケットの中から十円玉を出して、ドロップ缶の蓋の部分の錆を落としながら、なんとか開けようとしてみた。少しずつ錆がくずれていって蓋が、動き出したので最後の仕上げは、キヨぽんの目の前で一緒に見届けて、中身を取り出そうと思い戻る事にした。

歩きながらまだまだ十円玉を動かし、キヨぽんのいる所に戻ってみると、アレ?キヨぽんがいない。
キョロキョロと辺りを見回してみたけど、どこにもキヨぽんがいない。

「おーい。キヨぽん。どこ?もうすぐ開くよ。どこにいるのぉ?」

その時、蓋がポンと開いた。次の瞬間、辺りの蝉の声が、やたら大きく響いて周りの風景がグルグル回りだした。



ブルブルと後ろポケットの携帯の振動で目が覚めた。どれくらい眠っていたのだろう。
太陽の日差しは、重なる葉のすき間からいつもの焼け付くような光になっていた。

「夢だったのかな?」
相変わらず震えてる携帯を取り出してみると、昔からの友達のナカシマだった。
「もしもし、おい、聞いたか?イトウ。」
「何だよ。ナカシマ、朝から慌てて。」
「お前、覚えてるか?昔、三人でよく遊んだ、ほら、キヨちゃん………。」

「キヨちゃん?」

ナカシマが電話の向こうから発した「キヨちゃん」の名前を聞いた途端、頭の中が真っ白になり、スクリーンが現れて、スライドみたいに次から次へとキヨちゃんが、そしてキヨちゃんと僕たちが現れてきた。

「ああ!キヨちゃん。そうか、キヨぽんは、あれはキヨちゃんだったのか⁈」

思わず立ち上がった時に何かがカランと鳴ったので下を見ると、足元にサクマのドロップ缶が転がっていて、中からビニールに包まれた何かが見えていた。

えーえ!やっぱりあれは夢じゃなかったのか?

ビニールを取り出すと中から小さな石が三つ入っていた。
そして包んであった紙を広げて見ると、そこに書いてあったモノにキヨぽんのあの質問が、蘇ってきて、胸が震えるくらい衝撃を感じた。

忘れていた。思い出しもしなかったコトバだった。


 相変わらずうるさいほど響き渡る蝉の声で、頭の細胞が刺激されたのか、この石を入れた時の感覚と、二人の顔が蘇ってきた。

ある夏の日の、そうだ、この公園だったのか。

僕たち三人は小学校の一年のときからの仲間で、あ、正確には、僕とナカシマは、一年からで途中キヨちゃんが転校してきたんだった。

大きな目の都会から越して来たキヨちゃんは、僕とナカシマには興味津々の対象で、来たその日からすぐに話して友達になったんだっけ。

キヨちゃんは、いろいろ詳しくて、ただ走り回ったりジャレあったりしていた僕たちに、色んな遊びや物事を教えてくれた。
毎日、学校帰りにこの公園に寄って、キヨちゃんを挟んで三人でベンチに座り、キヨちゃんが持って来た本や図鑑を食い入る様に見ながら話を聞いていた。

家に帰ってもすぐに飛び出してこの公園で待ち合わせして面白い遊びを次から次に考えるキヨちゃんと日が落ちるまで遊んでいたのを思い出した。

そんなキラキラした毎日を過ごしていたある日、それは夏休みに入って暫くしてからだった。

いつもの感じでナカシマと二人でジャレながら公園で待ち合わせていたキヨちゃんの所に行くと、いつも笑顔で迎えてくれるキヨちゃんが、真面目な顔してベンチに座っていた。

只ならぬ様子を感じて僕たちは、キヨちゃんの所に走っていき、どうしたのか尋ねたのだった。

キヨちゃんは、ため息を大きくつくと下を向いて話し出した。

「もう、遊べない。……なきゃいけなくなった。ごめん。」

途中から泣き声になっていてよくわからなかったが、キヨちゃんの一大事というのはわかったのでとにかく「大丈夫だよ、大丈夫だよ。」とキヨちゃんをなだめていた。

落ち着いてきたキヨちゃんは、僕たちにこう言ったんだ。

「三人でタイムカプセル作ろう。友情の証しに作って埋めよう。また会える日が来るから、そん時みんなで掘り出そうよ。」

僕とナカシマは、たぶん半分くらいしかキヨちゃんの言葉を理解してなかったと思うが、いつものキヨちゃんの面白い遊びの提案と思った。

「いいねぇ。いいねぇ。」
「やろう。何入れる?タイムカプセルは、何にする?」
「これ、持って来たんだ。」

キヨちゃんが手提げから取り出したのは、お馴染みのサクマのドロップ缶だった。カラフルなドロップが書かれたピカピカの缶と紙とマジック。

「コレに将来の夢を書いてさ、缶の中に入れて、土の中に埋めよう。大きくなってさ、三人がまた会った時に、夢が叶ってるか、確かめようよ。ねぇ、面白いだろう?」
泣き顔だったキヨちゃんがいつもの笑顔になり、僕たちは、キヨちゃんから紙とマジックを受け取ってお互い離れた場所に行き、考えていたのを思い出した。

僕は、ちょうどあの木、キヨぽんがリュックを取りに行ったあの木の場所でコレを書いたのだ。
お互い見ないように書いた紙をたたんで持ち寄った。誰が言い出したかわからないが、何故か小石を拾い、「よし、この石に誓おう。絶対夢を叶えるって。そして、絶対三人でタイムカプセルを掘り出そう。」って盛り上がりながら石と一緒に缶に入れて埋めた。

それから暫くそれぞれの家の都合で集まることができず、二学期が始まるその日にわかったのだった。

キヨちゃんが遠くに引っ越してしまったことを。

7

 ドロップ缶の中のコトバ、それは、子どもの時に三人で誓った将来の夢だった。
汚い字で、でも強い字で、『漫画家か作家になる』これは僕の夢だった。キヨちゃんは、『警察官になりたい』ナカシマは『パン屋になりたい』
ナカシマらしいな、しかも叶えてるし。ナカシマのふっくらした顔がチラついておかしかった。
手に持っている紙を見ながら、さっきまでの出来事を不思議に思わなくなってきていた僕だった。

興奮してまだ話しているナカシマの言葉を聞いて、体から汗が引いていった。

「シンダッテヨ。」


キヨちゃんが、シンダ!

キヨちゃんの顔とキヨぽんの笑顔が、一気に重なって見えた。あの時感じたどこか懐かしい感じ。キヨぽんは、いやキヨちゃんは、最後に僕に会いに来てくれたのだろうか?
何か伝えたかったのだろうか?

中島の話しによるとキヨちゃんは、あの時の夢を叶えて、今年から警官になったらしい。
昨日は、非番の日で飲みに行っていて、酔ったサラリーマンが若い奴らに絡まれているのを止めに入って、巻き込まれたらしい。警官だからほっておけなかったらしい。

いろんな感情と涙が、壊れた蛇口のようにダラダラ流れてきた。
喉の奥から吐き出しきれない大きなモノが次から次にこみ上げて来て吐き気がした。

哀しみや、怒りや悔しさよりも、だんだんと情けなさが、今の自分の情けなさが、強くなってきた。
あの時、この石に誓ったことを守れなかったのは、僕だけじゃないか!
二人ともちゃんと叶えてるじゃないか!何やってんだ、僕は!

照りつけはじめた太陽の日射しで、公園の空気が一気に変わり、むっとする湿気と空気に息苦しくなってきた。辺りには、溢れんばかりな蝉の声が響き渡っていた。

僕は、ベンチになだれ込むように腰を落とし、握った手を広げて、手の中にある三つの石ころを、ただ見つめる事しか出来なかった。


おわり

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

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