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「カフーを待ちわびて」を読んだ

脈絡のない、インプットの記録をアウトプット。

原田マハさんのデビュー作「カフーを待ちわびて」を読んだのです。

初めて読んだ彼女の作品は、「楽園のカンヴァス」。それはそれは素晴らしい小説で、美術に造詣の深い、というかプロである原田さんの知識とセンスと言葉の巧みさを詰め込んだ、読み応えのあるアート・ミステリでした。

ピカソのことも、ルソーのことも詳しくないけれど、そして美術館の仕組みも知らないけれど、最後までワクワクし続けたことを覚えています。

で、その後、彼女が魂を注ぎ込んだであろう「暗幕のゲルニカ」は、少し肩透かしを食らったような印象でした。

多分、人は「本当に好きなものを客観視できない」という性質があるのではないかしら、と思えてならない。

原田さんは、ピカソを心の底から愛していて、それは人生の全てを投げ打ってもいいくらい特別なのかもと思ったりしました。つまり、読んでも読んでも「ピカソの何かすごいかがよくわからない」状態に陥っていたというか。主人公の何が特別かわからない感じになっていたというか。絵画を賞賛する言葉に同じ表現がなんども出てきて、それが計算なのか、大事なことだから何度でも言うよ的なものなのか、たまたまなのかわかりませんが。

「楽園のカンヴァス」で得た感動を求めて「暗幕のゲルニカ」を読んだら、何か違うものになっていたのでびっくりしたのか。

でも、言葉の使い方、タイトルのつけ方などの「言葉のセンス」にはとても素敵なものを感じたのは本当。

次に何を?と調べて見たとき、著作の中で一番心惹かれたタイトルが「カフーを待ちわびて」だったのです。

ご本人のインタビューをどこかで読みましたが、沖縄旅行をしていて「カフー」という言葉を知り、思いついたものだったとか。

カフーは、「果報」。いい知らせ。幸せ。

カフーという言葉そのものと、劇中とのリンクぶりは少し薄いというか、何かもっとドラマチックな要素が加味されていたらドキドキしたかもしれませんが、実際にはカフーは犬の名前につけられています。そもそも、島の言葉としてカフーは大切にされてきたはずですが。

設定や、話の展開に多少無理はあっても、人が人を大切に思うための何かを丁寧に綴っている点、沖縄の空気、風、そして暮らす人の日常と言葉がリアルに(かどうか、本当のところは知りません)描かれていて、清々しい感じの小説でした。

けど、ハッピーエンド願望者の私は、なんとなく想像に任せる系の終わり方はちょっとしんみり。

映画化もされているので、機会があったら(アマゾンプライムで無料で見られるようになったら的な)見てみたいですが、映像系は私はあまり見ないかも。。。だけど。。。



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