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Silver Story #59

戻ったのは、お母様の家ではなくユキさんの家だった。ユキさんとサリナちゃんが日本に行く準備をしていたのでそちらの方に向かった。
当然だが、お母様もユキさんの手伝いでこちらに来ていた。

全ては ここから、この家から始まったのだ。

バリの家具職人のユキさんが作った調度品の数々は、本当に美しく居心地の良いものばかりなので私も日本に欲しいくらいだった。初めて来た時にお世話になったカウチは、とても愛着が湧いてしまって、ゆっくりゆっくり端から触ってその滑らかさや、しなやかさをもう一度確かめていた。

「サヤ、ココニ スワッタ。サヤ、アシ 。OK?」

「サリナちゃん。サヤ、ココ、スキ。アシ。OK!」

二人で顔を見合わせて互いの両手を合わせて挨拶する作法をして笑った。

明日は日本だよ。サリナちゃん。

どんな風に思うだろう。
初めて訪れる国、日本を。
どんな風に会うのだろう。
初めて会う本当のおじいちゃんと。

どんな国のどんな人との出会いよりも三人の出会いの瞬間が一番ワクワクする。一番撮りたくなる。

バリに残るお母様に、絶対に見せてあげたいから、その責任は重大だ。
こないだ大使館に行った後ホテルに寄って預けていた荷物も引き上げてきたら、カメラも、バッチリ揃ってる。
本当に私の腕の見せ所だな。
泣かないようにしないといけない。プロ意識をグッと出してその瞬間に立ち会おうと思う。

その夜は、本当にバリ最後の夜とは思えないくらい普通に、ゆっくり流れていった。

ただお母様がもう一度光一さんの写真が見たいというので、私のカメラの中の何枚かを見せてあげた。

光一さんを見る目が少女のようにキラキラするお母様を最後に見ることができて、私もユキさんもとても嬉しかった。
時々サリナちゃんに見せてバリ語で説明していたが私には理解できず雰囲気だけ見ていた。

本当はお母様こそ光一さんに会わせてあげたいのだけれども。
いつかお母様もその日が来ると私は信じている。

もうすっかりこの湿気と暑さに慣れてしまった私は、実は、前世がこの国にいたのかもと思うくらい馴染んでいたので、本当に離れるのが名残惜しいくてたまらなくて急に胸に迫るものが溢れて涙が出てきた。

「沙耶、また来てください。
また、必ず戻って来てください。」

お母様は、私の両手を包み込むようにして何度も強く握ってくれた。何度も、何度も握ってくれた。

涙がますます溢れてきた。うなづくことしかできなかった。

ユキさんとサリナちゃんは、明日に備えて早く寝てしまったので今この時間は、私だけのお母様だった。本当のお母さんのように愛おしくて、暖かい気持ちになった。

出会えてよかった。
巡り会えてよかった。
心の底からそう思った。

#小説 #バリの話 #あるカメラマンの話

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