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介護小説《アリセプト〜失われる記憶》⑯

 自分が今過去に戻りたいと思った事はないし、戻った所で良い大学に行って有名になりたいとも思わない。
 映画では過去に戻ったり未来へといくSF映画が流行っているが、僕には理解できなかった。

 この介護の仕事をして、未来には行きたいがこの人が認知症になる前はどんな人だったのかと気になる事がある。

 昔を知っているのは、その人の友人や家族などだけだからである。
 職業、性格や趣味などはアセスメントを読む事で知る事は出来るが、それは想像である。

 井上さんや先輩など沢山の人を見て来た人の想像と、僕みたいに人とほとんど関わった事がない人の想像ではやはり違いが生じてしまう。

 その時に一度だけ、その人の過去を見れればいいなと思った。

 ある家に行くと、寝たきりの利用者だがテレビに昔の映像が常に流されていた。口調は強く、しっかりとしていた。
 昔、教師をしていた。娘と娘婿と孫と住んでいて食事介助とオムツ交換をしに行くのだが、とても家族に愛されている人だった。

 寝たきりの利用者はどのように感じているのかは、僕には分からない。
 ただ、その人の過去を知りたいし、認知症になる前の利用者に会ってみたいと思う。

 自分自身の過去には戻りたくないし、未来も見たいとは思わないが、もし、その人の過去を見る事ができたならば、対応が変わるのだろうか?
 初任者研修で受けた
「家族で介護をするのは難しいんです。なぜならば、今迄出来ていた事が出来なくなっていた母親を受け入れる事が出来なくなる人が多いからです」
 と先生が言っていたが何となく分かる気がしてきた。

 もし、自分の父親や母親が自分の名前を忘れてしまい、食事が出来なくなりオムツ交換までするようになったら僕は母親と父親を面倒見れるのか?

 そんな思いをしながら、お酒を飲んでいると井上さんから
「何、気難しい顔してるんだよ。せっかくこういう所来たんだから。飲まなきゃ。楽しまなきゃ損だろ」
 と、僕に井上さんは酒を飲ませて来た。

 確かに、未来の事は分からないし、いつ死ぬ事も分からない。そして病気になるかも分からない。災害も東日本大震災があり様々な悲劇も起こった。
  予測できない未来もあるし、いつどうにかなるか分からない不確かな未来を創造するよりも、今を楽しむのはあっているのだろう。

 僕の一流大学を出て、会社を設立する知り合いも不慮の事故でなくなってしまったのだから。

 急に、変な感情に取り込まれた僕は嫌気がさし、井上さんが頼んだ酒を一気飲みをし、地球と一緒に僕も周り始め。目の前が真っ暗になった。

 


介護を本気で変えたいので、色々な人や施設にインタビューをしていきたいので宜しくお願いします。