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『冒険の書 AI時代のアンラーニング』を読んで

自然界の謎が大好き、研究がしたくてしかたがない、という子供達がたくさんいる。めばえ適塾という、そういう小中学生を集めて大学レベルの講義をするNPOで講演したときに、彼ら彼女らの好奇心とモチベーションの高さに驚いた。理解力もイマジネーション力もアイデアを出す力も抜群だ。

そのときに私の講演を聴いた女子中学生が、高校生になり今私のラボで実験している。私のラボがある大阪大学には、SEEDSという高校生を受け入れて研究して貰う制度があるのだ。今3人の高校生が私のラボで研究している。ちなみに全員女性である。

今、日本の研究力が落ちてきている。大学院生の数も減りつつある。「末は博士か大臣か」などという言葉ももはや死語。原因は複合的だが、研究好きの子供たちはいったいどこに行ってしまうのだろうか、という素朴な疑問が浮かぶ。

一方で、難関の医学部受験の面接で「研究って何だと思う?」といった想定外の質問をされると困惑して絶句してしまう生徒達がいる(なぜ医学部を受験するのかと言った予想質問には機械のようにすらすら答える)。受験勉強の偏差値は異常に高いけれど、完全に型にはめられてしまっている。

研究者には、好きなことには夢中になるが興味が無い授業だと寝てしまうような子供時代を送った人が多い。私もそうだった。つまりオタクである。アリの巣を日が暮れるまで見ているとか(実際、昆虫好きだった科学者は実に多い)。

そういう子供は、暗記主体で万遍なく勉強しなければならない今の受験至上主義のシステムになじまない。科学者あるいは科学的思考者の芽を摘んでしまうのではなく育てるパスがあっても良い。そのようなパスは、めばえ適塾やSEEDSのようなサポートシステムとAO入試を組み合わせることで可能ではないかと思っている。

そのようなことを日頃考えている私にとって本書『冒険の書 AI時代のアンラーニング』 孫 泰蔵 著、https://amzn.asia/d/aRvYWSn は衝撃的だった。なぜなら、現行の教育システムや社会のありかたを私どころでなくもっと過激に否定しているから。粉砕していると言って良い。木っ端微塵。

最近読んだ本の中でも破壊力は抜群で危険なレベルである。私が古代中国の皇帝だったら、著者ごと焚書にしているだろう。やばすぎるよ。

子供(大人も)が好きなことだけをしていてはなぜいけないのか?という問が本書を貫く主命題であり、それも、そして展開される各論も、私には腑に落ちることばかり。

同じようなことは私も漠然と考えていたのだが、この著者が凄いのは、なんとなくそう思う、感じる、ではなく、例えば我々が当たり前だと思っている子供と大人の区別や遊びと学びの区別がいかに生じたのか、現行の学校のシステムや社会における能力主義の成立などについて、文献を辿ってきっちり明らかにしているところだ。

事実に基づく深い考察は、科学の基本。そう、この著者はまさに科学者なのだ。その論考には説得力がある。そもそも同じ年に生まれた子供を集めてクラスを作ることをごく当然と思っている時点で、我々は思考停止している。

著者は「当たり前」を疑い,問を立て、なぜそれが生じたかを調べる。この懐疑主義こそ我々科学者はもとより、全ての人間に必要な姿勢だ。

発明された時点では素晴らしいことだった様々なシステムが、今や人間と社会を窒息させていると著者は訴える。そしてそれに対して我々がなすべきことについて考える。

面白いのは、AIを人間から仕事を奪う存在では無く、逆に能力至上主義(本書ではメリトクラシーという用語が使われる)からの解放者だと捉える点。

「自分が変われば世界が変わる」が結論であるが、社会を変えていくための具体策についてはあまり本書では出てこない。ライフロング・プレイグラウンドという言葉は出てくるので、著者の実際の活動がその答えになろうし、次の著書で展開されるのかも知れない。

タイトルにふさわしく、わくわくしながら読める知的冒険の本だ。歴史上の人物と著者が直接対話する設定も、わくわく感を増す。そのときに「白い光に包まれる」のだが、それはちょっと古くさい。白い光がなくても、今のアニメ世代はタイムスリップとして受け入れると思う。



子供の自主性を尊重する教育メソッドとして、昔からモンテッソーリ教育やシュタイナー教育が知られている。私の子供は、小学校入学前に前者の教育方針を掲げる場所に通っていた。

我が子も好きなことだけをしていたいタイプなので、そこでは活き活きとしていた。しかし問題はその後で、通常の学校教育に入ってしまうと正反対の環境になり、かえってむごいことをしたかなと忸怩たる思いがある。

本書の著者である孫泰蔵さんにモンテッソーリやシュタイナーをどう思うか聞いてみたいし、自分と世界を変えるためのキーワードとして出てくるアンラーニングやライフロング・プレイグラウンドについてももっと知りたい、と思った。

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