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Coffee Story

【あらすじ】

 ショッピングモール二階の角にあるガラス張りの喫茶店『カフェRe-Q』。そこに訪れる常連客と店員の話。『カフェRe-Q』に勤める店員が、常連客のいつも頼むそのドリンクとそれを注ぐ特別なカップから、客たちにニックネームをつけている.。四人の常連客の話から成っていてエピソード1から4まで一話毎にまず店員が客の頼むメニューと使うカップにまつわる話をし、付けたニックネームについて語る。
その後に常連客が本人目線で話を展開していく。
物語の主人公はそれぞれのエピソードに出てくる常連客で店員は、ストーリーテラーで話をつないでいると思いきや本当は、、、、!


Coffee Story

通りに面したそこは、上から下まで大きなガラスで作られているので午前中は、キラキラとしていて眩しいくらいだ。半分シールドを降ろさないと晴れた日は、焼けこげるほど暑くなる。結構大通りに面しているのに、お客もちらほらでかなりゆったりできる場所。わたしが働いている喫茶店で、名前は『カフェReーQ』。

歩道橋を渡り切った所から入れるショッピングモールの入り口にあり、素通りする客も多いが、月曜日のランチはけっこう忙しくてそれなりに常連も付いていた。
月曜日がなぜ忙しいかというと、土日に学校や会社が休みな家族の世話に疲れた主婦が、命の洗濯(笑)をしにやって来るからだった。

歩道橋を渡り切った所から入れるショッピングモールの入り口にあり、素通りする客も多いが、月曜日のランチはけっこう忙しくてそれなりに常連も付いていた。
月曜日がなぜ忙しいかというと、土日に学校や会社が休みな家族の世話に疲れた主婦が、命の洗濯(笑)をしにやって来るからだった。

一人だけなら朝昼一緒で良くて、なんならカップ麺だけでも良いわけだからその2日間の仕事量はかなりのものだ。

 月曜日にみんながいなくなり、やっとゆっくりいつもの自分ペースに戻れる儀式、2日間のダメージに対するご褒美として、この『カフェRe-Q』にランチをしにくる。
 そんな主婦たちで席が埋まるのだった。たぶん彼女たちはナントカ会と名前をつけてその時間を楽しんでいる。子供たちの下校の時間までの間に彼女たちは命の洗濯(笑)をやっているのだ。彼女たちの口コミかだんだんと参加する人数が増えてきているようだった。

わたしが働いているのは、だいたい月曜日からの6日間で朝の開店からバイトの学生と交代する4時までの間で一人でやっている。たまにオーナーがやってきて、在庫管理や業者対応をしているが大抵は一人でこなしている楽な職場だ。

 オーナーは、とても優しくて会えば絶対「あ、いい人だ。」と誰でもわかるくらいの人だった。
勤務条件もゆるくて、大して高くお給料をあげられないからということで、いつでもなんでも飲んで良くそして昼のまかない付き。

 特にオーナー特製のカレーが絶品でバイト仲間で流行りだした焼きカレーは店のメニューになったくらいだ。
 グラタン皿にいれたカレーの上にウインナーとブロッコリーを壁を作るように端に丸く並べて空いた真ん中に卵を落としその上からとろけるチーズをたくさんのせる。1度レンジで温めてからオーブントースターで焼く。チーズが少し焦げて卵が半透明になる感じで取り出す。
 なんでも横浜の海軍カレーのレシピらしくルーは、聞いたことのないメーカーのカレールーだった。
そのレシピは、誰でも作れるように、厨房の壁に大きく貼り付けてあって新人のバイトに先輩がつきっきりで教えて代々作らせていくのだった。

普通のカレーにはまずない、昆布茶や、醤油まで隠し味に入っていた。いつかメモって家でも作ろうと思うがなかなか実現していない。
月曜日のママさんたちの集まりに定番の焼きカレーセット。ドリンク付きで750円。
だから月曜日は、カレーの減りが早かった。

 わたしはこのカレー作りがわりと気に入っていていつも冷蔵庫の中のストックを気にしては、カレー作りを率先してやっていた。

 有線放送から流れるBeatlesナンバーを聞きながら、キラキラした店の中を横顔で感じながら開店の作業を始めていた。

今日もわたしの『カフェRe-Q』の1日が始まる。
朝一番に入れたコーヒーマシーンから漂うコーヒーの香りを思いっきり吸い込んで、カフェモードにチャージをして。

エピソード1【アメリカン】
WEDGWOOD
     『サムライ 』


入れたてのコーヒーの香りはとてもいい。何かの番組でやっていたが、コーヒーの香りを嗅ぐと、α波が出るらしく脳にα波が出れば出るほどリラックスしている状態だと学者が言っていた。
朝からコーヒーの香りを嗅いでいるわたしは、1日中リラックスしながら仕事をしていることになるが、実際はカレーや、ホットドッグ、禁煙ではないからタバコの煙などあらゆる香りに包まれているから脳の方もきっとめまぐるしく活動していることだろう。

1日の中で唯一ホッとする時間がある。ランチを過ぎて食べ終わった客もおしゃべりに夢中で、動かずにまったりとこのカフェを楽しんでいる時間。陽の光もいい感じに入り込んでだんだんと盛りを過ぎ斜めに差し込むころだ。

コーヒーを入れなおしコーヒーアロマを楽しんでいると彼は訪れて来た。
いわゆる常連さん。
私は、勝手に 『ゴルゴ』とその人のことを呼んでいた。
『ゴルゴ13 』。ありがちだが、眉毛が太く厳しめの目つきでデューク東郷に似ているからだ。
ゴルゴが来るのは、だいたいこの時間で、小脇に挟んだ漫画を読むためにアメリカンを頼んで、決まって入り口近くの二人用テーブルに座ってしばらく時を過ごしていた。
口数も少なく、「アメリカン。」と言いながら、おつりのないように丁度のお金しか出さないのだ。
ある日私は、ゴルゴに「いつものですね。」と彼の言葉を遮るようにしてしまったので彼は、次から何も言わずにお金を置くようになった。 こちらとしては、「あなたは特別」感を出して対応したが、若干後悔している。
なかなか話すきっかけがなく、ゴルゴと親しくならないからだ。私は、人間観察が好きで、人に対してすごく興味を持ってしまい、いろんな質問をしたくなる。ゴルゴのことは、以前から知りたい人ランキング1位なのだ。
それなのに、「いらっしゃいませ」と、いつものアメリカンを渡す時の「ありがとうございました」しか言葉をかけられず、話すきっかけを見つけるためにゴルゴの動向をいつも視界に入れながら接客をしていた。

 ゴルゴは、ガッチリとしていたが背が低く、白髪交じりの短髪で大工の棟梁か、植木職人の親方のような雰囲気がありいつも不機嫌そうな感じでやって来ては、漫画を読んでいた。
漫画は、ビックコミックだったりビックコミックスピリッツだったり。あ、やっぱりゴルゴ13なんだ。好きなのかな?やっぱり聞きたい。なんでここで漫画を読んでいるのか。それも毎回。
そんなことを考えて今日もゴルゴにいつものアメリカンを用意していた。
次来たら、彼がカウンターに来る前に用意して着いた途端に出してみようかしら。いつものアメリカンを。ゴルゴはどんな反応をするだろう。想像するとおかしくなった。怒って来なくなると困るから想像するだけにしよう。
アメリカンは、なぜか普通のコーヒーにお湯を足して薄くして量を増やすというスタイルのコーヒーで、私は、唯一納得してないメニューなのであまり出したくないのだ。普通は、アメリカン用の豆とかあるのだろうがオーナーは、なぜかこのスタイルで出すように教えてくれた。だから私はお湯を足すとき見えないようにしながらアメリカンを用意している。ただアメリカンだけマグカップで出すようになっていた。WEDGWOODのマグカップで市松模様のサムライ。イギリスのWEDGWOODなのに和テイストのデザインで私のお気に入りのカップなのだ。値段もそこそこ高いがオーナーのこだわりでこのカップで出している。きっと薄めているからカップは、高級な物をということだろうと勝手に決め付け、私自身の後ろめたさもチャラにしてくれるこのカップを使っている。

(他にも素敵なカップがあるが、それはまたおいおい紹介していくことにしよう。)

 サムライの八分目まで入れたアメリカンをゴルゴに渡そうとカウンターに置いて「いつも、ありがとうございます。」と言った瞬間、ゴルゴは、脇から雑誌を落としてしまった。挟んでいた方の手で取ろうとしたらしい。

あ、今だ。私は、すぐさま「大丈夫ですか?いつも読まれてますね。お好きなんですか?ビックコミック。」
なんてステキなタイミングなんだろう。これできっかけができた。とゴルゴの反応を待っていたら、拾いながらゴルゴは、「家で、読めないからね。」と渋い声でボソッと言ってくれた。「え?ご自宅で読めないんですか?なんでですか?なんか言われるんですか?」と矢継ぎ早にここぞと思い聞いていた。
「嫁がね。いるから、ね。」
「お嫁さんに言われるんですか?」
「いや。それは ないけどね。」
そう言って拾ったビックコミックとアメリカンを持っていつもの定位置に行って彼なりの時間を過ごし始めてしまった。

ああ、まだ話したいのに。せっかく話せる、いや、いろいろ聞けるタイミングなのにと思いながら彼を見送った。

「嫁がね。」「ヨメガネ」

ゴルゴが言った「ヨメガネ」が、まるで呪文のように耳に残っている。お嫁さんが嫌なのかな?叱られるのかな?ますますゴルゴへの興味が深くなってしまった。ま、これきっかけでまた話せるだろうと、とりあえず満足した感じにして仕事に戻った。

ゴルゴの存在を、ずっと視界に入れながら店内の整頓を始めた。相変わらずお母さんたちは、命の洗濯をやり続けていた。

もう太陽も西に傾きはじめて来て陽射しも丁度いい具合の輝きと暑さを与えていたので、店内のシェードを上げることにした。
晴れた日は、いつもだいたいやること。今から訪れる夕暮れの美しい光を迎える作法として。


『ゴルゴ』

家の近くにある商業施設の中に行きつけの喫茶店がある。カフェとか洒落た名前がついてるが所詮は、喫茶店。ガラス張りの店内は、眩しいすぎて年寄りの目にはちとキツく私は、入り口近くの一人用のテーブルに座るようにしている。

 毎週月曜日と、10日、25日には必ずここに来て、漫画を読むようにしている。

最近、やたら店員が私のことを気にしているような気がするが、こっちはちゃんと金を払ってアメリカンとやらを注文しているのだから文句を言われる筋合いはない。
店の中の若い奴らに違和感を与えないように、すぐに立ち去れるように入り口近くに座るという配慮もちゃんとしているのだから。

今日は、月曜日なのでいつものように、一階の本屋でビックコミックスピリッツを買って、ここ『カフェRe-Q』に来てしまった。
ある程度の時間を潰すためにここに来るようになってもうすぐ三年になろうとしている。

初めは好きで来ていたわけではないが、こうも続けるとそれはもう習慣になり行かないと、という使命感さえ生じてきたこの頃だ。
  「常連さん」多分、店員は、常連さんと私を位置づけしてそれなりの対応をしてくれるようになってきた。
さっき、いつもの、世間で言うアラサーらしき古株の店員からそんな対応で、アメリカンを渡されたが不覚にも雑誌を落としてしまいひと言、ふた言話をすることになった。やはり彼女は、私のこの訪れを不可思議に思っていたようで、矢継ぎ早に聞いてきて、思わず口にしてしまった。
嫁のことを。
「嫁がね。」と言って、あ、しまったと思いこれ以上聞かれるのはまずいからそそくさと席に来たのである。

相変わらず月曜日は、何人かの主婦たちがペチャクチャ飽きもせず井戸端会議をしている。ん⁈喫茶店だから井戸端会議とは言わないのか?ま、彼女らも何らかの理由でここで過ごしているのだろう。
いつも見るメンバーだから、彼女らも常連さんなのだろう。

私は、コクや渋みなどは、わからないがコーヒーの香りが好きでここで過ごしているが、2、3時間を過ごすには、ここのアメリカンは、量が多くてちょうど良いのだ。普通のコーヒーをお湯で薄めているコーヒー。最近知ったがアメリカン用の豆がちゃんとあるらしいが、量が多いのと400円という安さで納得して飲んでいる。一度、普通のを頼んだがもう薄いのに慣れていたからか苦味が強くやはり薄いアメリカンでいいと思った。
毎週月曜日発売のビックコミックスピリッツと、毎月10日と25日発売のビックコミック。
確かに決まって発売日当日に喫茶店で漫画を読んでる年寄りなんて私しかいないだろうし、それもこんなに長く続けているから、店員もいろいろ聞きたいだろう。
今度、少し話してみるか。あの店員と。

漫画を読むと、これまた続きが気になり途中でやめようかと思ったがやはり習慣になった。
今頃の漫画は、時の大臣も愛読するくらいだからなかなか馬鹿にできたものでもなく風刺の効いたものもありテレビの評論家より鋭い感覚で時事ネタを漫画に織り込んで書いているのでなかなか面白い。
中には相変わらずの男漫画特有なヤツもある。

 一杯のアメリカンで一冊をゆっくり読んでいるとだいたい1時間くらいは経っているので読み終わってこの建物の端から端まで見て帰ると丁度いい頃合いで家に着くのだ。

月曜日に必ずやって来る時間をやり過ごすために。
必ずやって来るあの人をやり過ごすために。

あの人は、彼女は、こんな呼び方をしたらおかしなことになるからやはり「嫁」と言おう。
嫁は、長男の嫁で、確か37歳だったと思うが、気立ての良い優しい人だ。うちに嫁に来てもう8年になる。いや嫁という期間は、5年間だけになる。何故なら三年前に長男が、事故で亡くなってしまったからだ。
幸いにも、子どもがいないので嫁は、ちゃんと仕事をもち一人でやっている。まあ保険金もでているから生活には困らないだろう。

 私と嫁は、同居をせずに暮らしていたが、何かと私の世話をしたがり、かなり強く断ってきたが、どうしてもということで、週に一度、掃除や数日分の食事のストックを作りに来てもらうようになった。料理も美味く、こんないい嫁を残して息子は、さぞかし悔しいことだろうとつくづく思う。
私には、もう一人息子がいるが、長男と違いいつまでたっても独り者でまだまだ落ち着きそうにないようだ。

 嫁は、その面影が死んだ妻に似ていて息子が、マザコンだったのかと初めて嫁を連れて来た時にわかり、少し驚いた。
  ふとした仕草やうつむいた横顔などが、妻の若い時に似ていてドキッとしたことがある。
 妻もできた女で、何かと私を支えてくれ、安らぎを与えてくれる人だったので彼女が居なくなった時は、かなり堪えた時期もあった。      

 まだ学生だった息子たちは、どう感じたかあまり話さなかったが、連れて来た嫁を見て、やはり母親への思いは深いものだったのかと感慨深いものがあった。


 義理でも娘なのだが、ひとつ屋根の下に暮らすのは、何かと都合が悪いような気がしてこのような形で接するようにしたが、最近私の方になかなか難しいものが、芽生えてきてどうしたものかと悩みあぐねている。

それは、嫁に対する気持ち。

 やはり、まだ若いから籍を抜いて新しい相手を見つけて幸せになってほしいと心から思っているが、いざいなくなると思うと、寂しいというかなんと言っていいのか複雑な気持ちが生まれてきている。

 若い時の妻に似ている嫁は、本当に美しく眩しいくらいだ。
このモヤモヤとした気持ちが大きくならないように嫁がうちに来る日には、なるべく合わないようにここでこうやって過ごしている。

好きなのか?
嫁として、娘として好きなのは、確かだが、それ以上の気持ちにならないように自分を抑えようとしているのも確かだ。
  考えながらページをめくるとわりと気にいっている漫画『ゴルゴ13』にさしかかってきた。
しかし、このデューク東郷という男は究極の男だな。
 ここまでダンディなら、こんな悩みなど微塵も感じないだろう。しかし、わたしは、ゴルゴとは違うから悩みも生まれてくるのだ。
 
  最近チラッと店員たちの話にゴルゴという言葉が出ているのを耳にしたことがある。きっとわたしのことを陰で言っているのだろう。年寄りなのに漫画を『ゴルゴ13』を読んでいるとかなんとか。

まあ、なんと言われようがこの習慣を崩す気はない。ここに来る必要があるから利用しているのだから。
しかも、読んだら店に置いていくのだ。寄付しているのだ。
 この間、わたしの寄付したのを若い客が読んでいるのを見たことがある。
店としても、発売日の度にただで新しい雑誌がもらえるのだから悪いことではないだろう。今日も、もうすぐ時間になるからちゃんと置いていくつもりだ。

ああ、時間か。

 店員がチラチラとこちらを見ているのが気になりだしそろそろ次の場所に移動しようとした時だった。

んん?!見覚えのある姿がこちらに近づいて来ている。

嫁じゃないか!!
横には、あれは、次男か?!

なんで二人でここに来たのか⁈

思わず立ち上がった弾みで、ビックコミックが、床にバサッと落ちた。
表紙の『ゴルゴ13』のデューク東郷が鋭い視線で見つめていた。

 慌てて雑誌を拾い、気づかないふりをしようとコーヒーを飲んでいると、二人は店に入って来た。

 もう向き合うしかないなとなぜか腹を据え、身構えをして二人を迎えた。
ゴルゴよ、わたしにお前の冷静さを与えてくれ。ハードボイルドにいかせてくれ。

二人は並んで立ち、真面目な顔でわたしを見下ろした。


「なんだ?どうした?二人して今日は?」

わたしは、ゴルゴが標的と対峙する場面を思い出してそのように落ち着いたトーンで発した。内心は、なに?なに?なにがどうなってお前らがいるんだ?
とドキドキしていた。

二人は、一度お互い顔を見合わせて口を開いた。
「お父さん。話があるんだ。許して欲しいことがあるんだ。」

 次男が初めに口を開き言った言葉が漫画の吹き出しのように見えてきた。

 わたしは、一瞬考えて席を立ち、カウンターに行ってコーヒーを3杯頼んで奥のガラス張りの席に二人を導いた。さすがに店の入り口で、家庭の一大事をさらすわけにはいかないだろうと思い、いつもは、行かない窓側の奥の席に移動した。

 カウンターのアラサーは、わたしたちの行く手をワイドショーのレポターなみに興味津々の顔つきで見送っていた。

 幸いにもゴシップ好きの主婦たちのグループは、家路に着いたようでいなかったので、ひとまずは、ゆっくりとこの二人に向き合う心構えが出来た。ただならぬ二人の様子から、周りに聞かれちゃ困るだろうとこの席に来たのだ。

 西に傾きかけた日差しを背に向けてわたしは座ると、「さあ、どういう事か話してみなさい。」と今度は、ゴルゴが依頼者と向き合う時のように落ち着いた雰囲気を装った。

さあ、どんな依頼だ?何をやらせるんだ?どんなプランを立てさせるんだ?


「お父さん。許して欲しいんだ。兄貴が死んでもう三年近くなるだろう。」

「ああ。もうそんなになるのか。咲さんも寂しいだろう。そろそろ息子のことは、忘れて新しく幸せを見つけてくれないだろうか。」

 ああ!とうとうこのコトバをいう羽目になってしまった。

分かっていたが、切り出すタイミングと自分の気持ちがよくつかめず避けていたコトバを遂に言ってしまった。
きっと嫁は、好きな男が出来て言い出しにくく、次男に相談して今日ここに来たに違いない。
 
  コーヒーを一口飲んで目を閉じ、ゆっくり頷いて心を決めた。
喜んで送り出してやろう。
嫁の幸せを心から願いながら。

 ガラス張りの窓辺には、夕焼けのオレンジ色の光が溢れていて嫁を照らしていた。まぶしい嫁が、一層美しく輝いて見えた。


 本当なら嫁の隣には、長男がいて、小さな孫を嫁が抱き、わたしも目を細めてその孫を関根勤のごとく溺愛していたであろう。自分の子ども達には、忙しさにかまけて構ってあげられなかった罪ほろぼしにその孫をきっと溺愛するようになるだろう。世の中ジジイは、大体そんな感じと思う。
しかし、長男が死んで、まだまだ女盛りの嫁を今さら昔の日本じゃあるまいし、いつまでも家に縛りつけておくわけにもいかない。
とうとうこの日がやってきたか。他人になれば、嫁と会うこともないだろう。
 妻の若かりし頃に似ている嫁に会うこともないだろう。
いや、長男の法事には来るのか?会えるのか?まぁ、新しい男の手前それも無いかもしれないな。
 
「…父さん、お父さん。すみません。僕たちをいっしょにさせて下さい。お願いします。」

「お義父さん。ごめんなさい。お願いします。」

え!ええ〜⁈

「いま、今なんて言った?いっしょに…って……はぁ?…え!お前たち。」

ええ〜!

ハードボイルド感は、一気に崩れた。

 ハードボイルドなんて日常には存在しないんだ。いろんな感情が入り乱れて振り回されて毎日生きているんだ。ハードボイルドなんてのは、やはり漫画の中だけなんだ。ゴルゴ感は、ゴルゴでしかないんだ。

 で、わたしは、吉本新喜劇の芸人が椅子からずり落ちそうになるくらいの驚きをぐっと我慢して二人をまじまじと交互に見て言った。

「お前たち、何がどうなってそうなったんだ。」

「実は、俺たちは、兄貴が死んでニ年経ったくらいから………。」

 何が何だかわからなかったが、とにかく嫁は、またこれからもうちの嫁のままなんだ。おお、なんということだ。複雑だが、喜んでいいのだ。

「お父さん。それから。…あの…咲のお腹の中には僕たちの子どもが……」

ええええ〜!な、なんだってぇぇ!

嫁は、夕日よりも真っ赤になってうつむき、お腹に手をやりながら頷いていた。

わたしは、目を閉じて上を見あげて、次男たちの話と今の状況を自分に染み込ませるように納得させて言った。

「そうか。俺もジイさんになるのか。おめでとう。咲さん。これからもよろしく頼むな。」
嫁の眼は、涙でキラキラしていた。

このわたしが、ジイさんか…。ジイさんか…。Gさんか…。
G!G!
ゴルゴじゃないか!

よし、これからは、関根勤のようなG(ジイさん)になろう。

しかし、これでわかった。
わたしの息子は、二人ともマザコンだったのだ。

いや、3人ともマザコンだったのだ。
妻を、死んだ妻を本能的に求めていたのだ。

夕日は、すっかり傾いてマジックアワーの光が『カフェRe-Q』に溢れていた。
他のテーブルの片づけにやって来た店員がわたしの顔を見てニッコリ微笑んだ。

次に来た時は、彼女と話してみるか。
 きっと彼女も聞きたいだろうから。

なにしろ、わたしは、ゴルゴだからな。


エピソード2
[ローズヒップ]
WEDGWOOD 『ワイルドストロベリー 』

通りに面したそこは、上から下まで大きなガラスで作られているので午前中は、キラキラとしている。
わたしが働いている場所。
『カフェRe-Q』

 勤めてもうかれこれ、8年になるが、お店で人気のカレーを家で作ったことがない。店でのカレー作りは、率先してやるので、そろそろ家でも作ろうと思うが、なかなか実行に至らない。いつか絶対作ってみよう。
 
 私は、夕方からバイトの学生が来るまでの勤務で、朝から店の開店を一人でこなしている。いつものルーティンをテキパキとやりながら余裕で開店を迎えているが、たまに調子が狂う時がある。

  それは、月曜日の朝にありがちで店に流れる有線放送のスイッチを入れる時だ。

私は、いつもBeatlesを流しているが、たまに今時のジャパニーズポップスの選局になっていて朝のルーティンが変わり少しだけイラっとする時がある。

 すぐにまた、いつものBeatlesにしてコーヒーのアロマを店内に漂わしている。
 多分、日曜のアルバイトの学生が、チャンネルを変えているみたいだ。やはり若い子には、Beatlesは、古臭いのかな?

 今日もコーヒーの香りと、Beatlesの心地よい音楽で『カフェRe-Q』の1日が始まる。

8年も働いていると何人かの顔見知りができてくる。
いつもビックコミックを読みにくるゴルゴさん。月曜日にランチしにくるママさんの集い。そして来る時は決まって同じ場所に座るストロベリーさん。

 ストロベリーさんは、年は私よりも上っぽいが、まだ確認していない。来た時はいつもローズヒップを注文する。


あまり数が出ないが、夏場は、冷やしてアイスローズヒップにすると、爽やかでけっこう美味しい。鮮やかな濃いピンク色のお茶でガラスのティーポットにティーバックとお湯を注いで渡す。茶葉がゆっくり開いてピンクに染まる様を見ながら時を楽しむ感じのお茶だ。だから時間つぶしには最高のメニューなのだ。
 
  オーナーは、ハーブティーに凝っていて他にもカモミールや、ペパーミントなどもある。全てオーガニックで単価もなかなかだ。
 
  そしてその時に使うカップが
またまたオーナーの心意気なのか高かめのカップで

WEDGWOOD 『ワイルドストロベリー』なのだ。

 だから私は、彼女をストロベリーさんとあだ名をつけている。
しかも彼女は、嘘みたいだがビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」が好きと聞いたことがあるのだ。
 
 とある月曜に開店前に来ていて私が中で待つように勧めて開店準備の有線放送を付けると「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」が流れ出した。
 その時に彼女から、この曲が好きなんですと話しかけられ、それきっかけに少し身の上話を聞くことになったのだ。

その日は、たまたま客がいなくて二人だけだったので、けっこう長く話をしたのだった。

 ストロベリーさんは、昔付き合っていた人がいて仕事でイギリスに行ったらしい。学生時代からの友人でその当時サークルでビートルズの楽曲に触れていたらしく、彼に色々教えてもらっていたらしい。その時の二人の思い出の曲が「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」だそうだ。

 今日あたりまた、ストロベリーさんが来店しそうだが、その彼とはどうなっているのかまだ聞いていないから尋ねてみよう。

カフェにいると常連さんの中でも気の合う人とは、お互いの私生活も語り合えるようになるから面白い。人間観察大好きな私には、趣味と実益を兼ねている職場なのだ。

ここ『カフェRe-Q』は。

『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』


 私には、ずいぶん昔からお気に入りの場所がある。お気に入りというより、約束の地みたいなものだ。昔付き合っていた人と過ごした場所で再会を誓った場所だ。

 ショッピングモールの二階角にある、ガラス張りの喫茶店で『カフェRe-Q』という名前だ。

私とさほど歳が変わらない気さくな感じのいい定員さんが居て、私を常連扱いをしてくれ、最近は、お互いの話をするようになった。    
 そこでいつも注文するローズヒップは、透明のガラスポットにお湯を入れてあり、自分でティーバックを入れて飲むスタイルだった。たまに、あと1日で賞味期限が切れるクッキーをコッソリくれたりする。
何よりここは、いつでもBeatlesナンバーが流れていて、ここに来れば私の青春のあの時に気持ちに戻っていけるのだ。

有線のBeatlesナンバーを流すチャンネルだから延々とBeatlesが流れていてほんとに心地よく時間を過ごせるので、会社や私生活で嫌なことがあると必ずここに来てあの曲が流れるまで居たりする。

私が大好きな曲
『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』がかかるのを待っている。

Let me take you down, 'cos I'm going to Strawberry Fields
Nothing is real and nothing to get hung about
Strawberry Fields forever

 学生時代のサークルでBeatles研究会というのに入っていた。バンドでコピーをするというのではなく、Beatlesの歌詞を歌詞の意味を追究するというサークルだ。

 Beatlesの歌詞はなかなか複雑で比喩や裏の意味があり、さすがジョンだと何度も感動したものだった。

  特にこの曲は、ジョンの生い立ちからの複雑な心境が底にあるのではと解釈された和訳もあるのでとても面白かったが、かなり難しかった。それにこの曲をテーマに推してきたのが彼で、後から知ったが彼もジョンと同じような生い立ちだったのだ。
 
彼は、この曲に向き合った時どう思ったんだろう。
  今では、なんとなく分かるが当時は、まさかそんな深い意味があるなんて分かるわけもなく、好きな人が推してきた曲だから私も好き的なノリだった。

『僕と一緒に行かないか?
あのストロベリー・フィールズに
すべてが夢 
捕われるものさえ何もない
ストロベリー・フィールズよ 
永遠に』

こんな意味だったと思う。

 爽やかな香りとちょっと酸味のあるローズヒップは、今でこそ好きだが、若い頃はあまり好きではなかった。
 名前とそのピンクの色でなんとなく頼んだのだ。

 ただこの店で出されるカップがWEDGWOODのワイルドストロベリーで初めて頼んで出てきた時に、彼が「これイギリスのヤツでしょ?」と言ったので男の人なのにカップの銘柄とか知っているって驚いた。
 
 そして、やっぱりイギリス製というのに敏感なんだろうかと思ったことが頼み続ける理由だった。

 はじめは、このカップが好きなんだろうと思っていたが、頼むたびにこのカップを見つめていたからある日聞いてみた。

「ねえ。このカップ好きなの?」

 彼はしばらく黙っていたが、遠くを見つめてボソッとつぶやいた。

「母がね。
母のお気に入りだったんだ。
ワイルドストロベリー。」

「へー。そうなんだ。」

「どうもね。父からのプレゼントだったらしい。というより一緒にいた時に二人でお揃いで使っていたらしいんだ。
 ほら親父はイギリス人って話たろ。
やっぱティータイムとか楽しんでやってたらしいんだ。
楽しかった二人の思い出だったんじゃないかな。
ワイルドストロベリーのカップは。

 僕もまだ母といた小さい頃にこれにミルク入れてくれて母と並んでティータイムみたいなのやったことがあるんだ。

だからねえ、つい…。」

 そう言って、またバリアの中に入っていった。


 ストロベリーフィールズが孤児院だったと知った時私は、複雑な気持ちだった。
 彼は、孤児院で育っていた。

 ジョンは、叔母さんに育てられて、彼は他人に、二人とも母親の愛を知らずに育っていったからだ。
 ジョンはネグレクトでそうなったらしいが彼は、止むを得ずだった。

 彼は、ハーフで母子家庭。

 父親は、イギリス人らしいが、どうも未婚で彼が生まれた時にはすでに日本にいなかったらしい。

 彼をひとりで産んだ母親は、必死で彼を育てていたが限界がきたのだろう、彼を施設にあずけることを選んだ。
 いつか彼を迎えに来ると約束していたが、だんだんと面会も少なくなりとうとう連絡も途絶えてしまったらしいのだ。

 自分の生い立ちをさらっと教えてくれた彼は、日本人色が強くぱっと見は、ハーフと感じない人だった。    色が透けるように白いことと瞳の色がグレーということでハーフかなと思わせる人だった。

 大人になるまではあまり語らなかったが、かなり苦労して大人になったようだ。
いつもふざけていたり、優しかったが、ふと見せる冷めたい表情や近づくなオーラを出しまくって一人でいる時がよくありその度に私は、不安になった。

 ひとりでバリアに包まれて何かを深く考えているのか、見つめているのかわからないがそんな時がよくあった。
 声をかけるとすぐに優しい笑顔で返してくれたが、いつも私は、不安でしょうがなかった。
 本当に自分が好かれているのかということではなく彼が、遠くに行きそうな感じがずっとしていたからだ。

今思えば私の勘は当たっていたのだ。いや、出会った時から決まっていたのかもしれない。

このカフェに連れてこられてBeatlesナンバーのイントロ当てクイズなんかしていた頃が懐かしい。

 あの日もまた、あの曲がここで流れていた。
『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』

光が溢れた昼下がりに突然彼から言われたのだ。

「俺、イギリスに行ってくる。父親に会いに行ってくる。自分の中で納得したら帰ってくるから。
そして、また、ここで会おうな。」

 そう言って笑顔で別れ、しばらくは、連絡のやり取りをしていたが、私がうっかり携帯をなくしてしまってから連絡が途絶えてしまったのだ。

 当時は、ガラ系で携帯アルアルの番号なんか控えておくはずもなく、軽い気持ちで携帯会社を変えたから番号もメアドも変わり彼との接点が全てなくなってしまった。

番号さえ控えていればと何度も悔やまれた。
もう諦めてはいたが、どこかで、ここに来ればいつか彼が現れ約束を守ってくれると信じているのだった。

彼は、会ったこともない父親にどんな気持ちで会いに行ったんだろうか。そして会えたんだろうか?
 
 忙しい毎日に忘れてしまいそうになるが、ここに来るたびにあの頃の記憶を引っ張り出して、あの頃の思い出を呼び戻して、彼への思いを強く蘇らせていた。

 いつかきっと帰って来ますようにと、いつかきっと会えますようにと祈りに近い気持ちだ。
『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』は、そう祈る時の賛美歌なのだ。

 今、このカップを手にしてゆっくりと光で眩しい昼下がりを楽しんでいる。
 いつか彼とお揃いのカップでティータイムを過ごす姿を思い描きながら流れてくるBeatlesの曲に浸っている。

『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』が流れている時に彼が、あのグレーの瞳を細めながら入ってくるのを祈りながら。

 そして、私は、ずっとこのローズヒップを頼み続けるだろう。

エピソード3
【ホットミルク】
Fire King『キンバリー 』
Mug Cup(グリーン)


 8年前に、ここに勤めだした頃、カフェで働いたことなどなく自分にできるのだろうかと不安だった。
何しろカフェだから、いろんなメニューがあるし、しかも開店から夕方までほぼ一人でやんなきゃいけないときてるから当時はかなり不安だった。

 メニューもコーヒーだけでなく、カフェラテ、カフェモカ、キャラメルマキアート、ホットココア、抹茶ラテ、エスプレッソ、それから紅茶いろいろとソフトドリンク。
 デザートも、ホットケーキや、チョコバナナケーキ、ソフトクリーム3種類、チョコレートサンデー、フローズンラズベリーなどなど。おまけにランチメニューもあるときた。初めはオーナーに一通り作るのを見てもらって食べたりして、ちょっと嬉しかったが、いざ一人でお客と立ち向かうと、「あー。なんてめんどくさい。メニュー多すぎ。」とボヤきながらやっていたし、グループできた客には、「みんな同じメニューにしろ!」などと悪態をつきながらキッチンに向かっていた時もあった。

 もう8年もやっていると手馴れたもんで、何人来ても対応でき、時間がかかるメニューと早くできるものでも、違うメニュー同士でもほぼ同じタイミングで提供できるようになっていた。在庫不足の時だけお待たせすることがあるがだいたい流れるような作業でちゃっちゃとこなしている。

  一番簡単そうで実は難しいメニューがある。それは、ホットミルク。
ミルクをカップに入れてレンジで温めるだけなのだが、業務用レンジなので出力が大きく1分もならない33秒くらいでちょうど良い温度になるので、目を離したり他の作業をしているとすぐに吹きこぼれて厄介なことになるのだ。

最近では、その33秒も体内時計に組み込まれてきた気がする。よく来るようになったホットミルクしか頼まないグリーンちゃんのおかげだ。

彼女も常連さんと言っていいくらいの頻度でやって来る。
いつもグリーンの色合いの装いでやって来るのでグリーンちゃん。
見たまんまである。

しかも、これまた使うカップがグリーンのFire King  キンバリー のマグカップだから、彼女が座るとまるでグリーンのオブジェみたくなる。
とても個性的だか前髪もパッツンの今時という感じで、ちょうど木村カエラに似ている。

大きなリュックでいつもスケッチブックを持っていて席でしばらく何かを描いていた。もちろんリュックは、グリーンだがエメラルドグリーンのリュックだった。
一度ホットミルクを作るのに失敗して席に持って行った時、ちらっと見えたがそこに描かれたのもページ一面にいろんなグリーンが使われていたか、どんだけ好きなんだと笑いそうになったことがあった。

何を描いていたのか今度聞いてみよう。グリーンちゃんは、話しやすい感じの子だった。

『グリーンちゃん』


「えーっと。昨日は、どこ行ったっけ。」
最近、なんだか物忘れがひどくなってきた。私は、昔から忘れっぽくて、小学生の時、体育がある日の朝は、だいたい赤白帽子を必死で探しその度に母に「なんで前の日に入れとかないの。」と叱られながら探していた。

だけど最近は、なんだかおかしくて、そんな単純なものでなく数時間がポッカリなくなったみたいに思い出せなくて、ワープしたみたいに急に学校に居たり、お風呂に入っていたりする。
長年の友達は、覚えているけどあまり親しくない人は、毎回初めまして状態だから、時間と場所、名前なんかをメモに残すようにした。
見て思い出すように、ちょい日記みたいに1日の大事な場面を書き留めるようになっていった。

あの夢を見るようになった頃からすごくワープの頻度が増してきた。

ミドリの夢
ミドリだらけの夢

いくら私がグリーンが好きだからって夢までグリーンにならなくてもって思った。

それは緑の葉っぱが目の前いっぱいに現れてまるで緑のトンネルのようだった。初夏の若葉や青葉がキラキラした緑のトンネルの中をずっと歩いていた。
何か意味があるのかもしれないと思いスケッチに見たままを書き残していたら、その後も何回も同じミドリの夢を見るからなんだろとずっと気になっていた。

私自身がなぜかミドリのものに、妙に惹かれ、手に取るもの欲しくなるものがほとんどミドリ色のものばかりだったからこの感覚は、あの夢と関係しているのかもしれないと思うようになってきた。

  いつからかこのカフェに来るようになり、昨日の自分の出来事や、会った人のことなどをスケッチブックを広げて確認している。スケッチブックを広げるのにファミレスじゃ、なんかやりにくく、長居もできない感じなのでこの店を見つけてほぼ毎日来ている。

あまり混むこともなく、店員さんもほどほどにほっといてくれるからかなり居心地が良くて、ゆっくりとスケッチブックを広げることができる。
 
 こないだ注文していたホットミルクを運んでくれた時に、ミドリだらけのページをチラッと見られて「ん?」って顔されたけどそれ以上聞かれなかったからますますこの店が好きになってきた。

今も大好きなファイヤーキングのカップをテーブルに置いて、ミドリの夢を思い出している。

今朝も見たあの夢は、いったいなんなんだろうと。

飲み干したカップの内側にへばりついたミルクの膜を眺めながらぼんやりしていると、差し込んでくる日差しで気持ち良くなっていた。

他のテーブルの人の話し声と店内にいつも流れているBeatlesの曲がだんだん遠くなってきた。

なんて曲だったかな?

 意識があるのか、ないのか。ふわふわした感じ。あ、これって夢なんだ。そう思えるように周りの景色があまりにも非日常だったから、意識をどっぷり預けてみた。

だって、緑の葉っぱだらけのトンネルを歩いているんだから、もうこれはいつもの夢の中でしょう。

いや、あのカフェから、四次元空間にはまり込んだパラレルワールドなのかしら?
なんてふざけた考えもしてみるが本当にそうなったらヤバイので前の方に歩いて行くことに集中していた。
上を向くと幾重にも重なっている緑の間から、光がミラーボールみたいにキラキラと不規則に溢れていた。

歩く感覚というよりもふわふわ移動しているという感じでしばらく動いているといきなり雲みたいなモヤモヤが現れて視界が悪くなってきた。

初めての景色。ミドリばっかりだったのに いきなり白っぽいモヤモヤだらけで視界が悪くなり、雲の中みたいだ。手探り状態で手を前の方に伸ばして左右に動かしながら歩いて行くとだんだん雲みたいなのが薄くなって何か見えてきた。

黒い塊。なんだろう?

目を凝らしてというよりそれに意識を集中させてみた。目に見えるというより頭の中のスクリーンに浮かんできた。

人だ!人影だ。しかも二人いる。
誰だろう?んん〜っと。

男の人?背格好から男の人みたい。横にいるのは、女の人。
ん〜、よく見えない。
二人並んで何やってるんだろう?

声をかけてみようかしら?
振り向いてくれるかしら?

「あの〜?」私は、声を出すというより頭の中で言ってみた。そっちの方が伝わるって瞬時に思えたから。

誰?見たことのない人だ。
彼女の方はわからない。見てくれない。

近づいてみようかしら?
動くように意識を集中してみたが、動かない。


「お客様!お客様。大丈夫ですか?」
 大きな揺れといっしょにその声で目が覚めた。

「ああ!ごめんなさい。私、寝てたんですね。なんか言ってました?」

「はい、うつ伏せた状態でちょっと苦しそうに何か言っていらっしゃったので、つい…。寝ていらしたんですね。夢かなんか見たんですか?」

おお。いきなりの質問が鋭い。
ああ、話したい。いま見たこと話したい。

 この前この店員さんにあのグリーンのページのスケッチブック見られたからなぁ。思い切って話したいい〜!!

「夢を 、夢を見たんですよ。あ、
その前にこれ見てもらえます?」

私は、店員さんにいつものグリーンのページを開いて見せた。

彼女は、この前来た時にチラッと見えたらしく、気になっていたと言ってきたので、私の忘れっぽい今の状態と、いつも見る夢の話をここぞとばかりに話してみた。

 彼女は、はじめ、えーって顔をしたが客がいないことを幸いとして、私の席の向かい側に座りガッツリ話を聞いてくれた。

首をゆっくり縦に動かし、何度もうなづきながら話を聞いてくれた。
ある程度話し終えると彼女は、
「ちょっと待ってて。」
と言ってカウンターの方に行ってしまった。

 呆れてしまったのかな?まあ、普通の人じゃ理解しにくいことなんだろうなぁ。

せっかく程よい温度のミルクも、すっかり冷めてしまってグリーンのファイヤーキングにべっとり膜がついてしまっていた。

 大きな窓ガラスから差し込む柔らかな日差しを感じながら、カップの内側にへばりついたミルクの膜をスプーンで削ぐように中に落として店員さんを待っていた。  

 へばり付いた膜を洗い落とすのは、なかなか時間がかかるだろうと思いついついやってしまうのだ。  
 この前店員さんから、しばらくお湯につけておけば簡単だらか気にしないでくださいって言われていたけど家でもやってしまうのでクセになってしまっていた。
 一緒に飲めばなくなるけどあのヌルっとした感触が嫌でいつもへばり付かせてしまう。  

 そこへ「はい、サービスよ。」
と言って店員さんが新しいやつを持ってきてくれた。

「冷めたやつは、飲まなくていいからこっちをどうぞ。
あなた、グリーンがホントに好きなのよね〜。このカップもグリーンだから あなたが来たらグリーンの
オブジェみたいに見えてさ。
 あ、ごめんなさいね。私もグリーン好きだからなんだか気持ちがアガルのよね〜。」  

「すいません。
遠慮なくいただきます。さっきの話で変なヤツって思って引っこまれたと思ってたからちょっと嬉しいです。」  

「あ、夢の話ね。聞いててさ、この絵を見てね同じようなシュチュエーションの場所知ってるのよね〜。それを教えたくてさ。
 まぁそれに、今お客さんもいないからね。」  

 そう言って彼女は、また向かいの席に座って話し出した。  

「何年か前にね、行ったことがない方の電車に乗ったのよね。多分お客さんから聞いたからだと思うけど 。
わりと近場でそんな場所があるのかと思い確かめに行ったのよね〜。
その時の場所が、あなたが描いたこのスケッチブックに似ているかなって思ったのよ。」  

「へー。どんな場所なんですか?」  

「電車から降りてそこまで行くのに緑のトンネルみたいな場所があって、そこを抜けてしばらく行くと、途中に道が2つに分かれてるんだけど、向かって右の道をずーっと行くと池があるのよ。その池が伝説のある池らしいのよ。」


そう言うと彼女は、持ってきたアイスコーヒーをぐびぐび飲み干した。


「ただね、私は昼に行ったし、そのタイミングじゃなかったからちゃんと確かめることは出来なかったんだけどね。」  

私は、どんな秘密の場所なんだろうとゾクゾクしてきた。
 彼女は、頰杖をついて斜め上を見ながら話し始めてくれた。
私は、たまらなくゾクゾクしてきて、どうか彼女の話が終わるまでお客さんが来ませんようにと願いながらテーブルの下で手を合わせていた。  

「わりと遠くないところでさ。
私、この土地のものじゃないからさ、オーナーに聞いてみたのよね。そしたらオーナーは、知っててね。

 なんでもそこには、この地方に伝わる古い言い伝えがあって、74年に一度 すべての条件があった時に真実が現れるという 池らしくてその条件というのが、ちょっとややこしいんだけどね。
 あ、あなた忘れてしまうんでしょう?ゆっくり話すからメモしたら?そのスケッチブックに。そうしなさい。」

そう言うと私のスケッチブックを取り新しいページを開いてテーブルの上に広げてくれた。

 私は、彼女の秘書みたいに彼女の言うことを一言一句漏れのないように書き留めることにした。
それがとても大事なことだと、絶対に忘れてはいけない事だと、私の忘れっぽい脳が感じていた。


 店員の彼女は、ゆっくりと歌うように滑らかにその言い伝えを話してくれた。

それは、こんな内容だった。

「晴れた日の夜
星が夜空じゅうにちりばめられていて、天の川がその池の水面に映しだされた後、澄んだ空気のままで夜から明け方にかけてすごく冷えこんで その池が朝靄に包まれた時、その中に真実が現れるらしい。

 そこにいる人の知りたい真実 。
その人にかかわる真実。
だから人によって 見えるものが違うらしい。」

私が一言一句聞き逃さないように、書き取る私に合わせてもう一度ゆっくり話してくれた。

 書いた後もう一度それを見たら
パッと目の前にその風景が広がって見えたのでビックリした。

 そしてどうしてもそこに行かなきゃという衝動に駆られてしまい、今すぐにでも行きたくなってしまい、思わず目の前のファイヤーキングのカップを両手で握りしめて程よい温度のミルクを一気に飲み干してしまった。その瞬間、からだの中がほわーっと熱くなり衝動が少しずつ収まってきた。

「あらあら、一気に飲み干してしまったのね。行きたいんでしょう?そこに。
そのスケッチの緑色のページの意味が、あなたのよく見るという夢の真実が、もしかしたらわかるかも知れないよね。

 だって今年は、ちょうどその奇跡が起こる年だから。74年に一度の奇跡の時だから。

あなたにこの話をするのも、なんだか必然だったのかも知れないわね。だってさ、こんなにお客が来ない日なんて滅多にないんだもの。」

そう言って彼女は、飲み干した、グリーンのカップを持っていつものポジションに戻って行った。

カウンターの中から、「後で行き先教えるね」と口を動かしてメモを取るフリをしてにっこり微笑んでくれた。

 私は、みどり色のページを開いて見つめながらこれがヒントになっているんだと改めて思い、これから私に何が起こるんだろう、何が待ってるんだろうと少し身震いしてしまった。

かなりの時間 二人っきりだったんだ。
ガラス張りの店内はマジックアワーのオレンジ色に包まれていた。

エピソード4
【ロイヤルミルクティー】
ロイヤルコペンハーゲン 『ブルーフルーテッド』

 あれから彼女は、なかなか現れなかった。
おそらく私が教えた場所に行ったんだと思う。いつか何かしらの報告をしにグリーンの服を着て現れるだろう。もしかしたら、もうグリーンは、やめて違う色の服に変わっているかもしれない。
まあ、楽しみに待っておくことにしょう。それはそれで面白いから。


 今日も相変わらず昼のランチタイムには、ママさんたちのおしゃべりで店内はパッと明るい雰囲気になっていた。
こちらとしては、好き嫌いを度外視してありがたいお客様たちだった。

『カフェRe-Q』のサービスランチは、ワンコインで飲み物付きというとてもお得なものだった。
 ハヤシライスとカレーライス
厚切りトーストと、ホットドッグ、ホットサンドなどがありそれプラスお好きな飲み物というバラエティーにとんだメニューになっていた。

 サンドイッチにも具材がいくつかあり私がオススメするのは、ハムタマゴサンドだ。シャキシャキのレタスとハムとタマゴをはさんでなぜかトースターで焼いて出すのだが、サンドイッチを焼くという観念がそれまでなかった私は、ここに勤めだして家でもそればかりするようになった。
シャキシャキのレタスが、パンからはみ出したとこだけ熱でしんなりとして、でも中はシャキシャキでパンの耳がカリッとなってて、食べた時にサクっシャキシャキという絶妙な食感が気に入っている。
 中のタマゴはシンプルで、細かく刻んだゆで卵をマヨネーズで和えているだけだが、オーナー自ら作った手作りで絶妙な味のものになっている。

 このサンドイッチとロイヤルミルクティーを来たら必ず注文するお客様がいた。

 その人は、男の人でちょっと遅めのランチをしながらいつも夕方近くまでここでパソコンをしていた。
だから席もコンセントが近くにある席に座るのが決まっていて、そこは、私の定位置から一番近い一人用の席だった。

 ロイヤルミルクティーを入れるカップは、この店で一番高いカップで、なんでこんな高いものを店に出しているのか不思議にいつも思う。出した後の片付けや、洗う時もうっすら緊張してそのカップを片付けている。

 『ロイヤルコペンハーゲン ブルーブルーテッドフルレース  』


とてもシンプルで上品なカップだ。
そのカップでゆったりとホットサンドを食べる彼は、映画で見たことのある貴族のようでどことなく品があり私は、勝手に『プリンス』と心の中で呼んでいてかなり気になっているお客様のひとりなのだ。

『プリンス』


 職場の近くにあるショッピングモールの中にある喫茶店が、僕の憩いの場所だ。憩いというか僕が僕に戻れる場所と言った方が良いかもしれない。

『カフェRe-Q 』

いつもビートルズが流れていてガラス張りの店内は光に溢れている。入り込む陽射しでシルバーのように白い店内は、色塗れになった僕をその光で元の色に戻してくれる。

僕はとにかく毎日色々な色に染められている。汚染されている。
好きで選んだ仕事なのではないから初めのうちはかなりの嫌悪感でそこにいるだけで1日何回も吐き気に襲われていた。

この場所を見つけてやっと職場が、我慢できるようになったのは、ごく最近の事だった。

僕の家は、代々医者をやっていて僕も当然医者になるように小さな頃から親に扱われてきたが、あまりにも人間の汚い部分を見たり触れたりする実習に耐え切れず、医者になることをやめてしまった。

親からは、かなり罵倒されたが、吐きまくる医者なんて誰も診て欲しくないだろうし、生理的に無理なものは無理なんだとわかってもらうのにかなり時間がかかった。

それならば、他に病院に携わる仕事をと言われ仕方なく放射線技師という遠くから人の骨を見ればいいという仕事に就いたのだった。いずれ実家の病院に戻されて兄の助けをさせられるんだろうが、別に逃げる理由もないので成り行きに任せることにしている。

ショッピングモールの近くにあるかなりでかい医療センターに勤めていて、夜勤はないのだが、遅番と早番が不規則で未だに体内リズムがしっかりしないのが悩みだった。

今日は早番で、朝の7時から15時までだったのでこのカフェに来てお気に入りのホットサンドをゆっくり食べることにした。
大抵その勤務時間には、ここに来て大好きなロイヤルミルクティーと一緒に食べながら、店に来る普通の人を観察している。
僕は、人間の骨をいつも見ているが人間の中にある無機質なモノには、何も感じないので外見から色々妄想するのが好きだ。

病院に来る患者は何かしらの病を持っているからその人や家族は、イヤなオーラを出している。そんな人たちと接していると、こっちまでそのオーラがまとわりついてくるから仕事終わりには、ありとあらゆる色が僕の体にくっ付いている。
人に話したことはないし、わかってもらえないから話そうとも思わない。
体に着いた変なものを消してくれるのがこの店に溢れている光だった。
この店を知る前は、汚染されたまま家に帰っていたのでかなり辛い毎日だったが、ふとしたキッカケでこの店に入った時に、体からそれらがスーっと消えていったからびっくりした。

ココロもカラダも軽くなる。

まさにそれだった。しかも、ランチがおいしいし安い!

昼をかなり過ぎてもランチとなっているから笑ったけど遅めのランチをとる僕にぴったりだったので常連さんになりつつある。

曇りの日や雨の日にも来るのだが、陽射しが入らないのに光に溢れているのには驚いた。
どうしてなのか初め分からなかったが、何度か天気の悪い日に訪れた時にそれが判明した。

どうも店員の彼女から放たれる光のようなモノで店内がシルバーになっていたのだ。彼女の凄いオーラが店内を明るく輝かせていたのだ。

彼女は、気づいているのだろうか?自分がそんな風に輝いているなんて。
それに、彼女を見ていると不思議な場面が浮かんでくる。彼女の頭の中にあるモノなのかどうかはよくわからないがいろいろな人の生活の様がまるで漫画の吹き出しのようにポン、ポンと彼女の周りに浮かんでくる。

もしかしたら彼女は、いろいろな人の人生を透視しているのかもしれない。ここに来る客の人生を見ているのかもしれない。
きっとドラマを見ているみたいに来る客の後ろにあるモノを感じているのかもしれない。

僕のようにここに来れば元気になるとかホッとするとか感じている人がきっといるはずだ。
すでに際立って見える常連さんが何人かいる。
彼女の態度でも汲み取れるが数ヶ月も通っているとわかってきた。

そうだ。彼女の目線でここの客の話を書いてみよう。

『カフェRe-Q 』にやって来る普通の人たちの話。

こんな始まり方は、どうだろうか?


 【通りに面したそこは、上から下まで大きなガラスで作られているので午前中は、キラキラとしていて眩しいくらいだ。

わたしが働いている喫茶店で、名前は『カフェRe-Q』………】


名前は………『Coffee story』


僕は飲まないがここのコーヒーは、かなり美味いらしい。

いつまで続くかは、わからないけど、いくつかはすぐに話が出来上がると思う。
それくらい個性的な常連さんがいるのだ。
ここ『カフェRe-Q 』には。

僕を癒してくれる
シルバーに光る
ここ『カフェRe-Q 』の話。

今日も彼女は、シルバーの光を振りまいてみんなを癒してくれている。





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