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2020年ドラマ『ノースライト』感想

2020年ドラマ『ノースライト』(脚本/大森寿美男)鑑賞。
横山秀夫原作の美しいミステリー。

あらすじ

「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」
それがY邸の依頼人・吉野陶太(伊藤淳史)から建築士・青瀬稔(西島秀俊)に託された唯一の注文だった。バブルが弾けて以降、妻・ゆかり(宮沢りえ)とも別れ、流れ作業のような仕事に身を任せていた青瀬にとって又とない機会だった。建築予定地は信濃追分。青瀬は所長・岡嶋昭彦(北村一輝)の応援を受け、すべての思いを託してY邸を完成させた。依頼人・吉野陶太の家族も満足そうであった。だが、その一年後、吉野陶太一家がその吉野邸に引っ越していない事が発覚する。Y邸の中にあるのはブルーノ・タウトゆかりの椅子だけ。吉野一家に一体何が起こったのか? この出来事にゆかりは関わりがあるのか?  そして所長・岡嶋には公共事業にまつわる贈賄嫌疑がかかる。 岡嶋の無実を信じる青瀬は、岡嶋の悲願である公共事業コンペへの挑戦を決意する……。

NHK『ノースライト』サイトより抜粋

『同心梅だよ。ひとつの心にふたつの花が咲く中国の梅だ。同じ心を抱くふたつの体だ。いるんだよ世の中には。色恋とは別の次元で心がシンクロする相手が。結婚とか離婚とか関係なく。』

このドラマには魅力的な言葉がいくつも散りばめられている。
タイトルのノースライトはもちろんのこと、ドイツの芸術家、ブルーノ・タウトと妻、エリカの痕跡や、コンペに参加するために岡嶋が紹介した孤島の芸術家、藤宮春子(山口果林さん)の遺した言葉や、冒頭紹介した「同心梅」(どうしんばい)という中国の梅の話。それらは作品の登場人物全てに当てはまるようだった。

物語は青瀬に「Y邸」の建築を頼んだ後、行方をくらませた吉野一家の謎と、芸術家、藤宮春子(注・架空の人物)の作品群を美術館コンペに参加した上でメモワールと題して建設したい岡嶋の願い、そのふたつが同時進行して行く。家具が一切残されていなかった「Y邸」に唯一残されていたブルーノ・タウトの椅子によって、タウトの生きて来た道も同時に知ることができ、どこかドキュメンタリーのようにも感じた。

最初は、コンペに参加する作品を誰の物でもなく、自分の代表作にしたいと青瀬に話していた岡嶋。ここまではただの野望かと思った。しかし彼は、どうしても自分の代表作を欲する大きな理由があった。

主人公、青瀬は一級建築士だがバブルが弾けて以降は、大学時代の同級生である岡嶋が経営する小さな設計事務所に雇われ、月一度、離婚した妻の許で暮らす娘と面会する生活を送っている。青瀬の建てた「Y邸」は現在、難はあるとしても彼の代表作で、住みたい家の200選にもなって紹介されているほどだ。所長である岡嶋にはまだそのような代表作はなく、多少の嫌味を言いつつも青瀬の才能に羨望を感じていた。
もしもコンペに優勝すればマイナーな会社からメジャーとなる。事務所内は湧き立ち、コンペまでのカレンダーも制作していた矢先、岡嶋に収賄疑惑が持ち上がっていると知る。岡嶋は青瀬に「そんな事実はない」と話していたが一転、岡嶋は過度のストレスから入院。訪ねて来た青瀬に一部収賄に加担していたことを告げる。そうなればもうコンペには参加できない……。

岡嶋は、入院先の病院に駆け付けた青瀬にどんなことをしてでも自分の代表作としてコンペに参加したかった理由を告げる。自分の為ではなく愛する息子の為だと。実は血が繋がっていない息子だが可愛くて仕方がない、その子に自分の建てたものをひとつでも残したい、と。学生時代から時が経ち、岡嶋は数年前に青瀬が考えていたような、いい加減で女たらしのままではなかった。そして青瀬に対して、離婚していたとしても家族を大事にしろ、と話す。自分だけが辛い想いをしている訳じゃない。青瀬はやっとここで本当に岡嶋に心を開いたように思う。

岡嶋が青瀬に問う。
「おまえが一番美しいと思うものはなんだ?」
青瀬は少し考えたのちに言う。
「ノースライトだ」

そんなふうに語り合ったばかりの岡嶋が、入院中の部屋から転落死する。
事故なのか、自死なのかは判らない。しかし青瀬は岡嶋の自死などとは到底思えない。そして、その想いは岡嶋が入院中ずっと描いていたスケッチブックを息子が持ち帰っており、そこにおびただしい数のコンペのためのデザインが描かれていたことから明らかになる。言ってみればそれは岡嶋自身だ。息子に渡したいと願っていたものだ。それを中途半端にさせて死ぬ訳がない。あれは事故だ、と青瀬は確信する。子供にとって親が事故死か自殺なのか、その差は大きい。自身の胸に迫って来る痛々しい過去が青瀬を動かす。青瀬は岡嶋の死で中止になったはずのコンペのカレンダーを動かし、岡嶋のスケッチブックを見せ、所内の人間を説得する。

岡嶋の作品がコンペで優勝するのかは描かれない。しかし岡嶋が命を懸けてアイデアを練り、彼の魂を青瀬が継いだ建築のプレコンペは確実な手応えを感じさせて終わる。藤宮春子の作品群が活きるよう設計されたそれは、青瀬が美しいと言っていたノースライトを天井から取り入れ、作品を優しく照らす岡嶋の最後の作品だった。

青瀬は椅子を手掛かりに吉野一家を捜索し続け、とうとう吉野本人からの手紙で再会が叶う。そこで聞いたのは青瀬にとって懐かしくもあり、自分の父親の死に関する重大な答えでもあった。更に妻、ゆかりが関連していた。もしも青瀬が岡嶋と激論していなかったら、あの情熱を知らなかったら、もしかしたら、大きな嘘をついていた吉野を許せなかったかも知れない。岡嶋との友情が青瀬に再び、純粋な情熱を呼び起こしたように思えた。そして改めて「Y邸」は青瀬の手に渡った ――。

全編を通し、岡嶋役の北村一輝さんの演技が圧倒する。
鬼気迫る芸術家の性分と、飄々とした顔、そして、すべて見通しているような深い眼差しが激しく前後編を駆け抜けて行く。青瀬も辛い背景を抱えてはいるが建築家としての「代表作」がある。
創る人間にとって自分の魂を込めた作品がひとつでも存在していれば何があっても後悔しない。それで生きていける。それは例え立場が逆転して上司や部下と言う関係になったとしても変わらない。

西島さん演じる青瀬はどちらかと言うと、前半は激情型の岡嶋に引っ張られ、厳しい言葉も投げつけられて困惑し、見守るしかないような立場だが、岡嶋に悲劇が降りかかった時、岡嶋の魂を受け継ぎ、情熱を復活させ、岡嶋の代表作として何としてでもコンペに出品することを志す。
ここから西島さんの存在感が増して行く。このドラマ内での西島さんは、光になり影にもなる。どの役にまず光が当たるのか、絶妙に立ち位置を変化させているように見える。そうしたバランスを保ち、このドラマはひとつの作品として完成されている。誰しもひとりだけが目立つことが演技ではない。抑える必要もあることを西島さんの演技から教わることが多い。

「同心梅」は最初と最後、2度登場する言葉だ。岡嶋に教えられ、最初はあまり本気にせず流す青瀬だが、2度目にふと、岡嶋の声で反芻された時、それは青瀬の心に反響するものに変化する重要な言葉になっていた。青瀬も、同心梅として家族と再び歩いてゆくのかも知れない、が、そこまでは描かれない。ただその甘い余白はノースライトの光のように人生を明るく照らして行くものだろう。

『胸の高さから天井ぎりぎりまで枠をとった規格外の北の窓。
内紐を勢いよく手繰ってカーテンを開く。部屋に光が訪れる。線ではなく、束にもならず、極限まで薄く仕上げたベールのような光が、ふわりと部屋全体を包み込む。』

横山秀夫先生の原作本で語られるノースライトの表現。とても好きな文章です。


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