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コロナ禍での海外公演 〜制作者座談会レポート〜

2020年初めに世界中に広まった新型コロナウイルスによる感染症は、2022年となった現在に至るまで舞台芸術の作り手と観客の双方に大きな影響を与え続けている。このような状況下における舞台芸術の国際交流の現実はどのようなものだったのか。
パリ・フェスティバル・ドートンヌに参加した庭劇団ペニノ『笑顔の砦』、ジゼル・ヴィエンヌ、エティエンヌ・ビドー=レイ『ショールームダミーズ #4』、チェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』と、ベルリン芸術祭ポンピドゥー・センターで上演された中間アヤカ&コレオグラフィ『フリーウェイ・ダンス』。コロナ禍でも国際交流を続けていきたいと強い意志を持ちながら、そして時には互いを励まし合いながら、2021年秋に海外ツアーを実現させた4つの作品でそれぞれ制作を担当した小野塚央(庭劇団ペニノ)、齋藤啓(ロームシアター京都)、柴田聡子、水野恵美(precog/チェルフィッチュ)による座談会をレポートする。

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水野 コロナ禍での海外公演は、費用が増大することはもちろんですが、調整事項も大量に発生し、刻々と変化していく状況にも対応しなければならず、実現のためのハードルが非常に高くなってしまいました。そんな状況のなか、皆さんとはいろいろ情報を互いに共有しながら調整を進めることができて、戦友のような気持ちで大変心強かったです。今回は、その延長のような振り返りのような感じで、このコロナ禍でも諦めずに海外ツアーを実現させた皆さんの最前線でのお話しを伺いたいと思います。この状況でも海外公演を実現できたモチベーションやコロナへの対応などについてのお話しを通して、国際交流に対する考えや意義について改めて見えてくるものがあるのではと思っての企画です。時事的な記録という意味でも、記憶がフレッシュなうちにざっくばらんにいろいろとお話しできたらと思います。

1. 海外ツアーへのモチベーション

水野 『消しゴム山』は当初はフランクフルトを含めた3都市ツアーの予定だったんです。でも隔離期間があるとなると2都市しかいけないということになり、ウィーン、パリ、フランクフルトのそれぞれの様子を伺いながら調整することになりました。当時日本は、ドイツからは感染危険レベルが高く指定されていたものの、フランスでは最も安全というレベルに指定されていたということもあり、フランクフルトは見送り、ウィーンとパリの2都市での実施となりました。また、フランスでは危険レベルが緩やかになっていたこともあって、パリからは今年絶対に招聘するんだという強い意志を伝えられ、この状況下でも海外ツアーをやることを後押ししてもらいました。

(画像提供:チェルフィッチュ)

小野塚 ペニノは舞台美術を船便で送ることになっていたので、かなり早い時期に発送をする必要があったんです。でもコロナの影響で、船便も通常の1.5倍くらいの値段になっていて、それを劇団で負担することになったりしたら大変なことになる。どうしようかと思っていたら、フェスティバル側からなんとかするからとにかく送ってくれ、と言われて。

撮影:堀川高志(画像提供:庭劇団ペニノ)

柴田 フェスティバル側が実現に向けた熱意を示してくれるのはありがたいし心強いですよね。観客が会場内を自由に歩き回れる『フリーウェイ・ダンス』はコロナ禍で招聘するには厄介だったと思います。観客の動きは予想できないし、公演の時点で観客がそういう作品を受け入れてくれる雰囲気かもわからない。2021年5月のクンステンの時点ではワクチン接種も日本では始まっていなかったのでマネジメントの面での不安もありました。それでも公演が実現したのは、2020年のTPAMのときにクンステンのディレクターが作品を観てくれて、そのあとAmazon Clubでも中間の話を熱心に聞いてくれたという体験が双方の熱意につながったからだと思います。

(画像提供:柴田聡子)

水野 『ショールームダミーズ #4』はフランス公演実現のためにクラウドファンディングも実施しましたよね。

齋藤 もともと『ショールームダミーズ #4』はツアーではなくパリ・フェスティバル・ドートンヌの一箇所のみでの公演だったこともあって、助成金が出ていたとしても収支は厳しいところがあったんですけど、助成金が出ないことになってしまって。それで急遽、資金調達をする必要が出て来まして、9月の頭にクラウドファンディングの話が出て、1週間くらいで実施することに決まりました。
今回、ロームシアター京都で作った作品を初めて海外に持っていったんです。劇場や運営財団内でも収支が合うなら行ってもいいのではくらいのスタンスだったんですけど、クラウドファンディングをやったことで、結果として色々な人にプロジェクトの価値を知ってもらえたのはよかったですね。誰がこの劇場を観てくれているのか、支援してくれているのかということが可視化されたことも大きかったです。
クラウドファンディングをやる前は、ロームシアター京都がやると「京都市からお金もらってるのに」と言われる可能性があるのではという懸念もあったんですけど、実際にはそういう話は耳には入ってきませんでした。今までとは別のかたちでお金を集める回路が見えたという意味でも意義のある取り組みだったと思います。

© Hervé Véronèse – Centre Pompidou
(画像提供:ロームシアター京都 齋藤啓)

2. コロナ対策もろもろ

ワクチン接種について

水野 チェルフィッチュではツアー先のウィーンとパリからワクチン接種の状況についてのヒアリングがかなり早い段階でありました。ワクチン接種証明書がない場合は別のやり方もあるけどそれはけっこう大変だということも言われて。こちらとしてはツアーのためにワクチン接種を義務付けるということはしたくないと思っていたこともあり、ツアーメンバーにはワクチン接種に対する考えを、接種したい、渡航に必要なのであればする、できればしたくないみたいな感じで細かくヒアリングしました。

小野塚 ペニノでは、最初はワクチン未接種の人もツアーには参加可能ということで話を進めていたんです。でも、準備している段階で、フェスティバルに助成している国際交流基金から、ツアーメンバーの全員が2回のワクチン接種を終えていることが条件ということを言われてしまって。代わりに3日に1回PCR検査を受けるという方法もあったんですけど、不慣れな場所で本番期間中にそれをやるのも現実的ではない。加えて、隔離期間の変動もあったりして、結果的にツアーメンバーは当初の予定からは変わってしまった部分もあります。

柴田 『フリーウェイ・ダンス』チームの多くは、5月末に一度ベルギーで開催されたクンステン・フェスティバル・デザールで公演をしていて、そのときの方がベルギー入国後の隔離などの渡航条件が厳しかったんです。秋のツアーの方がコンパクトなチームだったこともあり、海外渡航へのハードルは低く感じられました。ワクチン接種も早い段階で済んでいる方が多く、接種に対する感覚にも違いがあまりなかったので、ワクチンの接種が問題になるということはこのチームではなかったです。

(画像提供:ロームシアター京都 齋藤啓)

隔離期間について

齋藤 隔離期間は渡航の時期によって14日間だったり10日間だったりけっこう違いがありましたよね。隔離は10日ですと言われて11日目から仕事ができるのかと思ったら、検査の都合によって必ずしもそうではなかったりと仕組みもわかりづらかったです。まず制作サイドが理解するのに時間がかかりましたし、そこからメンバーに理解してもらうのにさらに時間が必要でした。

水野 隔離期間があるとなると、その期間は俳優や技術スタッフは現場での仕事ができないということになるので補償も必要になります。他の現場との兼ね合いがあるメンバーもいて、それを踏まえてスケジュールを組まないといけないのに、隔離期間も補償のための予算もなかなかはっきりしませんでした。結局、14日間の隔離があるという前提で予算とスケジュールを組みました。後になって隔離期間が10日間に変更になって喜んでいたんですけど、帰国3日前のタイミングでまた14日間に戻ってしまって、帰国のためのフライトやPCR検査の日程を急遽変更したりすることになりました。

小野塚 ペニノは10日間の隔離期間を見込んでいて、先に帰ったメンバーはそれで大丈夫だったんですけど、ツアーの最後まで参加したメンバーは滞在中にルールが変わって14日間の隔離になってしまいました。そもそも最初の段階では、隔離が必要な状況では国際交流基金からの助成が出ないことがわかっていたので、海外ツアーに行けるということは隔離期間がない状況を意味している、とメンバーに説明していたんです。でもフランス側から、国際交流基金からの助成がなくなっても、その分の費用はどうにかするから来てほしいということを言われて、それで隔離期間ありのスケジュールを組み直したという経緯があります。

齋藤 私たちは隔離ありを前提に、もちろん状況次第ではあるんですけど、フェスティバル自体が中止ということにならないかぎりは行く、ということで渡航のためのクラウドファンディングも進めていました。渡航を実現できる保証があったわけではないんですけど、8月にクリエイションメンバーで集まることができて公演に向けた前向きになれたのと、メンバーのほとんどが海外経験者で渡航に慣れていたことはプラスに働いたと思います。

柴田 今回のメンバーも海外渡航には慣れていたんですけど、5月のクンステンから帰国した際の施設隔離が大変だったらしくて、経験者はみんなそのときの辛さを語っていました。飲酒や喫煙をするメンバーは特に辛かったみたいです。10月はたまたま施設隔離のないタイミングだったんですけど、その意味では辛い隔離を体験していた方がハードルが下がって感じられることもあるかも。

(画像提供:チェルフィッチュ)

ワクチンパスポートについて

齋藤 ワクチンパスポートは自分たちで申請しました? 私たちは自分たちで申請していたらすぐ届いた人といつまで経っても届かない人がいて。全然来ないのでフェスティバルに間に入ってもらったらすぐに来たんですけど、自分で申請した分は帰る頃になってようやく届きました。

水野 チェルフィッチュは渡航するタイミングではもう日本からは申請できなくなっていたので、フェスティバル側に手続きしてもらいました。

柴田 私だけ小屋入り前日になってもワクチンパスポートが届かず、それがないと劇場入りできないと言うんです。結局、小屋入りの朝に届いてなんとかなったからいいんですけど……。

小野塚 ペニノも自分たちで手配しました。行く直前にルールが変わって日本からの手続きができなくなって、現地の薬局で取得しないといけないことになったんです。でも、薬局に手続きに行ったら、その方法については政府から通達が来ていないので申請できないと言われてしまったりして大変でした。フランスのワクチンパスポートが来るまでは日本のワクチン接種証明書が代わりになりました。

柴田 それも場所によるみたいで、ベルリンはそれで大丈夫だったんですけどパリではダメでした。

齋藤 普通の店では提示を求められないところも多かったですね。

(画像提供:チェルフィッチュ)

マスクについて

齋藤 マスクの扱いも国によってけっこう違います。パリでは路上ではマスクをつけずに手に持っている人が多かった。それで地下鉄に乗るときにはつける。地下鉄でマスクなしでしゃべってる人は白い目で見られていたように感じました。初日が終わってカフェで立食パーティーみたいになったときにみんなマスクなしで、久しぶりにそんな光景を見たなと思いました。

水野 ウィーンでは室内ではFFP2マスクの着用が義務づけられていて、街中ではマスクをしてない人が多いんですけど、室内に入るとみんなそれをつけていました。けっこう息苦しく感じるんですけど観客は上演中もずっとそのマスクをつけていて、他にワクチン接種証明とPCR検査の陰性証明も必要。客席に入るスタッフも毎日のPCR検査が義務づけられています。客席に入らない出演者はPCR検査は義務ではありませんでした。パリに移動してきてすぐのときは不織布マスクが頼りなく見えたりしましたけど、何日かすると慣れますね。

小野塚 現地スタッフに劇場側のスタッフは仕込み中マスクなしで作業しますと言われてびっくりしました。実は途中で体調を崩したメンバーがいて、検査の結果は陰性だったんですけど、そのときはピリッとしましたね。

(画像提供:チェルフィッチュ)

3. コロナ禍の国際交流

柴田 今回ベルリンとパリで上演した『フリーウェイ・ダンス』はコロナ禍以前の作品ですが、コロナ禍でつくった作品を海外に持っていったことはありますか?

小野塚 ニューヨークで上演した『ダークマスターVR』はコロナ禍になっても実現できる企画を、ということでジャパン・ソサエティーの方と話し合いをしました。VRを使った作品をつくることになり、まず東京芸術劇場で上演してからニューヨークのジャパン・ソサエティーに持っていきました。文化庁の助成金を取っていたので、VRも演劇だということを説明しなければならず、それはちょっと大変でしたね……。本来であればスタッフも一緒に行きたかったんですがそれは難しくて、結局ニューヨークには演出家のタニノクロウさんだけが行って、スタッフは現地の方にお願いしました。

水野 どれくらいの人数が海外に渡航できるかというのは今後ますます問題になってくると思います。ツアーメンバーが18人いる『消しゴム山』はチェルフィッチュとしても大所帯の作品で舞台美術もたくさんある。公演が延期になったフランクフルトからは、昨年実施可否を調整していた頃、コロナ禍の状況でこの作品を上演するということについてはもう少し考えたいということも言われました。あと、ジェローム・ベルのように飛行機に乗らないことを表明するアーティストも出てきていますし、環境への配慮も強くなってきていることを実感しています。

柴田 『フリーウェイ・ダンス』は舞台監督や音響、照明が積極的にディレクションに関わっていて、ほとんどアーティストとして参加していると言ってもいいくらいの作品です。現地で決めないといけないこともあるので、よりよい形で作品を届けるためにはスタッフも一緒に行きたいんですけど、こんな状況だしオペは現地の人間でいいじゃないかという意見もありました。

(画像提供:ロームシアター京都 齋藤啓)

齋藤 コロナ禍が国際交流に及ぼす影響は、思いがけないところにも出てきます。たとえば、国籍によって入国にビザが必要な場合がありますが、コロナ禍の影響でそもそも短期ビザの発給を停止している国もあったりする。そうすると入国のハードルはとても高くなってしまいます。

水野 予算が確保できるかどうかという問題もありますよね。隔離期間の補償なども考えると予算は大きく膨らんでしまいます。そういう予算を捻出できるかが不確定であったがために海外公演を見送らざるを得なかった団体もいます。予算の確保が難しいため海外への渡航ができないということになってしまうと、国際交流のハードルはますます高くなってしまう。

齋藤 特にこれから海外に行こうとするカンパニーにとっては色々なハードルがすごく上がってしまいました。フェスティバルにせよ劇場にせよ、公演が延期になった作品が多くあります。その延期公演でスケジュールが埋まっている部分があるので新たな作品が入る余地は少なくなっていますし、そもそも今の状況ではディレクターが海外の作品を見る機会も限られてしまっている。日本のフェスティバルでも同じようなことが言えると思います。海外に行けないと新しい出会いがない。

水野 それでもまだ渡航のしやすいヨーロッパ圏と比べてアジアはよりハードルが高くて、近年盛んになっていたアジアの舞台芸術における交流も難しい状況にあると思います。コロナ禍への対応が政治的状況と絡み合って複雑化しているケースもあり、家の外に出ることすらままならない人もいるような状況では対面での国際交流はまだなかなか難しい。そのため、オンラインでの国際交流の可能性もこの2年間模索しています。

齋藤 コロナ禍が落ち着いたら元に戻ろうとする力も働くと思うんですけど、元通りにはならないこともある。特に子どもへの影響は甚大だと思いますし、それがこの先どのようなかたちで出てくるかは誰にもわからない。1年後どうなっているかもわからないような状況ですが、だからこそこうやってそのときそのときの体験を共有しておくことには意味があるとも思います。1年後とかにまた話せたらいいですね。

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構成:山崎健太
開催日:2022年1月16日


参加者プロフィール

小野塚央(庭劇団ペニノ)
新潟生まれ。宝塚歌劇団雪組「エリザベート」に衝撃を受け、明治大学在学中より、庭劇団ペニノ、演劇弁当猫ニャー等の劇団に制作として携わる。大学卒業後、ホリプロにて票券業務を担当。2005年から2009年まで渡独。Deutsch Oper BerlinやMaxim Gorkie Theater等でドラマトゥルグ研修生として複数プロダクションに参加。2010年よりゴーチ・ブラザーズ所属。2010年より再び庭劇団ペニノ制作。また、TPAMなどのフェスティバルや、カンパニーデラシネラ、DULL-COLORED POP、ミナモザなど様々な公演制作を行う。

齋藤啓(ロームシアター京都)
東京生まれ。2006年、鳥取で鳥の劇場の立ち上げに参加。劇団公演から劇場運営、「鳥の演劇祭」、国際交流事業まで幅広い制作業務を担当。2017年よりフリーの制作者として活動。2018年3月から約11ヶ月、文化庁新進芸術家海外研修制度でスコットランドに滞在。2020年1月よりロームシアター京都に勤務し、自主事業の企画制作を担当。舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事。

柴田聡子
埼玉生まれ。2016年多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒。2017年よりPARC – 国際舞台芸術交流センター職員として国際プラットフォーム事業や公演制作などに従事。2021年春に同センターを退職し、フリーランスのアートマネジャーとして活動を開始する。現在は演劇・ダンスを中心としたクリエーションの現場や、中間支援団体での助成事業などに関わっている。

水野恵美(precog/チェルフィッチュ)
神奈川生まれ。2015年立教大学現代心理学部映像身体学科卒。在学時よりフェスティバル/トーキョー、国東半島芸術祭、TPAM等のフェスティバルや公演の制作アシスタント、2014年〜2016年に劇団 贅沢貧乏の制作を担当。2016年precog入社後、岡田利規、矢内原美邦、神里雄大などの国内外公演事業や、「Jejak-旅Tabi Exchange」や『プラータナー:憑依のポートレート』等の国際交流事業の制作に携わり、現在は主にチェルフィッチュや岡田利規の事業を担当。一般社団法人P代表理事。

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