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音声と演劇をめぐって——チェルフィッチュ×藤倉大 with Klangforum Wien 新作音楽劇(ワークインプログレス公演/音声ガイド付き映像配信)での取り組み

2023年のウィーン芸術週間で委嘱作品として初演を迎える新作音楽劇。そのワークインプログレス公演(制作過程にある作品の公演)が2021年11月に行なわれた。さらに、音声と演劇をめぐる取り組みの一環として、THEATRE for ALLではワークインプログレス公演の映像が音声ガイド付きで配信されている。音声ガイドは一義的には情報保障のためのものだが、ワークインプログレス公演がそうであったように、この音声ガイドとその制作過程もまた、作り手たちの思考を知り、あるいは演劇に対する新しい視点を得るための示唆に富んだものになっている。


1. チェルフィッチュ×藤倉大 with Klangforum Wien 新作音楽劇とは?
2. ワークインプログレス公演とは?
3. 「消しゴム」シリーズから新作音楽劇へ——チェルフィッチュと音声(ガイド)
4. 新作音楽劇(ワークインプログレス公演配信映像)の音声ガイドとその制作過程

1. チェルフィッチュ×藤倉大 with Klangforum Wien 新作音楽劇とは?

チェルフィッチュ/岡田利規はこれまでにもバンド・サンガツと協働した『地面と床』やバッハの『平均律クラヴィーア曲集第一巻』全 48 楽章を丸ごと使った『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』、あるいはラッパーのOtagiriに振り付けたチェルフィッチュ × Otagiri × 丹下紘希『アウトラップ(いかにも音楽的な語りのなかにもキラリと饒舌なシナリオ)』など、様々なかたちで音楽と演劇や身体の関係に取り組んできた。今回の新作音楽劇はその最新版だ。
タッグを組むのは世界的作曲家・藤倉大。2020年に新国立劇場の委嘱によるオペラ《アルマゲドンの夢》世界初演が大きな話題となったことも記憶に新しい。現代演劇と現代音楽、それぞれのトップランナーが創造を目指すオペラともミュージカルとも違う「新しい音楽劇」。そこでは俳優は歌唱とは異なる手法で、そして音楽は情景や心情を描くのとは異なるあり方で相互に作用し、言葉と音楽のまったく新しい関係が構築されることになるだろう。

2021年11月ワークインプログレス公演終了後の合同取材にて(撮影:加藤和也)
左:岡田利規 右:藤倉大(ロンドンの自宅よりリモート参加)

2. ワークインプログレス公演とは?

新作音楽劇の初演は23年のウィーン芸術週間とまだ少し先のことだが、クリエーションはすでにはじまっている。21年7月には「言葉と音楽のまったく新しい関係」を模索するためのワークショップが実施され、今回のワークインプログレス公演ではその成果を踏まえつつ、ある一つの場面の上演(稽古)を通して方法論を検討・共有し、創作の基盤をつくりあげていく過程が公開された。
公演にはウィーンで共演する現代音楽アンサンブルKlangforum Wienも〈映像演劇〉の手法を使って登場。ワークインプログレス公演では単に同じ場面を繰り返すだけでなく、録音されたKlangforum Wienの演奏とともに上演するのと日本のアンサンブルの生演奏に合わせて上演するのではどのような違いが生まれるのかといった実験も行なわれていた。
チェルフィッチュの新作のクリエーション過程がこのようなかたちで公開される機会はそうあるものではない。岡田や藤倉からのフィードバックはもちろん、俳優のリアクションや演奏者のコメント、パフォーマンスの変化のいずれもが興味深く、その場に立ち会った観客もまた、演劇を観る目が更新されるような大きな刺激を受けたのではないだろうか。具体的にどのようなやりとりが交わされどのようにパフォーマンスが変わっていったかについてはぜひ映像をご覧いただきたい。

2021年11月ワークインプログレス公演のフィードバックの様子(撮影:加藤和也)

3. 「消しゴム」シリーズから新作音楽劇へ——チェルフィッチュと音声(ガイド)

今回の新作音楽劇のコンセプトは『消しゴム山』(2019年初演)にはじまるチェルフィッチュ×金氏徹平「消しゴム」シリーズからの流れの上にある。人とモノとのフラットな関係が模索された「消しゴムシリーズ」に対し、新作音楽劇で模索されるのは言葉と音楽との、あるいは人間と音楽との新しい(フラットな)関係だ。岡田はそれを「音楽と人間の俳優が、人間と音楽という関係というよりももっと人間と人間の関係に近いような感じで競演する、たとえばそんな感じなのかもしれません」と言う。
今回の配信映像に合わせて制作された音声ガイドについても『消しゴム山』でのいくつかの取り組みを踏まえたものだ。クリエーションの一環として、『消しゴム山』では作品に携わる俳優や制作チームらが「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」に参加、初演では観客が開演前の舞台上で舞台美術を触って体感することができるタッチツアーを実施した。(note「チェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』タッチツアーレポート」 https://note.com/precog/n/n64cb1e976548
東京公演ではアクセシビリティ向上のためのさまざまな取り組みを実施。劇場に足を運ぶハードルを下げる「鑑賞マナーハードル低めの回」を設けるのみならず、THEATRE for ALLでの映像配信「消しゴム山は見ている」も行なった。これらの取り組みの甲斐もあってか、チェルフィッチュの客席には視覚障害者の観客も増えつつある。チェルフィッチュにとって音声ガイド制作は観客に作品を届けるための当然の取り組みなのだ。
一方、『消しゴム山』東京公演では、情報保障の取り組みとしてだけではなく演劇における音声ガイドの可能性を探求するものとして「山がつぶやいている」と題された「エクストラ音声」の上演も行なわれていた。作・演出の岡田が書き下ろしたテキストを俳優の太田信吾が読み上げたそれは、音声ガイドらしく舞台上の光景を描写する部分もあるものの、しばしば舞台上にはない光景を語り、そのことによって視覚情報によって立ち上がるものとはまた異なるレイヤーを作品に加えていた。
(『消しゴム山』東京公演の取り組みについてはこちら https://precog-jp.net/works/eraser-mountain

2021年2月『消しゴム山』東京公演時の様子
 (撮影:高野ユリカ)

4. 新作音楽劇(ワークインプログレス公演配信映像)の音声ガイドとその制作過程

一方、今回の音声ガイドは情報保障に特化したもので、Palabra株式会社が音声ガイドの制作を担当している。映画をはじめとした音声ガイドを手がけ、THEATRE for ALLのパートナー企業としてバリアフリーコンテンツの監修も行う会社だ。今回は視覚情報を描写することに力点を置いての音声ガイド制作となったが、ワークインプログレスという公演形態やチェルフィッチュ作品における俳優の身体の特殊性もあり、制作の過程ではPalabraとチェルフィッチュの制作とのあいだでさまざまな意見交換が行なわれることになった。その結果として、完成した音声ガイドは情報保障として十分であるというだけでなく、チェルフィッチュの作品やクリエーションに関心のある観客にとっても(その制作過程も含めて)興味深いものになったように思われる。
今回のワークインプログレス公演では同じ場面が繰り返し上演される。音声ガイド制作にあたっては、「掴み」となる1回目の上演の音声ガイドに俳優の配置など基本となる情報を十分に盛り込み、2回目以降の上演ではパフォーマンスの変化に焦点があたるようにするという方針となった。
俳優の身ぶりについては、Palabra側から提出された「ぎこちない動き」「手をしきりに動かす」など晴眼者が視覚から直観的にとらえていることを描写した初稿の表現に対し、チェルフィッチュ側からは「俳優が何を意識(想像)することによってその動きが生まれているのか」や「テキストとどう結びついているのか」を大事にしてほしいというフィードバックがあった。『消しゴム山』のエクストラ音声にもその傾向はあったが、ここでは音声ガイドに作り手の思考が滲むことになる。

音声ガイド原稿のやり取り
Palabraから提案された原稿にチェルフィッチュが補足をし、それをPalabraが音声ガイドとして最適な言葉に整えていく、という作業が繰り返された。


そうして推敲された音声ガイドは視覚障害者のモニターによってさらなる検討が加えられる。この段階では舞台上の俳優たちの身ぶりが必ずしもリアリズムに基づくそれとはかぎらないことや回を重ねることによるパフォーマンスの変化が十分に理解できる音声ガイドになっていることが確認された。一方、たとえば俳優が上手側を見ながら「家の外急に今すごい勢いの雨が降り始めた」というセリフを発する場面では、「上手の方へ目を向けながら」という音声ガイドに対し、これでは視線とセリフとの関係がわからないという指摘もあった。舞台上の様子が見えている場合、視線の向きやその向け方、俳優やモノの配置などから、窓の外を見て雨が降り出したことを確認したのだなと推測することが可能である。しかし、「上手の方へ目を向けながら」という音声ガイドではそれが伝わらないのだ。もちろん全ての身ぶりを明確な意図のもとに描写することは不可能だが、どこまでを描写すべきかの擦り合わせも含め、音声ガイドにはさらなる検討・修正が加えられた。


モニターとの検討会の様子

完成した音声ガイド付き配信映像は視覚障害のある観客にとって格好のチェルフィッチュ入門となっている。同時にそれは、視覚障害者以外の観客にとっても「見えないものを見る」ための助けとなるだろう。言葉、イメージ、身ぶり。チェルフィッチュの作品において密接に結びついていながら、観客にとっては謎めいたものでもあったそれらの関係は、音声ガイドを介することで観客にも(少しだけ)触知可能なものとなる。そして音楽。そこにはおそらく「言葉と音楽のまったく新しい関係」へのヒントも含まれているはずだ。配信映像と音声ガイドを楽しみながら「新しい音楽劇」の到来を待ちたい。

取材・文:山﨑健太

【THEATRE for ALLにて配信中】
チェルフィッチュ×藤倉大 with Klangforum Wien 新作音楽劇 ワークインプログレス公演
https://theatreforall.net/movie/chelfitsch_work-in-progress_wien/
視聴無料

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チェルフィッチュWebサイト:https://chelfitsch.net/





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