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禁道

通っちゃいけない道がある
汚いわけでも、通せんぼされているわけでもない
ただ、通ることはダメなのだ

大人たちは言う

あの道は絶対に通っちゃダメだよ
近道でも、誰も居なくても
遠回りしなさい

7歳になった角橋悠哉は、そんな言葉を意に介さない
行きたいとこへは行くし、行きたくないとこには行かない
歯医者は行きたくないとこだけど、無理に連れていかれるから仕方ない
お菓子のまちおかは行きたいけど、なんでも欲しがるからなかなか連れていって貰えない

悠哉はつれづれにそんなことを考えながらずんずん歩いていた

大人ってつまんないことばっかり言うんだからな

ここを曲がると、あの道だ
ちょっとドキドキする
今日は学校で中村健斗と約束をしたのだ

え~あそこ
みんな行くのダメって言うじゃん、なのに悠哉いくの?

うん

怖くないの?

ぜんぜん怖くない

じゃあ言ったら教えて!絶対だよ

あの時の健斗は、俺のこと凄いって目でみてた
だから絶対行って、スマホで写真撮るんだ

防犯用だけど、ちゃんと写真を撮ることができる

悠哉はドキドキとワクワクの入り交じる気持ちを抑えながら
とうとうあの道の前まで来た
早速1枚写真を撮る
もちろん変なものが写ったりもなかった

真っ青な空の下、気持ち良さそうな遊歩道が続いている
風がさざめき、初夏の緑がきらめく
自転車で駆け抜けたら面白そうだ

なあんだ
やっぱりただの道じゃん

がっかりしたような、ほっとしたような妙な気持ちで
禁じられた道の入り口に立った

ごく普通のアスファルトの道を、恐る恐る踏みしめる……
当然、何もなかった

……ちぇっ
バッカみたい

左には並木道、右にはフェンス
どこにでもあるありきたりな道を歩く
静かな道だ
みんなが避けるからまわりに誰もいない
まっすぐ行けば自宅にも近い
これからはたくさん利用しよう

悠哉は足取りも軽く進んでいたが、急にピタッと止まった
少し先の街路樹の影に……誰かいる

吹き抜ける風に合わせて、街路樹の影になった人の赤いスカートがふわっと巻き上がる

女のひと

来ては行けない場所に佇み、じっとしてる女の人

どうしよう

足が進まない
お化けだったらどうしよう
お化けじゃなくてもヘンシツシャだったら、どうしよう

じり、と足が一歩前に出る

ここから、一気に走っちゃえばいいんじゃないかな

持ち前の勇気が沸いてきた
人がいるくらいなんだ
結局、だめって言う大人だって使ってるんだ!

悠哉は徒競走の時を思い出してしっかりフォームを決めると、一気に走り出した

街路樹の影を追い越した瞬間

悠哉!

と、怒ったような声が後ろから呼び止めた

びっくりして足を止めると、赤いスカートの女…母親が呆れたように手を振った

あんた……まったく、ダメでしょう!

お母さん?なんで?

お母さんはため息をついて、腰に手をあてた

健斗くんのママが電話してくれたの!
悠哉がこの道を通るから気をつけてあげてって

健斗のママが?

どうやら健斗が母親に悠哉がこの道を通ることをうっかり喋ったらしい

まったく…ここはダメって、お母さん前から言ったじゃないの!
本当に言うこと聞かないんだから!

言葉尻はキツいが顔は笑っていた
ひとまずホッとする

ごめんなさい…

一応、しおらしく謝っておく
機嫌がたいして悪く無さそうで良かった

まあでもいいわ
仕方ないからこのまま帰りましょう
どうせ健斗くんに自慢したいんでしょう?

さすがにお見通しだ

うん
でもさ、ここちっとも変な道じゃ無かったよ!

不満げな悠哉の髪を撫でて、母親は悠哉と手を繋いだ
まわりにクラスメイトがいたら絶対嫌だけど、誰も見てないから繋いでもいいや

悠哉の意見に、母親はクスッと笑った

だって迷信みたいなものだもの
お母さんだって本当に何かあるとは思ってないわ

メイシン?メイシンてなに?

うーん、と悩んだあと母親が続ける
繋いでいない方の人差し指が口許に向かう
爪が綺麗に赤く塗られていて、いつもより母親が若く見える

迷信は…そうねえ、ん~…皆が信じてるけど本当はそうじゃないってことかなぁ

嘘ってことー?

まぁ、そうね
そういうことね

にっこりと悠哉を見下ろす

じゃあ、そのメイシン、なんて言われてるか教えて!

周りの子も何故この道が「ダメな道」なのかを知らない
俺だけが知ってたら凄い!

母親はいいわ、といって語りだした

この道はね
サトリノキンドウって言われてて、通る人を騙すの
まっすぐで、ながーい道でしょ?そこを誰も連れずに1人で歩くと、途中からその人の1番好きな人が現れるの

ふうん、変なの    それで?

それでね、現れた1番好きな人はその人のことをなんでも知ってて、うまぁく言って、その人の体を触るの


なんだか気持ち悪いね…

悠哉の怯えた声など聞こえないように、声は淡々と頭上に降り注ぐ
悲しげな音を鳴らし、木々の間を風が通り抜けていく

それはサトリってバケモノで、本物の好きな人じゃないのよ
だから、本物とは違うところがいくつもあるの……でもそれがわからないまま道を渡り終えたら……

終えたら?

サトリに食べられちゃうのよ

母親の手が、強く食い込んだ
痛くて引こうとするも、まったく引き抜けない

お母さん、痛い!

悠哉は約束を破るし、見栄をはって馬鹿なことばかりするし
ちぃっともイイコにしてくれないもの
お母さんも悠哉を食べちゃおうかなあ……サトリみたいに

歌うように母親が笑う

怖い、やめてよ、お母さん!

悠哉の声が聞こえているのか、いないのか
今は無表情で隣を歩き続ける
悠哉の心に疑惑の影が落ちる

この人は……もしかしたら、お母さんじゃないのかも

早足になる母親に必死についていきながら、チラッと白いかおを見上げる

どうしよう……サトリってバケモンに捕まっちゃったのかも……

怖くて涙が出る
それなのに、母親は声さえかけてくれない

ね、ねえ……お母さんは……

なあに?

サトリ、なの?

歩き続けていた母親の足が止まった

なあぜ

だって……お母さんの赤いスカート、見たことないもん

震えてしまう
しっかり繋がれた手を振りほどきたいのに、爪が食い込んで出来ない
見たことのない、赤いマニキュアの長い爪

……お母さんだって、綺麗にしていたいのよ
新しく買ったの、似合うでしょ?

いやだ、お母さん、手を放してよ!

あら、ごめんね
泣いてるの?やあね、ずいぶん怖がらせちゃったみたい
大丈夫、みんな迷信なんだから

いつも通り優しい母親
目も口もにっこりして、申し訳なさそうに頭を撫でてくれて、繋いでいた手も弛めてくれた

ほら!お話してたら、もう出口よ!
あそこを抜けたらおうちが近いわ
悠哉、走ろっか

嫌な雰囲気を消し去るように快活に笑う母親に引かれて、悠哉も走る

道の終わりはすぐそこだ
この手の温かみは母親のものだ

走りながら、悠哉は思う

見たことのないスカート
見たことのない長く赤い爪
どうせ待つなら、道の入り口で待てばいいのに、真ん中で待っていた母親

それでも、お母さんはお母さんだ
メイシンはメイシンだ
横で走るのがバケモノだなんて信じない
絶対絶対信じない
明日、健斗に言うんだ
この道はちっとも怖く無かったよって

道が終わる直前に見た母親の顔は
満足そうに悠哉だけを見つめていた






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