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ラーニングフィールドという巣窟【前編】

高3の夏

高3の夏が始まった。
夏を制する者は受験を制すーーこのスローガンを胸の中で復唱し、机に向かって意識を集中させる…
大学現役合格を目指す僕の同期たちは、そのようにして夏が過ぎるのをじっと耐え忍んでいるのだろう。

ただ僕は、そんな彼らを尻目に、女装家と一緒に米を作っていた。

ラーニングフィールドの仲間と除草作業

無農薬・無機械での稲の栽培を通して新たな社会作り目指す『ラーニングフィールド大阪』の田んぼを手伝うという形で、

1から全てを教わって、

除草作業を進めていた。

高く昇ったお天道様がギラギラと肌を灼いて、少しずつ体力を削っていく。

メンバーの栄養士の女性が、熱中症対策として「黒糖ゼリー」をくれる。

汗を拭って、無邪気にはしゃぎ回る子どもたちの笑い声を聞く。

そんな純粋な"平和"を見て、受験なんか悪い"夢"だったんじゃないかと可笑しな妄想が脳内で点滅した。

...…運命とは何であろう。

みんなは僕を怠け者だと笑うだろうか。

みんなって誰だ?

半年前までの私立の進学校で過ごしていた過酷な日々からは、これは誰しもが想像し得ない風景だろうと思う。

煉獄から這い出した1人の小童が立っている、この草と土が入り混じった匂いが漂う田んぼは、果たして小童にとって崩落の地獄となるか救済の天国となるか、今は誰も知らない。

未来も過去もなく、僕がそこに生きている、それだけが意味を放っている。


女装家

そんな中、僕は一人の面白いメンバーと出会った。

僕と一緒に除草作業を進めていた『女装家』のDさんは、生粋のエンターテイナーである。

聞けば、どうやら田んぼの「除草」と「女装」を掛けているらしい。(普段は金髪のかっこいいおじさんである)。

・・・・・・。

あ、僕はこのダジャレ面白いと思いますハイ。

世間からしてみれば完全に「ヤバい人」だ。

だが、『ラーニングフィールド』のみんなは笑顔でそれを受け入れていたのが印象に強く残っている。

少し不思議だ。

なぜこのような現象が起きているのだろう?

思うに、

現代社会の市民たちは、みな一様に怯えている。おそらく、僕もだ。
街を歩く"他人"の素性を一切知らないために、自分とは完全に引き離された"外部"ないしは"脅威"として認識している。
未知の脅威に対して、人は微かな変化にさえ動揺してしまう。
早く対処しなければ自分の身に危険が及ぶ可能性があるからだ。
そうして、人が個性を発揮した時に「やばい人」と一括りにして、全員が"普通"になるのをこうして暗黙の内に強要しているのが今の日本社会だと思っている。

これが今日の少子化に繋がっているのは、言うまでもない。

一方、『ラーニングフィールド』のみんなは怯えていなかった。

もしくは、積極的に他者と意思疎通を図ることで"脅威"の種を摘んでいた。

みんな積極的に女装家Dさんに話しかけて、楽しく談笑していた。

みんなが僕みたいな面倒くさいことを考えているわけではないと思うが、そこには確かにそういう文化があったのだ。

『ラーニングフィールド』管理人の一人のユキさんの話の中で、

僕は、『ラーニングフィールド』の中では特別な仲間意識を持たないようにしている。仲間意識は仲間はずれを生むからだ。

という一幕があった。

恐らく、ユキさんは感覚的に人間の本質を掴んでいる。

組織内の人間関係というものは水面に張る薄い膜のようなものだ。

どこか一地点を水中に押し込めば、他の場所がズレて歪む。


確かにその一地点だけは深い関係を持てるかもしれないけれど、強すぎる仲間意識を持てば、そこに意識が集中してしまって、他に行き渡らなくなる。

"内部"と"外部"を作ってしまい、それは先に述べたように、組織内に脅威となりうる未知の"外部"(仲間はずれ)が発生してしまうのだ。

そのような組織は、団結しやすいというのはあるけれど、どこか厳しく寂しい。

人間の競争本能を刺激してしまうからだ。

優しくて平等な、共存と分配の世界の価値観とは合わないだろう。

女装家は自らが試金石となって、図らずともそのようなことを僕に教えてくれた。

受験なんかよりも、大切なことを学べたような気がした。

だから大きな声でこう言いたい。

Dさん

ありがとうございました。【前編】終



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