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高尾歳時記(番外編)2023年5月5日(金・祝)

ゼンテイカ(禅庭花)という花があります。ススキノキ科ワスレグサ属の多年草で、主に山地や亜高山に自生します。

ゼンテイカがこの植物の標準和名なのですが、あまり耳馴染みがないかも知れません。一般的には、別称であるニッコウキスゲのほうがよく知られているでしょう。

ニッコウキスゲの名は、栃木県日光市の戦場ヶ原で群生が観察されるのがその名の由来だと聞いたことがありますが、真偽は知りません。確かなのは、ゼンテイカ自体は本州中部以北の高地や高山帯に広く分布しているということです。福島県裏磐梯の雄国沼や尾瀬、先述の戦場ヶ原や信州霧ヶ峰車山高原などが群生地として著名ですが、北アルプスの稜線などの高山帯でも頻繁に見かけますし、奥多摩でも自生している姿の報告があります。要は、その生育域は日光に限られないということです。

高山のイメージが強いゼンテイカですが、それに酷似し、低地に特化順応した植物があります。ムサシノキスゲです。

標高の高いところに生育するゼンテイカと比して、環境順応の結果特異な性質を持っています。それは:

  • ゼンテイカより花被片が狭く、花筒が短かく、苞はより円みがあること。

  • 葉はゼンテイカよりも細いこと。

  • 花に芳香があること。

そして、花期が4月下旬から5月上旬と早いこと、などがあります(*1)。

多くの文献が、ムサシノキスゲをゼンテイカの変種とし、東京都府中市の固有種としています。しかるに、ムサシノキスゲを変種として扱わない(または、ゼンテイカとは別の種として扱う)学説もあり、確定していないと理解しています。

かつて東京郊外がまだ開発されていなかったころ、ムサシノキスゲは多摩丘陵を中心にあちこちで見られた、ごくありふれた野草だったとのよし。今は見る影もありませんが、東京郊外にはゼンテイカ(またはその変種)が普通に見られる自然環境が広がっていたという事実は一考に値します。こんにち、自生するものは世界唯一、東京都府中市の浅間山せんげんやま公園にしかないとされています。

でも実は、高尾山でも見たことがあるのです。ただし、見つけたのはたったの一株。今もそこに咲いているか、なんの保証もありません。かつて身近だ
ったものが、現在は絶滅の危機に瀕しているということは確かでしょう。

(2023年5月14日追記:今年も会えました。)

ムサシノキスゲが見頃を迎えた浅間山公園に行ってきました。

浅間山は標高80mという小山。保全されている領域はこぢんまりとしていますが。コナラ、クヌギ、イヌシデなどの雑木林がきちんと手入れされ里山として美しく維持されています。今はほとんど失われてしまったかつての武蔵野の森がそのまま残されているのは極めて貴重です。
素晴らしいですね。まるで高原の避暑地に来たみたい。かつて里山では人間が生活のために森林を利用することで(食糧、薪などの燃料、堆肥などの肥料、建築部材など)、やぶが払われ、樹木が適切に間引かれることで林床に日光が届くようになり健全な植生が維持され、そこには多様な動物や鳥類そして昆虫が棲みつきました。このように手入れが行き届いている森はみるからに健康そう。本来の里山には、かつて極々当たり前のように営まれてきた、自然と人間との共存があります。
ムサシノキスゲは見頃。
思っていたよりあちこちに咲いていて見事でした。
美しい雑木林。
しっかり手入れが行き届いているからこそ、ここに残ったんですね。
花弁にさまざまなバリエーションがあるのも特徴です。
いつか武蔵野の野山に復活することを望みます。

*1
参考文献
東京都レッドデータブック
https://tokyo-rdb.metro.tokyo.lg.jp/ムサシノキスゲ/


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