白目巳之三郎

白目巳之三郎

最近の記事

あわれみのひとつぶ

 ひとつぶのはくまいを食べ  もうひとつぶのはくまいを食べ  それからもうひとつぶのはくまいを食べ  わたしはいたみを感じた   今日草はらでは    風が吹いている     めまぐるしい      夜の風  部屋のそとに光がさそう     丘に一人    わたくし泣きます  あわれみのひとつぶ

    • 蝉の声—七月二十一日

      まるでひかり のようにふりそそぐ こえ ぼらけ あさ ひとり ぶらつく町並み しずけさとあつさ まだじっとり 寝汗 べたべた じっとり おはだも じっとり おでこも じっとり じっとり 鼻のした 素晴らしいなんて知らなかった 夏が 軽井沢の風景 ヴァカンスというやつ 響き始めるまで がやがやと たわむれる 老婆 わちゃわちゃ のっそり ちょうのように 舞う しずんで 反響 ひかれあい もとめあい 猛り合う 命

      • 椅子が一脚

        あったならなあ 幾百年幾千年幾万年 あったならなあ ぽつり 椅子が一脚 あったならなあ 動物たちばかり お祭りが 鼬 偉そうにしているけれど 兎 ぴょんぴょんぴょんぴょん 跳ねまわる 日 僕は一人やきもちを焼く あったならなあ あったならなあ 幾百年幾千年幾万年 宴会場で 踊る踊り子 あったならなあ 兎と言えば 食卓の上で 泣いている 泣いている 僕 泣いている 明日の天気を占って ツバメに一票 投じてみる あったならなあ あったならなあ 幾百年幾千年幾万

        • はら はら はら

          はら はら はら はら はら はら 吹く 風 桜 はら はら はら 粉雪 舞い散り はら はら はら なつの太陽 はら はら はら てを掲げます はら はら はら 暑さに沁みる はら はら はら ひとすじ 汗 はら はら はら ふと まえ を向く はら はら はら はら はら はら はら はら はら 死 はら はら はら

        あわれみのひとつぶ

          ふたりはただ

          おちてゆく、おちてゆく、おちてゆく、 からまりあい、からみあい、 もつれあい、もまれあい、 たおれては、おきあがる。 おちてゆく、おちてゆく、ふたりはいつも、 みることなく、なにも、みようともせず、なにも、 じかんがただ、ふたりだけの、ただ、 まとわりついている、ただ。 不明瞭なすりがらすのように、 灰色の世界をただ、 はいまわりながら、はいあがりながら、 ふたりは、ただ、ふたりだけ。 きけんだ、そして、しずんだ。 そしてまた、叫んだ。 轟音がなった。 それだけ、ただ、

          ふたりはただ

          哲学者的人間関係論第一節——友達はいらない

          一つ真理があるとしたら、 それは、 自らの立っている場所がどこか後で知るということだ。 そうして理想は打ち砕かれる。 おそらくだが、 他者が必要だという甘ったるい正論は、 本来この点から導き出されうるのである。 趣味や道楽で繋がる友人は、 本来的にはいらないわけだ。 友達不要論はこの点において、 一定の価値をもつというわけだ。 * (笑い声) キャキャキャキャキャ (叫び声) ごーおぉごーおぉごーおぉ (猛り声) わんわんわんわんわん  さてさて一興  今日も新たに  

          哲学者的人間関係論第一節——友達はいらない

          救済についての一考察

          十字架に括りつけられた女が 憎悪のまなざしで群衆を見る時 一匹の白鳥が 彼女の上空を舞った 火はつけられ ただれていく表皮を見つめながら そして口から泡を噴きながら 女は罵倒の声を聞いたのだった 『いい気味だ お前のような少女が神を語るなど 千年早い この地上に神が来るのは もっと先でいい 縄を引きちぎってみろ その十字架を砕いてみろ お前が神の代行者だと言うなら やって見せろ』 突如として十字架は薙ぎ倒された 女の体は下敷きになり 人々は半ば炭になりながら震え睨みつけ

          救済についての一考察

          『人間の朝はなかなかに遅い』

          切り裂くような、 感電的な、 暴風が、 東鞍馬口の通りを、 過ぎ去っていったのち、 ほんの少しの間、 神が莨を一服すると、 もやが、 狸谷山不動尊のあたりを、 駆け下りてゆき、 末広がりに町中を、 駆け巡ったのち、 朝というものが始まった。  コツコツコツコツ、  ハアハアハアハア、  コツコツコツコツ、  ハアハアハアハア、  プシュー、プシュー、  ばたん、ばたん、  タタタタタタ、  タタタタタタ、  カツカツカツカツ、  カツカツカツカツ、  シュー、シュー、  シ

          『人間の朝はなかなかに遅い』

          母の教えについての一考察

          信念を持ちなさい。 ひとすくいでいいから、信念を持ちなさい。  仰ぎ見ると空があり、雲があり、涙がある。  振り向くと、  町並みがあり、顔があり、手がある。  いくつかの幻があり、  雄々しく、逞しく、  優しく、愚かしく、  誰かが笑っている。  ぎこちないその一歩が、  大地を踏み鳴らしても、  二歩目が、  体を後ろに引っ張ってしまう。  巨大な木々が、  支えている。      *  愛しさと恐れが同時にやってきて、  俺は、  ふと、  母の顔を思い出した。

          母の教えについての一考察

          ペアレンツ・コンプレックスについての一考察

          引き続ける親父 引かれ続ける母親 これが私の両親の抽象的表象のようだ 俺という存在は押しつぶされ まるでゴミムシのよう これがペアレンツ・コンプレックスというやつか つまりは一つには ゴミムシのようにつぶされること 二つには ゴミムシのように這い上がること 息子はいつまでも呪縛から解き放たれない 現れは様々だ 一般的に 普通の存在者としてある場合 いわゆる引きこもりになる場合 はたまた有名企業のお偉いさんになる場合 どれが幸せかと言ったら それは金がある方だろう しかしどれ

          ペアレンツ・コンプレックスについての一考察

          白蛇のお話

           健吉は朝になってようやく村にたどり着いた。空気が随分と重い日のことだった。あたりはまだ薄暗かった。  正面に見える村いちばんの山を眺めながら歩いていると、ずるりずるりと山が動き出しているように見えた。よくよく見ると、上にせりあがるように動いていて、木がゆっさゆさと大きく揺れている。頂上にどどどんと一本の大木がせりあがったと思うと、きらきら根のあたりで赤く光っているものがある。急にごおおおおおという叫び声が響いて、大地が揺れた。  健吉は地震だと思って慌てて走り出し、村の手前

          毛虫を描く宮崎駿

          彼は指先だけが神聖化されている あとはただの人  体は疲れ果て  心は疲れ果て  それでも彼を描かせるのは  一匹の毛虫  現実にはいない  一匹の毛虫  彼の手のひらだけが知っている  一匹の毛虫  疲れ果て一服したコーヒーの味は  あなたの孤独を安らがせたか  かつて描いた腐海の中に  自分が飲み込まれつつあるのを感じて  かわいいプードルは声をあげた

          毛虫を描く宮崎駿

          詩を作るということについての一省察

          全く無感覚な人間どもの遠吠えが 臆面もなく響き渡る世の中で 俺は俺という死骸を一つ見つけた 縮こまり暖かく純粋で 開かれたまなこは木々の揺らぎを見る まるで赤子のように やわらかい頬がふんわりと 産毛がすべてを覆い手は泥だらけ 涙がみずみずしく流れる 墓石たちを見て 遠くのビル群を見て 俺は 両手で顔をおおった さらば今日、来たれ明日 光りの満ちる川辺で 俺は一人真実という釣り糸を垂らす 恐ろしくもはかなげでどこかいたいけな 悲しみすら包み込んでしまう頭陀袋を そっ

          詩を作るということについての一省察

          俺は大人になってしまった

          それしかない、という感覚を失ってしまったようだ 若者の文化、それらを受け入れられない自分に気づいてしまった 考えて見れば、あの遠い羨望のような——あの何もなかった——永遠を知っていた——そんな時代に 限られているという事のなんと素晴らしい事か! 私にはこれしかないと信じられることのなんと素晴らしいことか! 恐ろしげな微笑が頭をもたげ始めてから そしてそれが自分にいつの間にか乗り移ってしまってから 俺は大人になってしまった——

          俺は大人になってしまった

          『天気の子』を見ての随感

            1 人はようやく神を否定する段階に入った。 百年前ニーチェが予言したことが今になってようやく、 ハジマッタゾ。 おい、ニーチェ、キイテイルカ、 おまえの詩がようやく、 トドキハジメタゾ。   2 雨が降っていた。 ひたすらに、金槌の雨が降っていた。 己の手のひらにチイサナキボウヲ抱えながら、 ヒテイサレタ希望を胸にとどめながら、 純情がハタサレナイと絶望したバショが、 光りはじめた。   3 ニンゲン主体の世界が今ヒラカレ始めたようダ。 我々はついにカミガミに世

          『天気の子』を見ての随感

          街の礼拝

          さびれた路地裏の道に老人たちの列がある。 十二月の雪が積もり、 キリストのいない十字架は、 小さな丸窓から、 かすかに顔を出す。 集まったのは、 本当に無垢な人々だった。